目次
1 大都の力
不可解な面接
”Le Reve”に寄った翌朝、大都が暮らす下宿屋に訪問者があった。
連邦軍の制服を着た若い兵士だった。兵士は少し緊張しながら大都に告げた。
「一緒に来て頂けませんか。至急です」
「それはいいがどこまで行くんだい?」
「は、実は一昨日より我が部隊はこの星に駐留しておりまして――ここからさほど遠い場所ではありません!」
「駐留とは調練のためかい?」
「それが実に妙なのです。何のために一昨日ここを訪れたのか、誰も明確に説明できないのであります。ですから昨日のうちに撤収すると思い、待機していたのですが、今度は幹部たちがお集まりになって協議をされ、そして出た結論が『あなたをモータータウンの野営地までお連れしろ』との事だったのです」
大都は心の中で「やれやれ」と思った。機密を簡単に民間人に話すようでは連邦の軍紀は相当に乱れているのかもしれない。
「ははは、君は諜報関係の仕事には就かない方がいいね。さあ、出かけようか」
「……あ、はい」
兵士の操縦するシップに乗り、アンフィテアトルの南西にある山の中腹を切り開いて作られた町、モータータウンに到着した。
モータータウンは工業の中心地でピエニオス商会、ケミラ工房といった昔ながらの老舗軍需産業、それに重工業関係の工場が集中して建てられていた。
大都は広大な工場の建設予定地に設営された連邦軍の野営地のテントに案内された。
無人のテントの中で待たされていた大都が外の声に気付き、テントの中からそっと外の様子を覗うと朝の調練の最中だった。
予想通り、兵士たちの走る姿に覇気がない印象を受けた。やはり連邦の士気は下がっているようだった。
しばらく外を覗き見たがさして面白くもないので、大都はテント内の椅子に腰掛け、何も考えない事にした。
一時間ほどしてようやく外の喧騒が収まり、自分をここまで送り届けたのとは別の兵士が現れて、「こちらへ」と工場内にある公園に案内された。
緑溢れる公園に一本の大きな樹が植えられていて、その下に三人の男が立っていた。
その中の一人の男が大都に声をかけた。
「ダイト・スラ君だね。ここに呼ばれた理由はわかっているね」
声をかけたのは長い髪を後ろで束ねた精悍な顔つきの男だった。
「ええ、さしずめあなたがオサーリオ将軍でしょうか?」
「ほぉ、記憶に問題があると聞いていたが無用な心配か。いかにもわしがオサーリオだ。近くに来られるがよい」
枝をいっぱいに延ばした大樹の元に屈強な男たちが立っていた。声をかけたオサーリオの他に、顎の張った意志の強そうな男、赤銅色に日焼けした男がいた。
「ダイト君、ホルクロフト将軍、そしてジョンストン提督だ」
オサーリオの紹介を受けて互いに軽く目礼を交わした。
「さて、ダイト君。正直に言おう。実はわしらも状況が掴めておらんのだ。君にわかっている事があれば教えてくれんか?」
「とおっしゃいますと?」
「わしらはここに来た。するとマザーからの伝言を携えた者が来て『あんたに会って話を聞き、意気に感じる所あらばその指揮下に入れ』とだけ伝えられた。一体どういう事か、ちっともわからん」
「――話を整理しましょう。まず何故、連邦軍がここにいるか、その理由をご存じですか?」
「おお、それよ。気になったので連邦府ダレンに問い合わせた。すると《巨大な星》で天変地異の前触れが発生したという回答だった。ところがこの星の住人たちはけろっとしているじゃないか」
「信じられないかもしれませんが、創造主がこの世界に干渉し、皆の記憶を消したからです。だがそんな事はどうでもいい。創造主は私に銀河の再編を託されました。マザーの思いも同じ。ですからそのような命をお出しになったのです」
「ん、君はとんだ食わせ者か。創造主とか銀河の再編とか、穏やかではないな」
「私は今朝迎えに来てくれた若い兵士の方、そしてここでの調練を見て思ったのです。連邦は疲弊し、たがが緩んでいると。銀河の統一など夢の又夢、早晩、士気の下がった連邦内部に腐敗と諍いが生まれるでしょう」
「――なるほど。的確な観察かもしれない。だが連邦とは本来そういう成り立ち。嫌がる星を征服してまで版図を広げる蛮族の集団ではないぞ」
「現状に安穏として、進歩を放棄しているようにしか見えません。『銀河の叡智』が起こらなくなるのも道理です――というよりも、そもそも『銀河の叡智』自体がデルギウス王の功績だとお思いでしょうか?」
「どういう意味だ?」
「『銀河の叡智』などというのは創造主の戯れ。被創造物が予定外の行動をした事に対する一時の褒美に過ぎません。その証拠に連邦が進歩を停めた事によって叡智は発現しなくなったではありませんか?」
「では君はどうあるべきだと考える。どうしたいのか?」
「このまま進歩を停めていれば気まぐれな創造主はこの銀河など一思いに消してしまいます。そうならないために常に創造主を飽きさせないための刺激をこの世界に与え続けないといけません」
「もう少し具体的に」
「私はこの地で帝国を興し、大帝となります。あなた方は私に従って行動して頂きたい」
「連邦に対する反乱か?」
「停滞する連邦に代わる新秩序の構築です。私は銀河を統一します」
「それは妙だな」
それまで黙って話に耳を傾けていた赤銅色に日焼けしたジョンストンが口を挟んだ。
「銀河を統一してしまえば、先ほど言っていた刺激を与え続ける事など最早できなくなる。停滞の主体が連邦から帝国に代わるだけの話ではないか」
「永遠に刺激を与え続けるとは申しておりません。この銀河が創造された目的を達成するまでの間だけです」
「目的?」
「そうです。ナインライブズを発現させるためだけにこの銀河は存在を許されている」
「ナインライブズ……待てよ。そう言えばマザーも同じような事を言っていたな――なあ、ルイ。この青年はただの大ぼら吹きではないようだぞ」
ジョンストンに言われたオサーリオは困った表情になった。
「うむ、ラカの言う通り、マザーが推薦するだけの何かは持っているのだろう。だがわしらが今の立場を捨ててまで――」
「いいではないか」
木陰からホルクロフトが顔を出し、穏やかな口調で話し出した。
「事情がわからずここに呼ばれたが、私も常々ダイト君と同じ不満を感じていた。ここは彼に従えばいい」
「ウェイン、しかし――」
「最後まで話を聞け。私たちは今の会話でダイト君が銀河を統べるだけの頭脳を持っているのが薄々だがわかった。だが頭脳だけで銀河統一などは無理な話。ここは一つ、武勇も披露してもらおうではないか」
「まさかゲルシュタッドを?」
「そのまさかさ。銀河を統一するとなれば、いずれは戦わねばならない相手。どちらがこの銀河で最強なのか、雌雄を決してもらおう」
「ホルクロフト将軍」
大都は改まった口調で尋ねた。
「ゲルシュタッドとは何者ですか?」
「銀河で最も強い男だが、ちとこちらの方がめでたくてな」
ホルクロフトは頭を指差した。
「今はランピード一家と呼ばれる海賊の用心棒をやっている。本拠はここからすぐの《化石の星》だ」
「そんな近くにいて連邦は何も手を下さないのですか?」
「いや、もちろん何度もトライした。連邦最強の公孫転地と附馬明風が乗り込んだ事もあったが、奴には指一本触れる事すらできなかった。それほどに強い」
「そのお二人の名前はデズモンドから聞いた事があります」
「ほぉ、デズモンドというのはデズモンド・ピアナか。あの男なら刺し違えるかもしれないな――君はデズモンドを知っているのか?」
「はい。私の育ての親です」
「益々面白い。いや、こうなれば是非見てみたい。早速、《化石の星》に向かおうではないか」
「私が勝った暁には?」
「君に従おう。ランピード一家の殲滅が私たちの連邦での最後の仕事という訳だな。はっはっは」
ゲルシュタッド
モータータウンに駐留していた連邦軍はランピード一家殲滅のために急遽、《化石の星》に赴いた。
先頭のシップにはホルクロフト、オサーリオ、ジョンストン、そして大都が乗り込んだ。
「おい、ウェイン。トポノフに連絡をしたら『貴様らは何をやっている』とおかんむりだったぞ」
オサーリオが楽しそうに言うとホルクロフトも笑って答えた。
「実に愉快じゃないか。久々に胸躍る時間を過ごせそうだ」
「まあな、ダイト君が見かけ倒しでなければの話だが」
「オサーリオ将軍。ご安心下さい。連邦軍の一兵たりとも失わせませんので」
「ん、そうは言っても援護が必要だろう」
「いえ、私一人でゲルシュタッドに戦いを申し込みます。皆様はそれが片付いた後、残りの海賊を召し取って下さい」
「おいおい、無茶を言うな。第一、君は実戦経験がどのくらいあるんだ?」
「ほぼ今日が初めてです」
「それは勇気とは違う。蛮勇だ。死に急いでどうする」
「やらせてみればいいじゃないか」とジョンストンが口を挟んだ。「マザーが言うには聖サフィ以来の生きたまま『死者の国』から生還した人間らしい。私たちには想像もできない力を持っているんじゃないか」
「それは凄いな」
熱心なアダニア派教徒のホルクロフトが言った。
「もしゲルシュタッドを倒したなら、私はダイト派に宗旨替えしてもいいぞ」
「皆様の期待に添えるよう頑張ります」
連邦軍のシップの一団は《化石の星》に近い惑星上に待機した。
「では行って参ります」
小型の戦闘用シップに乗り込むために出ていこうとする大都にオサーリオが声をかけた。
「ダイト君。ああは言ったものの無理するんじゃないぞ。民間人である君にもしもの事があれば、わしらは寝覚めが悪くなる」
「オサーリオ将軍、私は民間人ではありませんよ。帝国の大帝ですから」
「――わかった。では時間制限を設けさせてもらうぞ。三十分経ったら全員で突入する。君がそれまで無事な事を祈るよ」
大都が行ってからおよそ十五分後、敵の本拠近くに配置した兵士が異変を知らせた。
オサーリオは数隻のシップを追撃のために待機させ、残りの全員に突入命令を下した。
《化石の星》はその名の通り太古の生物の化石に覆われた星である。ある学者たちはここが創造主の実験場に違いないと言うが、地球と同様にアミノ酸から形ある物へと進化を遂げたのが真実のようである。氷河期と温暖化を繰り返し、その過程で絶滅した生物の先祖たちが化石として地表に多く姿を現している。
この星ではちょうど大型哺乳類が繁栄の時を迎えていたが、そこに他所の星から進化の過程を無視した人間が移住したために地球と同様の進化論は意味を為さなくなった。
移民たちは石を切り出し、建物を建て、城や塔を構築した。
三方を山に囲まれた堅牢な塔に、現在はランピード一家と呼ばれる流れ者の海賊の一団が巣食い、星を支配していた。
連邦の力を持ってしても彼らを排除できないただ一つの理由はランピード一家の用心棒、ゲルシュタッドの存在にあった。
ゲルシュタッドはずいぶんと昔に生を受けたらしい。らしい、と言うのはある日、まだ子供のゲルシュタッドが《巨大な星》の南にあるショコノに一人でふらりと現れたからで、彼が生まれた瞬間を目撃した者が誰もいないせいだった。幼い頃から体が大きかったため、ひょっとすると巨人の血を引いているのではないかとも噂された。
親切な漁村の人々が身寄りのないゲルシュタッドを養い、彼は身の丈二メートル以上の青年に成長したが、頭の方は純粋な子供のままだった。
しばらくはショコノで漁師をしていたが、ある晩、泥酔して村を半壊させ、村から追放された。
そこからはお決まりのコースで都会に出てギャングや怪しげな組織の用心棒に納まったが、そのあまりの強さとあまりの純粋さにギャングたちもゲルシュタッドを持て余し、居場所を失うのが常だった。
いつしかゲルシュタッドは『銀河最強の男』と呼ばれるようになり、本人もその呼び名を気に入って使うようになった。
確かにゲルシュタッドを打ち負かす相手は現れなかった。彼は戦いにおいて決して膝を折った事がないのが自慢の一つだった。
戦い方は、まず相手に攻撃をさせ、その威力を体感した後、二度目の相手の攻撃に対して反撃するものだった。
力だけでなく速さも兼ね備えていたため、かなりの猛者であっても反撃を食らえば一たまりもなかった。
それほど強いゲルシュタッドに対して、ケイジの愛弟子とはいえ、記憶が戻ったばかりの大都がたった一人で戦いを挑んだのだった。
オサーリオたちがランピード一家が本拠とする塔の入口に着くと、兵士が駆けてきて塔の周りを指差した。
そこには塔の上から放り出されたのだろうか、倒れたままぴくりとも動かない五、六人の海賊の姿があった。
「――これは……ウェイン、ラカ。すぐに塔の内部に向かおう。残りの者も付いてこい。総攻撃だ」
オサーリオたちはそびえ立つ石造りの塔の内部の螺旋階段を昇った。各階に兵士たちを配置しながら、ようやく最上階まで着いた連邦兵士たちの前に異様な光景が広がっていた。
だだっ広い円形の広間に立っているのは大都一人で、海賊たちは皆、床に張り付くように突っ伏して気を失っていた。
「ダイト君、無事か」
オサーリオが声をかけると大都はゆっくりと振り向いて微笑み、奥の方を指差しながら言った。
「手向かう人間は外に投げ飛ばしたのですが、一人だけ――」
大都の指差す奥の壁に一人の男が背中から叩きつけられ、磔のような状態になって絶命していた。
「あれはランピード……」
「外に放り出そうと思ったのですが手元が狂って」
大都はにこりと笑った。
「何をしたんだ――それよりもゲルシュタッドは?」
今度は大都が右手奥の床を指差した。ジョンストンが急いで向かうとそこだけ石の床が深くめり込んで、ゲルシュタッドが無言で天井を見上げたまま大の字になって倒れていた。
ゲルシュタッドはジョンストンが見下ろしているのに気付き、口を開いた。
「あんた、ジョンストンだよな――あいつに言ってくれないか。おれの負けだ。もう逆らわねえから動けるようにしてくれって」
「わかった――ダイト君、ゲルシュタッドが参ったと言っているぞ」
塔の最上階でランピード一家捕縛の確認をしたオサーリオはホルクロフトや大都の下に戻った。
オサーリオはあぐらをかいて座っているゲルシュタッドの隣に立つ大都に話しかけた。
「ダイト君。君のおかげでランピード一家を殲滅する事ができたよ。しかし――」
オサーリオがゲルシュタッドの倒れていたあたりの深くえぐれた石の床を見ているとホルクロフトが言った。
「ダイト君はどうやら重力制御、それもとてつもないレベルの力を持っているようだ」
「ははーん、重力をコントロールしてランピードを壁に叩きつけ、ゲルシュタッドを床にめり込ませたという訳か」
問われた大都は少し照れくさそうに答えた。
「はい。この部屋に入ってまずゲルシュタッドとの戦いを要求しました。現れたゲルシュタッドに強力な重力をかけ、この床に転がしました。残りの海賊たちは逆に重力を解放して外に弾き出したのですが、ランピードだけは――」
「ランピードはどうでもいいさ。どうせ聞くに堪えない罵詈雑言でも浴びせたのだろう。君が意図的に処断しようと考えたのであっても全く問題ない」
オサーリオの言葉に大都は安堵の表情を見せた。
「皆さんはこれから海賊たちを連邦府まで送り届けるのですよね?」
「うむ」とホルクロフトが意味ありげに言った。「連邦民である以上、責務は果たさんとな」
「ゲルシュタッドはどうなるのでしょうか?」
「連邦領内を荒らし回ったのだから、それなりの罪には問われるな」
「なるほど」と言って大都は座っている大男に向き直った。「ねえ、ゲルシュタッド。君は罪人として連邦府に護送されるようだよ。だけど罪に問われない方法が一つだけある」
ゲルシュタッドは訳がわからないといった表情で大都を見つめた。
「この帝国の大帝である私の配下になれ」
「配下?」
「そう、つまり私の家来になるんだ」
「おれを負かしたのはあんたが初めてだ。喜んで家来になるよ。これからはあんたをアニキと呼ぶ」
「よし、決まりだ――将軍方、これでよろしいでしょうか?」
「問題ない」とオサーリオが言った。「ゲルシュタッドを連れていると何かと目立つ。一旦、モータータウンの駐留地に戻ってくれたまえ。わしらも連邦府護送が完了したらすぐに合流する」