5.2. Story 1 愚者の選択

 Story 2 王制の最期

1 悪徳

 ボイセコはハルナータの曽祖父が王だった頃から王家に仕えてきた代々続く名家の出だった。王都イワクの東の地を与えられ、実力者として《賢者の星》を支えていた。
 ある日、ボイセコはハルナータ王の依頼で連邦府のあるダレンに赴いた。所用を終え完成したばかりのエテル設計による『環状都市』を見て回っていたボイセコは一人の男に出会った。
 プロトアクチアと名乗ったその男は精力的な雰囲気を漂わせる四十過ぎの中年男だった。
 立ち話をするうちに互いの身分が明らかになった。プロトアクチアは《古城の星》の王だった。

 
「ほほぉ、ボイセコ殿は《賢者の星》のお方でしたか?」
「ご存じですか。それは光栄ですな」
「――はるか昔の祖先にノカーノ殿と関係があった者がおりましてな」
「我が星の隠れた英雄、ノカーノをご存じとは。歴史上はアカボシが初代の王ですが、実際にはアカボシが成人するまで父であったノカーノが摂政のような役割を担っていたのですよ」
「存じ上げております。で、今もノカーノ様の血統が星を支配されているのですか?」
「左様です。現在の王はハルナータ様。王にご世継ぎはありませんが、年の離れた弟のアスタータ様がおられますので安泰です」

「――安泰……ボイセコ殿。一体どこが安泰なのですか?」
「プロトアクチア様。おっしゃっている意味がわかりませんが」
「私は悔しいのです。ボイセコ殿のような立派なお方が家臣の身に甘んじておられるのが。あなたこそが王として星を支配されるのにふさわしいのではありませんか?」
「そのような事を申されても。困りましたなあ」
「ボイセコ殿。そのアスタータというお方は優秀ですかな?」
「長男のハルナータ様が若くして王に即位され、親子ほど年の離れたアスタータ様がやがてお生まれになったのですが、やはり背負っているものがないせいか、呑気な道楽者です」

「なるほど。正当性のみを盾にそのような無能な方がやがては王の座に納まる訳ですな。それは星にとっても民にとっても悲劇、ボイセコ殿こそが――」
「そうおっしゃられても私には力もございませんし」
「力などは容易く手に入ります。実は私は兵器商と傭兵の斡旋をしている人物を知っておりますが、彼に頼めばすぐに軍事力を手に入れる事ができます。もちろんそれなりの対価は必要ですがね」
「武力で星を奪い取れと?」
「こういう事は強制するものではありません。ただ力が強い者、優れた者が支配者となるのは当然」
「むぅ」
「お気持ちが固まりましたらいつでも私のPNにご連絡下さい。すぐに兵器商をご紹介致しますので。ではまた」

 
 プロトアクチアはボイセコと別れ、環状都市をはずれた所にある《商人の星》伝統のマーケット地区に向かった。
 大小様々な店が軒を並べる熱気の中、一軒のあまり景気の良くなさそうな武器屋の中に入って主人の名を呼んだ。
「おい、ダッハ。いるか。商売の話を持ってきてやったぞ」
 しばらくすると昼間から酒でも飲んでいたのか、赤ら顔の小男が顔を出した。
「ん、プロトアクチアじゃねえか。おれはもうあんたとは組みたくねえんだ。帰ってくんな」
「お前、また営業停止処分を喰らったんだってな」
「元はと言えばあんたのせいじゃねえか。あんたが怪しい積荷を持ってきて、それが見つかったからこんな目に遭ってんだ」
「まあ、そう言うな。今回のはもっと安全でしかも大規模だ。一気に巨万の富を築ける」
「怪しいな。そんなに美味い話だったら独り占めするだろ」
「ははは、俺は別の仕事で忙しいんだ。だからお前に半分譲ってやろうと思ったんだが、そうか、なら別の奴に話を持っていくよ」
「ちょっと待ってくれよ。冗談に決まってんじゃねえか。で、その話ってのは何だ?」

 
「《賢者の星》のボイセコって奴に戦争を起こすための武器や傭兵を売りつけるんだ。お前、あの星の事、どのくらい知ってる?」
「ああ、あの星はだめだ。文化的には発展してんだろうが、軍事についちゃあ全く取り合っちゃくれねえ」
「そんな星だから最新鋭の武器など必要ない。旧式のをたんまり売りつけてやれ」
「って事はよ。『セレーネス』をさばいても構わないか?」
「まあ、慌てるな。俺の描いた絵はこうだ。まずは俺がボイセコにせいぜい旧式の兵器を売る。それと同時にお前はボイセコと対立するアスタータって奴にも同じくらいの軍備を持たせてやるんだ。そうやって両方の軍備を拮抗させたままエスカレートさせていって、そうだな、『セレーネス』は最後でいい。何しろあれをまともに使ったら星が滅びるって話だからな」
「あんたはワルだなあ。何でそこまでやるんだ?」
「――あの星には恨みがある。ご先祖のノームバックが受けた恨みを晴らさなきゃならぬと思い、常日頃観察を怠らなかったが、こんな形で復讐が実現できそうになるとはな」
「ふーん、よくわからねえが――わかった。その話、乗ったぜ」
「よし、じゃあ俺は早速ボイセコを口説く。それが上手くいったらお前はアスタータに接近しろ。アスタータからの儲けは全部お前のもので構わない」
「へへへ。すまねえな。プロトアクチア。恩に着るぜ」
「今度はヘマするなよ。じゃあまた連絡する」

 プロトアクチアが去り、閑散とした店内でダッハが高笑いをした。
「ははは、プロトアクチアめ。山分けだと。冗談じゃねえ。おれはあの《賢者の星》にお宝がたんまりと眠ってるのを知ってんだ。危ない橋渡るんだから、お宝はおれが独り占めさせてもらうって寸法だ」

 

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