5.3. Story 3 リチャードとロック

 Chapter 4 逃げる者

1 Crystalization

 プラの王宮を出たジュヒョウは、今しがた生まれた赤ん坊の誕生報告を聞く事もなく《巨大な星》に戻った。
 戻った先はマンスールの待つサディアヴィル近くの教会ではなく、そこよりも東、アンフィテアトルの町はずれだった。
「家を借りておいて正解だった。マンスールにうるさく詮索されるのはかなわん」

 ジュヒョウは躍るような足取りで一軒の家に入った。大事そうに小脇に抱えた鞄の中には、今回の計画の最大の成果が眠っているのだ。
 家に入るとすぐに居間を改造した実験室に飛び込んだ。機材をシップの中に置き忘れたのに気付いたが、そんな事はどうでもよかった。
 鞄を開け、皮袋を取り出し、さかさまに振ると、袋から長さ三十センチ、直径が十センチくらいの円柱型をした水晶が二つ転がり落ちた。
 一つは緑色、もう一つは水色の色合いをしている水晶を手に取って、ジュヒョウは相好を崩した。
「やはり、これはまさしく『風の結晶体』と『水の結晶体』。かつて精霊が自然に還る時にごく稀にこのような結晶に姿を変えたと言う。精霊自体が複数の属性を備えるようになり、精霊の結晶化は起こらなくなったと聞くが、むしろ結晶化を防ぐために、精霊たちは複数の属性を持ってこの世に出現するようになったのかもしれない――いずれにせよ伝説の中にしか存在しないと考えていた精霊の素をこの私が創り出すとは。人格分離の術の思わぬ副産物だった」

 
 ジュヒョウは人間が一人入りそうな大きなガラスのケースを二つ用意し、そこに淡いピンク色の液体をどぼどぼと注ぎ込んだ。
「試したい事は多々あるが、まずはこの結晶体が再び元に戻るか、その実験からだ」
 ジュヒョウはそれぞれのガラスケースの中に緑色の結晶体と水色の結晶体を静かに投入した。
「さて、二日も経てば変化があるはずだ――ではマンスールに報告にでも行くか」

 
 サディアヴィルで報告を心待ちにしていたマンスールの教会から戻ると、早速ケースに変化が起こっていた。
「ふっ、マンスールの愚か者め。下らない事ばかり聞きたがって引き止めるものだから、肝心な部分を見逃したわ。まあ、いい。すでに結晶体の作り方はわかっている」

 ガラスケースの中は驚くべき状態だった。緑色の結晶体を投入したケースには緑色の髪の色をしたカザハナが、水色の結晶体を投入したケースには水色の髪のカザハナが、培養液の中にゆらゆらと漂っていた。
「ふむ、やはり一つ一つの結晶体では元に戻った訳ではなさそうだな。後は能力と記憶がどうなったかだが、ケースから出してみないとな」

 
 ジュヒョウは様々なデータを収集し、三日後に満を持してケースの培養液を抜き、二人のカザハナをケースから外に出した。
「さて、君たち。君たちは誰かな?」
 ジュヒョウは優しく問いかけたが、目の前の二人のカザハナはきょとんとした表情で何も答えなかった。
「なるほど。では私が誰かわかるかい?」
 この問いかけにも答えが返ってこなかった。
「ほぉ、記憶は初期化されるか。という事は能力も忘れているな」

 二人に背を向けて考え事をしていたジュヒョウは背中越しに信じられない音を聞き振り返った。
「……今のは腹が鳴った音。もしかすると空腹なのか?」
 相変わらず二人は何も答えなかった。
「これは驚いた。空腹を覚える精霊とは――単一属性の精霊に変化したのかと思ったがそうでもないようだ。人間の特質も併せ持つという事か」

 
 ジュヒョウは更に数日間観察を続け、最終的な結論に至った。
「精霊を人間の分離のための特殊な触媒として使用する事により、単一属性の結晶体が生まれる」
「その結晶体を培養液にて復活させると結晶体の属性の精霊と人間のハーフが誕生する」
 ここからは推測だった。
「結晶体を組み合わせて培養液にて復活させれば、新たな精霊が誕生する(はず)」
「精霊界の最大の禁忌、反属性の精霊を生み出す事も可能となる。つまり風の結晶体と土の結晶体、火の結晶体と水の結晶体をそれぞれ組み合わせればよい(はず)」
「さらには全ての結晶体を合せれば、そこに誕生するのは『金の精霊』……」

 
 こうしてはいられなかった。
 ジュヒョウは直ちにチオニに戻って次の実験に取りかかるつもりだった。それにはかなりの数の精霊が必要だった。
 ム・バレロにも手伝ってもらい、精霊を手に入れなければならなかった。

 そうなると今ここにいる記憶を失った二人の精霊と人間のハーフはもはや足手まといでしかなかった。
「ふむ。置いていくか。この《巨大な星》であればどうにか生きていけるだろう――最後に親心を見せてやるか」
 ジュヒョウはそう言うと『錬金候』の紋章、『凍れる獅子』のペンダントを二つ用意し、その裏に二人の名前を書き込んだ。
「緑色の髪のお前はオンディヌ、水色のお前はシルフィ、いい名であろう。もしもお前らがこの紋章を追いかけていけば、その生い立ちも知る事となる。では達者に暮らせよ」

 ジュヒョウは真夜中にアンフィテアトルの中心部に出かけ、そこにオンディヌとシルフィを置き去りにし、そのまま《享楽の星》へと旅立った。

 

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