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20XX.8.3 消えてしまったもの
今日も美夜は家にいた。午前中職場に寄って休職手続きをしてきたらしい。
昼過ぎにじいちゃんがふらっと戻った。
「いやあ、やっぱりこの星は楽しいな」
上機嫌のじいちゃんに、じいちゃんの身の上を知ったと伝えた。
じいちゃんは真顔になってぼくと美夜の前にどっかと座った。
「美夜さんが説明してくれたか。わしはな、人生で二度の大きな失敗をしている。一度目は大都の父親になれなかった事、二度目は能太郎の父親になれなかった事。わしはつくづく父親失格だ」
「おじい様。でも大都さんもジウランのお父様もおじい様を恨んでなんかいなかったと思いますよ――市邨のおじいちゃんもティオータさんもしっかりした方だったみたいですし」
じいちゃんは美夜の言葉を聞くと途端に情けない表情になった。
「わしはティオータには一生頭が上がらん。地球に戻ってティオータの所に立ち寄った。そこで目にしたのは立派に成長した能太郎がティオータを『父さん』と呼ぶ姿だった。わしは何も言えなくなった。わしは身を引こうと思った。するとティオータがわしを訪ねてきて『お前は能太郎の父でありジウランの祖父だろ。ジウランっていう名前だってお前が昔言ってた通りの名前にしたんじゃねえか』と言ったんだ。確かにわしは《智の星団》に旅立つ前にティオータに冗談半分で『わしが帰って来なかったら、能太郎の子にはジウランという名を付けてくれ』と頼んでいたんだな。その後は大ゲンカさ」
ティオータさんってもう一人のじいちゃん?――
「うっすらとしか覚えてないのも無理はねえ。ティオータはしばらくして死んじまった。わしの顔を見て肩の荷が降りちまったのかもなあ。葬儀の席でわしは能太郎に父親失格だと言って詫びた。ところが今度はすぐに能太郎と雪乃さんが事故で亡くなった。わしは再び葬儀の席で今度は三歳のお前に詫びを入れなきゃならなかった」
よく覚えてないけど、じいちゃんが『馬鹿野郎』って何度も言ってた――
「それはな、自分に腹を立ててたんだ。父親として何もしてやれなかった情けないわし自身にな。そしてジウラン、お前だけはわしの手で育てようと固く心に誓った――だが結局お前をこんな茶番に巻き込んで、わしは果たして正しかったのか……」
じいちゃんらしくないよ。それに今更そんな事言われたって、このゲームのプレイヤーになるのは創造主の決めた事だろ。仕方ないじゃないか――
「ジウラン……」
泣いたりしないでくれよな。そんなじいちゃん、見たくない――
「泣く訳ねえだろ。さて、反省会は終わりだ。これからの話をしよう」
「最初に言っとかなきゃならんのは、数日後にはわしとお前、それに美夜さんは宇宙へ旅立つ――何だ、驚かんか。つまらん」
「おじい様、覚悟はしていました。あたしも仕事を辞めましたし」
「ほぉ、そりゃ手際がいいな。ジウランは仕事もしとらんし、何ができる訳でもない。美夜さん、あんたが頼りだ」
「おじい様、ジウランの力にお気づきになってないんですね」
「何だそれは?腕っぷしはそこそこだが、わしに比べればひよっこだぞ」
「おじい様が言葉に力を与える事ができるのとは少し違いますが、ジウランは『死者の国』に旅立った人の言葉を聞く事ができるんです」
「……そりゃまたわしの力以上に微妙だな。まあ、どこかで使い道もあるだろう――それよりも美夜さん、あんた、義彦の刀は持ってるかい?」
「え、はい。門前仲町で預かってもらっていますけど」
「そうかい。じゃあ、これから手に入れる剣と二本差しで暴れてくれんか」
「えっ、その剣とは、もしかして」
「うむ、『鎮山の剣』だ。《愚者の星》の奥深くに眠るそいつがないと、まずい事になるのは、あんたにもわかるだろ」
「でもその剣を持つべき者はあたしではないはずです」
「ああ、あくまでも正当な剣の所有者が現れるまででいい」
「わかりました。父の刀は時間を見て取ってきます」
「すまないな。あんたの父さんの力も必要なんだ」
「いよいよ本題だ。まずは事実の世界が今の世界になった時に、何が失われたかを話そう。ひどく複雑そうに思えるが実は簡単な事だ――
まず、今の世界には登場しない奴らがいる。文月リン以降の文月の家系、そして《巨大な星》のマザー、須良大都、この辺だな。
マザーがいないって事はデルギウスが七聖を集めて発現させた『銀河の叡智』が発現していない。だからポータバインドは使えねえ。ただダークエナジー航法だけは先行して発現した叡智なんで存在してる。
次にリチャードを生み出した『カザハナ計画』は実行されていない。これによりロックは存在せず、リチャードは全く違う形で存在している。
そして『四つのシニスター』が発生していない。まあ、元々須良大都は存在してないからいいとして、アレクサンダー、マンスール、エテルは邪に魅入られていない。
最後に銀河覇王たる者は全く違う形で銀河覇王になろうとしている。これはまだ『クロニクル』を読み切ってないからわからねえだろうが、ロックの不在、リンやセキの不在とも関係している――
「ざっとこんな感じだ」
文月リンについては父親の文月源蔵も見つからなかったよ――
「細かい事言うなよ。源蔵はどっかにはいるはずさ」
この違いがもたらす結果が、実際の事実の世界とどれだけ大きく異なるのかぴんとこないけど――
「お前、ちゃんと読んでんだろうな。例えば、『四つのシニスター』がないって事は、《ネオ・アース》なんてどこにもないって事だ。《エテルの都》も建設されてないし、《巨大な星》の戦いもない」
ナインライブズは?――
「リンがいないんだから発現するはずがねえだろ。だからケイジも生きてる」
ぼくが首を傾げていると美夜が続けた。
「おじい様、糸瀬沙耶香の件は?」
「うーん、それは少し込み入った事情だな。そのうち話す」
「それにカルペディエム」
「ああ、それもあったな。リンがいないからカルペディエムも建ってない。その理由は勘弁してくれ」
「最後の敵については?」
「――疲れたな。それはまた明日話そうじゃねえか。今日はもう終わり」
じいちゃんは言うだけ言うと、また外に出ていった。
登場人物:ジウランと美夜の日記
名 Name | 姓 Family Name | 解説 Description |
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貫一 | 葉沢 | 内閣調査室勤務。身寄りのないシゲの世話をし、ジウランたちに協力を申し出る | |
もえ | 市邨 | 美夜が「おばさん」と呼び慕う女性 | |
釉斎 | 天野 | 『パンクス』日本支部長 | |
ケイジ | ワンガミラの剣士 |