4.7. Report 1 目覚め

 ジウランと美夜の日記 (10)

Record 1 焦土の対峙

 振動はシップの中で眠りにつく男を目覚めさせた。
 男は目を開け、シップの窓から外を覗いた。どうやらシップは海底から陸地に打ち上げられたようだった。
 男はシップを再び濁った海の底に沈めてから陸地に降り立った。

 一面の焼野原で瓦礫の山がどこまでも広がっていた。まだ至る所で火が燃えていた。
 ここはどこだ、今はいつだ、慎重に気配を消しながら焦土と化した大地を歩き回っている内にようやく微かな記憶が蘇った。
 自分はケイジ。いつか見た美しい青い星に行こうと――

 だがここがあの美しい星なのか、目の前では焼け死んだ人々が幾重にも折り重なって山のように積まれていた。
 さらに歩き回って、かろうじて焼け残った建物の看板の文字を読んだ。
「三……越……呉服店」
 どうやら間違いはない。あの美しい星はこんな事になってしまったのだ。

 
 ケイジは傾きかけた午後の陽射しの中、気配を消して歩き回った。水を欲しがる重傷者に水を与え、瓦礫に埋まった家族を助け出そうとしている男に手を差し伸べた。
 海から北に向かって歩くと、王宮は無事なようだった。
 安心したケイジが王宮の西側の人気のない場所で一瞬だけ緊張を緩めたその時、それは訪れた。
 どこまでも見渡せるようになった広大な焼野原のどこかからケイジをじっと見つめる視線だった。ケイジは急いで気配を消して視線の主を探した。
 北西に小高い山があった。どうやらそこからこちらを見ていたようだ。ケイジは急いでその場所を目指した。

 
 その辺りは市内で一番高い場所で奇跡的に崩壊も火災も免れた。坂の下は『牛込見附』、坂を登ると『神樂』と言う名だった。坂を登り切って辺りを見回したが、視線の主はすでに去った後だった。
 一軒の商店にこの星の暦らしき紙束がぶら下がっているのが見えた。「九月二日」となっていた。
 ケイジは坂の左手にある『毘沙門天』と書かれた寺らしき建物の広場に入り、そっと屋根に登って周囲を見回した。
 都市の三分の二ほどは見る影もない状態になっていた。
 自分はこれからどうすればいい、今も火の手の衰えぬ東京市の惨状を見下ろしながら、ケイジは屋根の上で思案した。

 
 その少し前、もう一人の男は無残に破壊され、炎上する東京の町を笑いながら見下していた。
 ようやく体が回復し、この星での活動を再開しようと思った矢先の天災だった。
 帝都の復興、この混沌の中で自らの力を示せば容易に地位は手に入りそうだった。
 時折、風に乗って飛んでくる火の粉さえ男には心地よく感じられた。

 だが男はある人物を見つけた。
 宮城の傍に立っていたのは、紛れもなく《享楽の星》で出会ったワンガミラの剣士、確かケイジという男ではなかったか。
 男は少し長く見過ぎたようだった。ケイジはこちらの視線に気付き、忽然と姿を消した。
「こちらに来る」、男はそう直感し、急いで神樂坂上を離れ、新宿方面へと立ち去った。
 男は不安な気持ちになった。Arhatジュカが戦うのを止めさせた男、ケイジ。千年の時を越えてこの星に現れた奴の目的は何だ。

 

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