4.8. Report 5 大都をさがして

 ジウランと美夜の日記 (11)

Record 1 終戦

 

風は吹かず

 東京への空襲は3月10日以降も続いた。それは都民を皆殺しにしようという悪意の発露に他ならなかった。
 4月25日には芝も空襲に遭い、天野有楽斎の醫院も火事で全焼、瓦礫と化したため、親子揃って地下に避難をした。

 
 地下の大広間でわしはティオータと有楽斎と話をした。
「一体こんな事がいつまで続くのだろうね」
 有楽斎がぼそりと呟いた。
「日本が降伏するまでだ。そんなに先の事じゃねえよ」
 わしの言葉に有楽斎は悲しそうに首を横に振った。
「デズモンドさん、それは間違っている。この国の人は恐ろしく忍耐強い。下手をすれば本当に『総玉砕』となってしまう」
「爆撃を続けてる方だっておかしくなっちまうだろう」
「それなんですよ。ですからこの戦争を終わらせるためにもっと強力な攻撃を――」
「おい、ちょっと待てよ。そんな兵器は連邦では……そうか、この星は連邦に加盟してねえのか」
「恐ろしい事です」
「この星は滅びるのか」
「色々考えててもしょうがねえだろ」

 ティオータが雰囲気を変えるように明るい声を出した。
「デズモンド、大都はまだ見つからねえのかよ」
「ああ」
「実は昨日、麹町に寄ったんだが大都が帰った気配はなかった――だがお前はあそこに立ち寄らねえ方がいいぞ」
「何でだ?」
「下河坂の野郎がミイラ男みてえに体中包帯でぐるぐる巻きになりながらお前の家を見張ってた。それだけじゃなく隣の婆さんや町内会長にも『お前が空襲を手引きした』とか吹き込んでてよ、婆さんたちもずいぶんと迷惑そうだったぜ」
「仕方のねえ奴だな」
「まあ、とっちめるのは戦争が終わってからでも遅くはねえや」

 
 度重なる空襲により東京は全くの焼け野原となった。『アンビス』陰謀説を信じていた『パンクス』の一部の人間も、東京の西部まで空襲に遭ったのを見て考えを改め、再びアンビスと手を取り合った。

 
 8月6日に広島に新型爆弾が落されたというニュースが飛び込んできた。
「デズモンドさん、この新型爆弾というのは」
 有楽斎が険しい顔で言った。
「暗黒物質を使える訳じゃないから『セレーネス』じゃないな。多分、核融合か核分裂のどっちかだ。連邦がどうして禁止してるか、本当の所を知ってるかい?」
「大量殺戮兵器だからではないのですか?」
「そりゃそうだが『てめえらでコントロールできねえもんを軽々しく扱っちゃいけねえ』って意味だよ。これで日本が逆襲してみろよ。もう誰にも止められやしねえぞ」
「最早この国に反撃する力は残っていませんよ」
「不幸中の幸いって奴か。でもそこまで弱った相手を一方的に殴るだけなのに、こんな狂ったやり方はいただけねえなあ」
「連邦加盟など夢の又夢です」

 
 8日には長崎にも新型爆弾が落とされた。
「奴ら、この瓦礫の山の東京にもお見舞いするつもりか」
「もう終わりにしないといけませんな」
「いっちょ、東京に飛んでくるB-29でも撃墜するか」
「デズモンドさん、そんな事をしたらこの国にまだ抵抗する力が残っていると誤解されますよ」
「そうだな。悪い冗談だった。すまない」

 
 一週間後の15日の玉音放送により、ようやく戦争は終わりを告げた。

 翌日、麹町の家に寄った。その一帯は幸運にも空襲を免れていた。
 わしは大都が帰っているかもしれないと思い、久しぶりに家に入った。
 家の中に人の気配はなかったが、縁側に出た所で庭にいる珍客に出会った。

「下河坂じゃねえか」
 わしの言葉に庭に隠れるように座っていた下河坂が立ち上がった。どうやら何かを燃やしていたようで足元には燃えカスになった紙の切れ端が見えた。
「……へへ、てめえか。ちょっくらお邪魔してるぜ」
「ははーん、戦争が終わって今まで散々いじめた人たちから復讐されんのが恐くなって、そうやって隠れてる訳だ」
「何とでも言え。おれはな、あの夜、てめえが何かしてたのを見てたんだ。てめえのせいで戦争に負けた、だからおれはてめえを道連れにあの世に行ってやるんだよ」
「お前、まだそんな事言ってんのか」

 わしは下河坂の目付きが正気を失っているのに気付いた。下河坂はのろのろとした手つきで胸から拳銃を取り出し、わしに銃口を向けた。
「仕方ねえな。お前の中の戦争は終わらねえ。お前もある意味、被害者なんだな――だったら終わりにしてやるよ。この一発で」
 目にも止まらぬ右のフックが顔面を捉え、下河坂は奇妙な踊りを踊ったかと思うと一瞬だけ幸せそうな表情になり、やがてぐにゃりと倒れ込んだ。

 
 しばらくすると玄関が開いて「邪魔するよ」という声がした。縁側に姿を現したのはティオータだった。
「ありゃあ、一歩遅かったか」
「ああ、こいつの戦争を終わらせてやった」
「何、かっこつけてんだよ。夜になったら宮城の前にでも放り出しておこう」
「大丈夫なのか?」
「心配ねえよ。それより、ようやく大手を振って大都を探せるじゃねえか」
「そうだな。でも深川の辺りはほぼ壊滅状態だろ?」
「……早く見つけてあげないとな」
「おい、勘違いすんなよ。あいつは死ぬような奴じゃねえって何度も言ってんだろ。絶対に生きてる。どっかに避難してるに決まってんだ」
「そうだな。じゃあ夜までぶらぶらすっか」
「その前に隣の婆さんや町内会長に挨拶してくるよ」

 

GHQ

 翌日からわしの本格的な大都探しが始まったが、結果は芳しいものではなかった。地元の人間の行方すらわからないのに、真夜中に他所から飛んで来た少年の事など誰も知るはずなかった。

 
 そんな風に日が過ぎ、かつての敵国の軍が東京に乗り込んできた。
 地下の大広間に顔を出すと有楽斎が外人将校と話をしていた。
「おお、デズモンドさん。こちらはド・ダラス少尉です」
 紹介された若い将校は色白の顔を赤らめながら握手を求めた。
「デズモンド・ピアナさんですね。お会いできて光栄です。私はジム・ド・ダラスです」
「あんた、パンクスなのかい?」
「もちろんです。今回は東京だけでなくパンクスの復興のために来ました」
「ってことはアンビスにも?」
「ええ、私の同僚がお邪魔しているはずですよ」
「ふーん、こんなに余裕のある国と戦って勝てる訳ねえよな」

「勝負は時の運ですよ。ところでデズモンドさん。今回の戦争をどのように記録されるのですか?」
「いや、敗者は歴史を語る資格を持ってねえ。歴史は常に勝者のためにあるんだ」
「デズモンドさんはまるで日本国民のようだ」
「まあな……歴史学者にとって一番やっちゃいけねえ事だ。ただ淡々と事実を語ればいいものを必ず片方に肩入れしちまう。『菫のシロン』の時と同じだ。《享楽の星》の人から見ればいきなり都を襲撃した極悪人だが、俺はシロンを正しい者、ドノスを間違った者と考えた」

「ですがデズモンドさんは常に公平な目で物事を見られて、その上で決断をなされている。事実を捻じ曲げて書かれたようには思えませんよ」とド・ダラス少尉が言った。
「そうかい――まあ、これは『クロニクル』には載らない銀河の片隅で起こった小さな戦争だ」
「本当にそうかな」と有楽斎が口を挟んだ。「あの凶暴な破壊兵器が使われた、その一点だけ取っても、記録しておく価値が十分にあるのではないかね」
「それについては」とド・ダラス少尉は悔しそうに頭を下げた。「あんな事をしたのでは、当分は連邦加盟など無理ですね」
「何だい、あんた、この星を連邦に加盟させたいのかい?」
「もちろんですよ」
「へえ、パンクスってのはもっとひっそりと寄り添うように生きていくんだと思ってたよ。言ってる事がアンビスぽいな」
「一緒にしないで下さい。私の理想とするパンクスは人々をより高みに引き上げる存在です。アンビスは我が身の出世だけ。志が違います」
「ふーん、立派なこった。だが残念ながらあんたの生きてる間に連邦加盟は無理そうだな」

 
「デズモンドさん、あなた、ご家族は?」
 ド・ダラス少尉は胸元をごそごそと探りながら言った。
「いや、一人者だ」
「そうですか。これを――」
 ド・ダラス少尉は胸元から一枚の写真を取り出し、わしらに見せた。写真には五歳くらいの金髪の男の子が写っていた。
「あんたの子供かい?」
「ええ、ディックです。私がだめでも息子のディックがきっと成し遂げてくれるはずです。彼ならパンクス初のアメリカ大統領になりますよ」
「やっぱりあんたみてえな前向きな人間がいる国には勝てる気がしねえや」

 

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