4.6. Report 1 テアトル

 Report 2 遺志

Record 1 『クロニクル』

 《巨大な星》、アンフィテアトルにあるその名も『ル・テアトル』、エリザベートやアンが舞台に立っている劇場だ。
 ソントンに呼び出されたわしは劇場支配人のホアンを見つけて声をかけた。
「よぉ、ホアン。ソントンは来てるかい?」
「ええ、お待ちですよ。さあ、どうぞ劇場の中へ」
 ホアンが扉を開けてくれ、中に入った。すり鉢状の劇場の底は舞台になっており、真っ暗な中を降りると、突然ピンスポットが舞台に当たり、その中央にソントンが立っていた。
「おい、ソントン。何やってんだよ。こんな所に呼び出して。しかもライトなんか浴びて。いかれちまったのか?」
「デズモンド。このスポットライトは君のためのもの。さあ、舞台の上に上がってくれないか」

 わしは「仕方ねえな」と言いながら舞台に上がった。暗がりに目が慣れると、どうやら客席の最前列にオーロイ、エテル、ユサクリス、それに支配人のホアンが座っているようだった。
「何の真似だ。ふざけてんなら帰るぜ」
「まあまあ、そろそろ時間だな」
 ソントンの声が合図となったようにその場の全員に同時にヴィジョンが入った。

 
「――この放送は、銀河連邦が連邦員に対して一斉に行うものである」
 ヴィジョンを使っての連邦員全員に対する放送は連邦の最高会議が認めた場合のみ行われ、通常は新議長の挨拶くらいでしかお目にかからなかった。
 わしが首を傾げていると聞き慣れた声と共に舞台上の空間に映像が浮かんだ。

「皆さん、《鉄の星》のトーグル・センテニアです。本日はこの場を借りて皆さんにご報告があります。又一つ『銀河の叡智』が誕生しました。その名は『クロニクル』」
「……おい」
 言いかけたわしをソントンが「しっ」と言って制した。

 トーグルの演説は続いた。
「『クロニクル』はこの銀河の歴史書です。《古の世界》に始まる銀河の歴史を通して、著者の言葉を借りるなら『九番目の世界』が何故作られたか、我々は何故存在するのかを明らかにしようという書物です。これ以上は言いません。皆さん、是非実際に読んでみて下さい。きっと私とはまた違う感想を持たれるでしょう――尚、五分以上のアクセスに際してはギークが課金されますので予めご了承下さい」

「おい、聞いてねえぞ」
 今度は少し強い調子で言ったが、再びソントンに制された。
「大切な事を申し上げるのを忘れていました。この『クロニクル』の編者はデズモンド・ピアナ、《オアシスの星》出身の歴史学者にして勇敢な冒険家です――デズモンド、この放送を聞いていたら私に『ジョイン』してくれたまえ。君からも一言欲しいんだ」
 あっけにとられるわしの脇腹をソントンが小突くので、渋々、トーグルの名前をコールし、空間にトーグルとわしの顔が大写しになった。

 わしは特に何もしゃべらず片手を上げただけでその後は沈黙が流れた。
 その沈黙を破るかのように空間にもう一つ顔が浮かび上がった。ソントンだった。
「おお、ソントン先生ではありませんか?」
「トーグル王、どうも我が友デズモンドは突然の事態に何をしゃべっていいかわからないでいるようです。彼の頭の中が整理できるまで少しお時間を頂きたいのですが」
「……構いませんが」
「それでは早速――我が友、デズモンドはこのアンフィテアトルのサロンが生んだ誇りですが、ここには誇るべきものがまだまだ沢山ございます。これより、そんな銀河連邦が誇る文化の一端をお見せしたいと思います。デズモンドの著書の刊行を祝うべく建築家エテルがこの時のために舞台を整えました」

 
 ソントンの言葉に呼応して舞台の照明が一斉に点くと、そこは深海を模したような碧い膜に包まれた景色だった。
「脚本家オーロイ・コンスタンツェによる制作総指揮の元、音楽をユサクリスが担当し、私、ソントン・シャウが詩を朗読させて頂きます」
 いつの間にか舞台にピアノが用意されていてユサクリスが入念に指をほぐしていた。
 事の次第を呑み込めないわしだけがきょろきょろと周囲を見回す中、ソントンがユサクリスの隣に腰掛けた。
「音楽に合せてテアトルの華、エリザベート・フォルストとアン・ハザウィーが即興劇を演じます――題名は『創造主の戯れ』」

 
 ユサクリスのすすり泣くようなピアノの調べに合せてソントンが詩を朗読した。それに合せて戦士風のアンとドレス姿のエリザベートがリーバルンとナラシャナに扮して即興の踊りを踊った。
 即興劇はおよそ五分続き、舞台が暗転して静寂が訪れた。

 
 静寂を真っ先に破ったのはトーグルの拍手だった。
「――素晴らしかったよ。今このヴィジョンを見ている全員がそう感じているはずだ。デズモンド、今の気分は?」
「悪い訳ないだろ――『クロニクル』はシップのクルー、サロンの奴ら、そして今ここにいないが大切な友人のノータ・プニョリの協力なしでは実現できなかった。皆、ありがとよ」

 

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