4.8. Report 3 頼られる男

 Report 4 大戦

Record 1 《歌の星》

 地球――この妙な呼び名にもずいぶん慣れた――に着いてからの数か月は怒涛のように過ぎ、新しい年、西暦1937年になった。
 須良家の食卓には、隣のおシカ婆さんがこしらえた煮物とわしが地下で調達した餅の浮かんだお澄ましの雑煮が並んだ。
「今年もこうして無事に迎える事ができました。デズモンドさんという新しい家族も増え、皆が健康で過ごせればいいと思っております」
 わしと大都は正座して健人の家長の挨拶を神妙な面持ちで聞いた。
「しかし不思議なもんだな。この星が恒星の周りを一周しました。その間に三百六十五回転しましたってのを祝うんだからな」
「他の星にはこういった習慣はないんですか?」
「いや、あるはずだぜ。節目を祝うのは大事だ。だが恒星を持たない星、公転しない星、自転しない星、惑星を持たない星、色々あるからやり方はそれぞれだ」
「デズモンドの生まれた星はどうだったの?」と大都が尋ねた。
「《オアシスの星》は公転しないんだ。だから商人たちのいい目印として繁栄した。惑星、お月さんだな、これは五つあった。確か、その五つが一斉に空に見える日が節目だったような覚えがあるよ――今じゃ銀河連邦暦を使ってるけどな」

「相変わらずデズモンドさんの話は聞き飽きませんが――我が家の年初の恒例として一年の抱負を述べるのですが、デズモンドさん、如何ですか?」
「いいねえ。まずは家長である健人から頼むぜ」
「はい。では私から。私の教え子たち、若い世代が戦争に行かないで済むような世界になればいいなと思っております。あっ、これは抱負じゃないですね」
「おい、健人。大丈夫か。特高や憲兵に睨まれるぞ。奴ら、しつこいんだろ?」
「大丈夫です。外では口にしません。でも時折無性に虚しくなるんです。私の下を巣立った若い生徒たちがやりたい事もやれずに戦地に赴き、その命を散らす。私は一体何をしているんだろうかと、その無力さに苛まれます」
「うーん、確かに辛いよな。本来は俺たち大人が若い者に未来の扉を開いてやらなきゃいけねえのに、逆に扉を閉ざしちまってるんだもんなあ」
「彼らをみすみす死地に送り出すための準備をしているのではないか、そんな風に考える事さえあります」
「一人で何もかも背負い込むなよ。いくらお前が頑張っても勝てない相手はある。それとも自らの命を差し出して大都を一人ぼっちにするか?」
「……それはできません。もうしばらくは――」

「もういいや。止めようぜ、こんな話は。大都、お前の抱負は何だ?」
「ぼくですか。ぼくはデズモンドから色んな事教えてもらって地球で一番の学者になります」
「そりゃ立派だが今年中には無理だな。だけどよ、勉強ばっかりじゃなくて体も鍛えろよ。強くなきゃ、この星で一番にはなれねえぞ」
「はい――デズモンドの抱負は何?」

「俺か。今年は日本全国を回る旅に出るつもりだ」
「例の空海の伝説ですね」
「ああ、まずは南に行ってみようと思ってる。普通ならいい加減な所であきらめちまうんだが、今回の話はどうも引っかかる。もしかすると銀河の大きな謎にぶち当たるんじゃねえかって気がしてるんだよ。だからまだ当分はこの星に厄介になるぜ」
「それを聞いて安心しました。いつ『俺は帰る』って言い出すかと内心びくびくしていたんです。何しろこのご時勢ですから――知ってますか。先月、西安で事件が起こったのを」
「西安?俺が行った都か」
「そうですよ。運が良かった。もう少し遅かったら調査どころではなかったでしょう」
「――そうかねえ。俺たちが行ったから事件が起こったんじゃねえかな」
「と言うと?」
「一緒にいた黒眼鏡の男とまる一日近く別行動の時間があったんだが、その間に奴が何か仕掛けたんじゃねえかな。まあ、思い過ごしかな」
「このままいけばヨーロッパでも戦争が始まりそうです。そうなれば日本はドイツやイタリアと組んで戦争は世界中に広がります」

「ふぅ、嫌な時代だな。まあ、今日はそんな事を忘れて楽しくやろうや。大都は何回か見ているが、ヴィジョンを見せてやるよ――ところで、あの、誰だっけ?」
「坂出ですか?」
「そう、あの彼は来ないのかな?」
「そのうち来るでしょう。彼はあの千駄木の家に一人暮らしで淋しいでしょうし」
「親や子供はいねえのか?」
「彼の家は元々、古くから続いた日本橋の呉服屋で父親の代には店を畳んだのですが、その父親も母親も早くに亡くなって彼は生活に困らない気楽な独り者ですよ」
「真っ先に戦争に行かされそうだな」
「それもありません。彼は若い頃に肺を悪くして、そのせいか足が少し不自由なんです。学生時代はよく『僕は本物のごくつぶしだよ』と自分を卑下していました」
「ふーん、じゃあ奴が来たら上映会とするか」

 
 健人の予想した通り、昼前に坂出が風呂敷包みを抱えてやってきた。
「皆さん、あけましておめでとうございます。親父の知り合いの料理屋のお節、一人で食べるのも味気ないので来てしまいました」
「よぉ、坂出君、待ってたぜ」
「本当ですか」
「ああ、まずはその美味そうな料理を食わせてくれよ」

 
 松の内を須良家で過ごしたわしは八日に地下の『パンクス』本部を訪ねた。
「よぉ、デズモンド。今年も地球に居座るつもりか?」
 職人姿のティオータが尋ねた。
「ああ、空海ってお人は日本全国に出没してたみたいなんでな」
「ところでよ、前に《歌の星》にも問い合わせたって言ったよな」
「そうだったか」
「時間がずいぶんと経っちまったが、国王のロディッヒ様のお耳にも入ったらしくってよ。お前を《歌の星》に招待したいんだとよ」
「ロディッヒ王ってのはクシャーナとリリアの末裔に当たる方か?」
「そうなるな。都ヨーウンデには、今でも岩山の上に専横貴族たちの宮殿が残ってる。そこに行けば未発見のロゼッタでも見つかるんじゃねえかな」
「ふぅ、折角のご招待じゃあ断る訳にもいかねえ。空海さんは後回しにしてちょっくら行ってくるわ」

 
 その晩、麹町の家に戻って健人と大都に旅に出る事を告げた。二人ともひどく淋しがったが「何、一月くれえで戻ってくる」というわしの言葉を信じ、快く送り出してくれた。
 わしは日が昇る前に家を出た。沖に沈めておいたシップに乗り込み、《歌の星》に向けて出発した。

 
 出発してから数時間で目的地が見えた。ティオータの言った通り、険しい岩山の上に豪華な宮殿が建っていた。ヨーウンデの都は岩山の麓にあるようだった。

 
 都にある王宮に入るとロディッヒ王自らが迎えに現れた。
「デズモンド殿ですな。ご足労願い、恐縮です」
「何、どうってこたあねえよ。ティオータにも世話になってるしよ」
「あの男は責任感が強いのです。適当な時期で別の者と交替をしろと言っても、なかなか戻ろうとはしません」
「まあな。今の状況を考えたら戻る事はできねえな」
「……それほどに《青の星》の状況は良くないですか?」
「ああ、間もなく星を全部巻き込むような戦いが始まる。救いのねえ話だ」
「我が星からも多くの人間がそちらに渡っておりますが、彼らが無事ならいいのですが」
「そんなにたくさんいるのかい?」
「ご存じと思いますが、この星の住民は《青の星》から奴隷として連れて来られた者が少なくありません。解放された時にすぐに故郷に戻る事を選んだ者、他の星を選んだ者、この星に留まる事を選んだ者、様々ですが、抱く郷愁は全員に共通です」
「だよなあ。けど、皆どうにかして生き延びるよ。それほど柔じゃねえ」
「だといいですな。『パンクス』にせよ『アンビス』にせよ、拠り所が強固ですし」
「へえ、そんな事まで知ってんのかい?」
「はい。里帰り以外に期間を限定して《青の星》に行かせている場合も多いですし、ポータバインドもありますから、常に最新の情報は入ってきます」
「じゃあ本来はティオータもその期間限定組なんだな?」
「ええ、彼は近衛兵の隊長ですからそのつもりでした。ですが愛する女性ができた、ままあるケースです」
「でもよ、ティオータの女ってのは……」
「本人から聞きました。天災で亡くなったと。それもあり、こちらに戻るように言ったのですが」
「まあ、本人は元気そうだぜ。そのうちまた好きな女ができるよ」
「幸せになってくれるといいのですが……」

 
 わしは気まずい沈黙を打ち破るように話題を変えた。
「有楽斎先生も《歌の星》出身かい?」
「いえ、あの方は一旦、《牧童の星》に渡られて、そこから戻られた方です」
「《牧童の星》、アンタゴニスか?」
「そうですね。古くからの付き合いです。現在のこの星があるのは《牧童の星》や《武の星》、《将の星》のおかげもあります」
「じゃあ公孫転地も知り合いかい?」
「ええ、ご一緒に旅をされたとか。ずいぶん楽しかったと話されていましたよ」
「そうかあ。ここからそんなに遠くねえんだな」
「良ければこの後、寄られては如何ですか。きっとお喜びになりますよ」
「うん、そうだなあ」

 
「ところでティオータが申していた件ですが」
「おお、そうだった。そっちが本題だ。デルギウスたちが来た頃の記録が残ってたら見せて欲しいんだ」
「実はその頃のロゼッタをくまなく調べさせたのですが、新しい発見につながるようなものはありませんでした」
「ふーん」
「クシャーナとリリアがこの星を治め出してからの記録は充実しているのですが、デルギウス王については特に」
「クシャーナとリリアがヤバパーズを討つために《青の星》に渡った記録は?」
「ございました。ですがノカーノ他一名としか記録が残っておりません。恐らく互いの紹介もない、慌ただしい状況だったのでしょう」
「……確かにそうだな。ヤバパーズとノームバックを片づけてすぐに帰ったみてえだし」
「ですが山の上の『万物の宮殿』にまだ未発見の記録があるかもしれません。何しろ、あの宮殿は千年の間というもの定期的に立ち入ったのはクシャーナとリリアのみ。今でこそ博物館として公開されていますが、完全に調査が終わった訳でもありません」
「そりゃどういう意味だい?」
「どうもクシャーナとリリアは宮殿で何かを探していたようなのです。しかしそれが見つかったという記録もない、もしかすると宮殿に秘密の部屋があるか、あるいは二人が秘密の部屋を作り、そこに何かを隠したか」
「そんなに大事なものかよ」
「私にはわかりません。聞けばデズモンド殿は歴史学者にして冒険家。もしかするとその何かを見つけて下さるのではないかと思い、お呼び立てしたような次第です」
「じゃあ上の宮殿に行きゃいいんだな?」
「よろしくお願いいたします。食事と宿はこちらに用意しておりますので適当な時間に降りてきて下さい」

 
 岩山の上にそびえ立つ宮殿に向かった。こんな時にノータがいてくれたらきっと上手い策を立てるのだが、ノータはもうこの世にいない。
 ちきしょう、一人かよ、わしは独り言を言って宮殿の大広間の奥にある書庫に足を踏み入れた。
「こりゃまた立派な書庫だ。恐らく専横貴族のくそ野郎どもが住んでた時には宝物庫だろう――難しいな。まずは俺だったらどうするかを考えるか」

 
 時間をかけて書庫を歩き回った。だだっ広い書庫は長方形の形をしており、書棚が整然と並んでいた。ロゼッタの詰まった書棚には番号が付いており、入口から左に向かって0から10までの番号が振ってあった。さらにその奥にも同じように書棚が並んでいて、そちらには紙の書物が収められ、11から20までの番号が付いていた。
「横に10列、縦に2列か。これ、全部見て回るのは気が重いな。さて、どうするか」
 わしはだだっ広い書庫の真ん中でごろりと横になった。大の字になったり、あぐらをかいたりしながら考えをまとめようとした。くるっと前転すると目の前には4番の番号が付いた書庫があった。今度は後転を二度繰り返した。頭の上には15番の書庫があった。

 
「――なるほど。そういう事か」
 立ち上がり、尻をぱんぱんと二回叩いてから、再び書庫を歩き回った。
 今度は慎重に0番の書庫から20番の書庫に回り、そこから19番に行って1番に戻った。その作業を繰り返し部屋の端の10番まで到達した。
「何も起こらねえ。逆か」
 もう一度10番から11番を辿り、12番で折り返し9番に戻った。その動きを繰り返して1番に戻り部屋の端の0番に来た時に変化が起こった。
「へへへ。0から10までの11個の書庫と11から20までの10個の書庫がきれいに揃って並ぶはずがねえもんな。つまりそこにあるべきは異次元の番号――ほら、00番がちゃんとあるじゃねえか」

 

0  1  2  3  4  5  6  7  8  9  10

00 20 19 18 17 16 15 14 13 12 11

 

 普通の動きをしたのでは決して現れない00番の書庫に近寄った。周囲の空間が歪み出し、気が付けば見慣れない小部屋の前に立っていた。
 わしは一つ大きく息を吐き出し、部屋のドアに手をかけた。

「こりゃあ」
 白っぽい床と天井のがらんとした小部屋の奥には白い石でできた一メートルくらいの高さの台座が据え付けてあり、その上には鶏の卵を一回り大きくしたくらいの美しい紫色に輝く石が鎮座していた。
 台座の石に手を触れた瞬間、台座の中ほどがぱくりと開き、かすかな駆動音が聞こえた。様子を覗っていると台座の奥の壁の前でロゼッタの立体映像の投影が始まった。そこには一組の男女が立っていた。

 

 ――『貴人の石』を手にしようとする者よ。その前に私たちの話を聞いて欲しい。私は七聖の一人クシャーナ、隣は同じく七聖のリリアだ。
 この星は長きに渡って一握りの専横貴族に支配されてきた。
 私はデルギウスと共に貴族たちをこの星から駆逐した。さらに《青の星》に逃げたヤバパーズと人攫いノームバックをリリア、ノカーノと協力して討ち果たした。

 平和を取り戻した《歌の星》に帰った私とリリアは万物の宮殿で働かされていた奴隷の一人から興味深い話を聞いた。
 他の貴族は財宝や美しい女性に目がなかったが、ヤバパーズだけはそんなものには目もくれず、この星に眠る大事な何かを探していたと。
 私とリリアはその何かを探した。そしてついに見つけたのだ――それが今、貴殿が手にしようとしている『貴人の石』だ。

 言い伝えによれば『貴人の石』、” Sands of Time ”にはArhatエニクの力が封じ込められているらしい。それは時間を自由に操る力。その石に向かって『Time Shift』と唱える事により、好きな時間に戻る事が可能になるという。斯様な力、とても普通の人間に使いこなせるものではない。人は時の流れのままに全てを受け止め、笑い、泣きながら生きていくしかないのだ。

 石を手にした者よ。貴殿が何者かは知らぬが、この異次元にたどり着くだけの力を持った者だろう。だがこの石は到底貴殿の手に負える代物ではない。石を元通り台座に置いて、二度とこの場所に立ち寄ってはならぬ。

 

 ここでロゼッタの映像が終わったが、一瞬の間を置いた後に映像が再開された。

 

 石を手にした者よ。貴殿がヤバパーズのような邪心に満ちた者ではなく、良心ある者であるのを願おう。
 貴殿に一つ頼みがある。この石を我が末裔に託してはくれまいか。
 我が末裔がヨーウンデの王でない可能性もあるし、貴殿自身が我が末裔にして王かもしれない。
 だが今後、誰かの手に渡るくらいであれば、我が末裔にこの石を至宝として守ってもらった方が安全に思えるのだ。
 貴殿に依頼をするのがお門違いであればご容赦されたいが、ここまでたどり着いた強者であれば、私の願いを聞き入れてくれるのではないか。
 頼む。この『貴人の石』が悪用されぬように。世界を混乱に陥れないように――

 

 今度は完全にロゼッタの再生が終わったようだ。沈黙に包まれた小部屋で立ち尽くしていたわしは二、三度首を横に振ってから石を再び手に取り、部屋を出た。

 
 数日後、ヨーウンデの王宮のロディッヒ王に別れを告げた。
「デズモンド殿。結局お探しのものは見つかりましたかな?」
「ん、まあな」
「私の方の探し物、しかもとてつもない物で振り回してしまい、お詫びの言葉もありません」
「いいってことよ――だがくれぐれも大切に扱った方がいいぜ。何しろ、Arhatの力を封じ込めた石だかんな」
「もちろんです。この事実は我が王家だけに伝え、石は門外不出といたします――ところでデズモンド殿。《青の星》にお帰りですか?」
「いや、折角だから《牧童の星》に寄ってみようかと思ってんだ。色々、世話になったな」
「何もお構いできないどころか、反対に世話になってしまって」
「だからいいって。俺はこういうのが好きなんだ。じゃあな」

 

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