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1 ダイスボロ起つ
ヴァニティポリス (別ウインドウが開きます)
夜空には五個の月が重なり合うように浮かび、外気は冷たかった。
ペイシャンスの旧文化地区のある丘の上から東にはフェイスの丘が見えた。
あの丘に目指すべき敵、民衆を苦しめる愚かな王がいた。
ダイスボロが白い息を吐きながら東の方角を見ていると背後から声がかかった。
「ダイスボロ、どうした?」
声をかけたのは顔中金色の髭に覆われた若い男だった。
「ガレイミーか――いや、何でもない。夜風に当たりたくてね」
「地下に潜って二年、ようやくこのペイシャンスとモデスティを解放するまでに至った。これも全て君の指導力の賜だよ」
「本当の戦いはこれからさ」
「次はカインドネスか、それともジェネロシティを解放するか?」
「――フェイスだ」
「スカンダロフと正面切って戦うのか」
「うむ」
「時期尚早だ。もう少し相手の勢力を削ぎながらじわじわと包囲していくべきではないのか」
「ガレイミー、人々の叫びを聞いたか。もう猶予はならないんだ。一刻も早く悪政は打倒しなくちゃならない」
「……しかしこの戦力で勝てるのか?」
「勝てる。ううん、勝たなくちゃいけないんだ」
「何か妙案でも?」
「それを考えていた所さ」
「……多少荒っぽいが、手がない訳じゃない」
「ん、それは何だい?」
「陽動作戦だ。おれが囮になって、スカンダロフの本隊をカインドネスに呼び込む。その隙に君の指揮する本隊がフェイスを落す――綱渡りだけど不可能な作戦じゃない」
「君を危険な目に遭わせるような作戦を取れるもんか。もし陽動作戦ならば私が囮になる。私の方が敵をひきつけやすいだろう」
「ふふふ、ダイスボロらしいね。まあ、作戦についてはもう少し考えよう。ところで本当に悪政に憤っているだけが理由か?」
「君には隠し事ができないな。あの男、スカンダロフはこの星の代々の為政者が脈々と守り続けてきた根本の精神を捨て去ろうとしている」
「……それは都市計画の事か?」
「ああ、聖ルンビアが命を懸けて造り上げた六つの丘の都市計画を無視した勝手な都市造成の着手、それは聖ルンビアに対する冒涜に他ならない」
「君のその聖ルンビアへの信心は、幼かった頃に彼の声を聴いたというあの体験から来ているのか?」
「そうさ。誰も信じてはくれないけどね。私は確かに聖ルンビアの声を聴いた。お屋敷に置いてあった慈母像の前に立った時に話しかけられたんだ」
「何を話したか、いい加減教えてくれてもいいんじゃないのか」
「いや、これだけは君の頼みであっても口外する訳にはいかない――とても大事な約束なんだ」
「わかったよ。さあ、営舎に戻ろう」