5.3. Story 1 アレクサンダーの情熱

 Story 2 カザハナ計画

1 アンタゴニスの日記

 ようやくこの日がきた。
 デズモンド・ピアナの取り成しによりヴィジョンでトーグル王と初めて話をしたのがはるか昔の事のように感じられる。
 あの時の約束を守り、《牧童の星》を発ち、連邦大学の教員となった。
 そして今、トーグル王から再びの呼び出しを受けた。

 
 アレクサンダーは『プラの大門』を見上げた。
 七聖デルギウスは少年の頃、この大門を開けたと言われている。これだけ巨大な鉄の門を開けるにはどのような力が必要だったのだろう。精霊の加護を得たか、それとも創造主の力か、いずれにしてもこの銀河が祝福しない限りは起こりそうもない奇蹟だった。

 
 アレクサンダーは大門の脇の小さな門から広場の中に入り、王宮を目指した。
 衛兵に用件を告げ、すぐに宮殿の中に通された。
 広間でしばらく待っているとトーグル王が家臣たちを引き連れて現れた。
「アレクサンダー先生、ご足労いただき感謝致します」
「王もご健勝のようで何よりです」
「紹介致しましょう。后となる予定のネネリリです」
 トーグルはそう言って傍らの若い女性をアレクサンダーに紹介した。
「ネネリリでございます。先生にはこれからお世話になります」
「あ、はあ。今のお言葉、聞き間違いでなければ、ご婚礼はまだのご様子。私はご子息の家庭教師としてここに赴いたつもりだったのですが」
「ははは、先生のおっしゃる通りです。私たちはまだ婚礼を済ませておりませんので当然、世継ぎもおりません」
「そうしますと来る時期が早すぎたという事ですな」
「実はご相談したい事柄があり、こうしてお呼び立てしたのです」
 トーグルはそう言って人払いをした。

 
 広間にはトーグルとネネリリ、そしてアレクサンダーだけが残った。
「先生をアンタゴニス様の末裔と見込んでお頼みがあります」
 トーグルが口を開いた。
「祖先のアンタゴニスですか?」
「そうです。我が祖デルギウスは幼少の頃より、アンタゴニス様の指導を受け七聖と呼ばれるまでに成長致しました。聞く所によればアンタゴニス様は聖サフィの声に従ってデルギウスを導かれたとか」
「その話は先祖の記録に残っております。《牧童の星》にいた時に聖サフィの声に導かれこの地を訪ね、その後も聖サフィの声に従ってデルギウス様を様々な場所にお連れしたとの事です」
「やはりそうでしたか。実は――私とネネリリの間に生まれてくる世継ぎ、その子には『全能の王』の再来になってもらわねば困るのです」
「……どういう意味でしょうかな?」

「ご存じの通り、デルギウスが作り上げた銀河連邦は今や瓦解寸前、その命運たるや風前の灯です。『ウォール』や『マグネティカ』なるものができた事もあり、秩序は崩壊し、再び海賊や無法者共が横行する事態に陥っております。そればかりか、《賢者の星》は愚かな兵器により滅び、《虚栄の星》では王制が最期を迎えました。このような時、人々は口々にこう叫ぶのです。『全能の王』が必要だと――今こそ『全能の王』の再来が待ち焦がれている、そしてそれはこのセンテニア家から輩出されない事には、連邦民の不安は解消されないのです」
「お気持ちはお察ししますが、デルギウス様は一種の超人、そのような方がおいそれと世に出る保証はございません」
「私もそれで困っているのです。ですがデルギウスを育て上げたアンタゴニス様であれば、私たちの知らない何かをご存じだったのではないかと思い、このようにお呼び立てした次第なのです」
「そういう事ですか。アンタゴニスの記録を含めた私の荷物がもうこちらに届いているはずです。早速、調べてみましょう」
「そうして頂けますか。先生のお部屋はすでにご用意してありますのでそちらをお使い下さい」
「わかりました。では後程」

 
 アレクサンダーは広間を辞し、外で待機していた家臣に案内されて自分の部屋に入った。
「まずは資料を箱から出して整理しないといかんな」
 家臣が「資料の整理はこちらでやるので、夕食までプラを観光してきて下さい」と申し出た。アレクサンダーは喜んで提案を受け入れ、資料の整理場所の指示を出して王宮の外へと出かけた。

 
 プラの広場は観光客や家族連れで賑わっていた。広場を取り巻くように建つ建物の中で一際立派なのが有名なホテル・シャコウスキーだった。
 アレクサンダーは散歩をしながらトーグル王の発言を思い返した。
 連邦は『全能の王』の再来にすがらなければならないほど弱体化しているのか。
 連邦の幹部にとって《賢者の星》の滅亡はよほど衝撃だったに違いない。
 あの悲劇は回避できたはずだったのに、連邦の対応が遅れたために最悪の事態を招いたというのが世間の見方だった。
 連邦の怠慢が招いた悲劇、連邦に属していても何も援助してくれない、一体何のメリットがあるのか、厳しい批判の数々が連邦に浴びせられていた。
 しかし《賢者の星》の状況はたとえデルギウスであったとしても救えなかったのではないか。『全能の王』が再来したとしてもどこまで連邦の信頼を取り戻せるというのか――

 
 アレクサンダーは夕食の時間が近付いたのを知らせに来た家臣に声をかけられ、考えるのを止めにした。
 王宮の広間に再び通されるとそこにはすでに多くの人が着席していた。トーグル王が一人一人紹介をしていった。
「こちらは《銀の星》の王、ブライトピア家のナジール王、王妃のスハネイヴァ。そして長男のエスティリ、長女のノーラ」
「おお、これは。ご立派なお世継ぎがいらっしゃってよろしいですな」
 アレクサンダーは何気なく言ったつもりだったが、トーグルが複雑な表情になったのを見て内心「しまった」と思い、慌てて付け加えた。
「エスティリ殿とノーラ殿はお幾つになられるのですかな?」
「私は十三、ノーラは十二にございます」とエスティリが答えた。
「ははは。エスティリもノーラもアレクサンダー先生にはお世話になるのだ、いつまでも腕白坊主ではいかんぞ」
 ナジール王が陽気に笑いながら言った。
「父上、私もいつまでも子供ではありません。センテニア家に世継ぎが生まれてくれば、私は兄として見本になるのですから」
「ふむ。なかなかしっかりしたお子です。立派な王となられるでしょう」
 アレクサンダーは言って再びトーグルをちらっと見たが、今度はトーグルも笑っていたので少し安心した。

 
 その夜、アレクサンダーは部屋でアンタゴニスの記録に目を通し始めた。
 途中まで読み進んだ所で、ある一節が目に飛び込んだ。

 ――人の生死を弄ぶのはあまりにも傲慢な所業である。『全能の王』が志半ばで倒れるような事があれば、その時は『死者の国』への旅立ちを邪魔してはいけない。彼を象ったイコンでも押し立てて、偉業に向かって邁進するしかないのだ――

 アレクサンダーは部屋の片隅に置いてある「禁開封」の張り紙の付いた箱の前に立った。
 恭しく箱を開け、中から子供の大きさほどの人形を取り出した。
「……『クグツ』よ、世界を救うのはやはりお前かもしれない」

 

先頭に戻る