4.5. Report 2 争いの地

 File 6 Missing Link

Record 1 ザンデ村のロイ

 シップは宇宙空間を延々と航行した。
「しかし《戦の星》ってのは遠いな」
 JBが操縦席であくびをしながら言った。
「何だ、JB。さすがに疲れたか?」とわしが言うとJBは笑った。
「おれがシップの操縦で疲れる訳がねえだろ。退屈なだけだよ。海賊でも出てこねえかな」
「おい、JB。滅多な事を言うものではないぞ」とGMMがたしなめた。「ただでさえデズモンドはトラブルを引き寄せやすい。今回の航海はそういうのが一切なくて気持ち悪いくらいだ」
「へへへ。でもよ、ここにもトラブルを待ち望んでいる奴が一人いるぜ」
 わしはバスキアを顎でしゃくって指した。
「仕方ないでしょう。早く実戦で弓の威力を確かめたいんだ」

 
 バスキアの覚醒は凄まじかった。
 アルト・ロアランドに戻るとすぐに武具屋に立ち寄って、一番安い弓矢を一式購入した。
 わしは万一の事を考えて、町はずれの野原にバスキアを連れていった。
 弓矢の嗜みはあるのか聞くと、矢を番えたどころか、触るのも初めてだ、と笑って答えた。

 ところが弓を手に取った瞬間に顔付きが変わった。
 何かをぶつぶつと呟きながら矢を番えた。
「ギズボアナ……ギズボアナ・ダームベーダ!」
 そう叫んで上空に放たれた矢は太い光の帯に変わり、ロケットのように空を切り裂いた。
 わしは呆然とするバスキアに近寄って言った。
「何だ、今のは?」
「私にもわかりません。でも弓を手にした時に『ああ、これが私の得物に違いない』と確信し、自然にあの言葉が口をついて出たのです」
「アラリアの言葉か?」
「おそらく。『大気の精霊よ。我に力を』という意味だと、勝手に頭の中に浮かびました」
「へへへへ、アラリアの戦士、ついにお目覚めじゃねえか」

 
 ようやく《戦の星》の星団が見えた。
「さあ、本来の旅の目的地に着くぜ」とわしは言った。
「聖エクシロンはこんなに遠くまで来ていたのだな」
 GMMが感慨深げな面持ちで言った。
「おい、ポートらしきもんがねえぞ」
 JBが驚いたような声を出した。
「仕方ねえな」と言ってわしは陸地の様子を見た。「適当な島の近くに着水して沈めとこう。騒がれても困るしな」

 
 ポートがない星の場合はできるだけ目立たない場所に着陸するのが鉄則だった。おそらくその星はシップ技術も持っていないだろうから、はるかに文明のレベルを越えたシップを見れば大騒ぎになるのは明白だった。
 大抵の場合は人の少なそうな島の近くの海底というのが相場だった。島のそばの海であれば地形が入り組んでいる事が多く、シップを隠すのに好都合だった。

 
 わしらはGMMとJBを先に陸地に揚げ、シップを海底に隠してから合流した。
「誰にも見られなかったよな?」
 わしが尋ねるとGMMが頷いた。
「大丈夫だ。『未確認飛行物体』と騒がれるのは勘弁だからな」
「近くに人が住んでそうな場所はあるか?」
「ああ、村があるようだ」

 
 島の西に上陸し、北端に位置する風車の回る村に入った。
 村の中に人の気配はなく、家々は扉を閉ざし、息を殺しているようだった。
「何だ、この雰囲気は。《戦の星》だけあって戦争でも起こってんのか」

 わしがそう言って一軒の家の扉をノックしようとしたその時、村の一番奥の民家から一人の男が顔を出した。
 男は背中に大剣を背負い張りつめた表情をしていたが、わしらの姿を認めるとぎょっとした表情をして立ち止まった。
「……どこからやってきた?」
 男はそう言って背中の大剣を抜いた。
「勘違いしねえでくれよ。俺たちは銀河連邦の者だ。銀河の歴史を調査するために来たんだ」
「よくもそんな嘘がつけたものだ。それ以上一歩でも動いてみろ。首を飛ばすぞ」
「やれやれ、とんでもねえ所に来ちまったな。なあ、本当だよ。俺たちゃ、エクシロンの歴史を調べに来たんだ」
「何、聖エクシロンの名を出すとはいよいよ無礼千万。この場で決着をつけてやる」
「仕方ねえなあ。言葉じゃわからねえみてえだから、ちょっくら相手してやっか」
 わしがシャツの袖をたくし上げて拳をぐるぐると振り回し始めると、村の入口の方から数人の子供たちが走ってきた。

 
「ああ、ロイ。間に合った」
「ねえ、ロイ。その人たち、トビアスじゃないよ」
「すっげえんだよ。空からでっかい船で来たんだ。一回海に潜ってその人たちが出てきた」
 子供たちは口々に騒ぎ立てた。
 ロイと呼ばれた大剣の男は一旦構えを解き、子供たちに言った。
「お前たち、崖下の洞窟に隠れていろと言っただろう」
「でもその人たちが来たから」
「きっと他所の星から来たんだよ」
「エクシロン様みたいにぼくたちを助けてくれるんだ」
 わしも構えを解いて話しかけた。

「おい、ロイとやら。子供たちの方がよっぽどわかってら。俺たちゃ、この村を攻撃しようって訳じゃねえ。他の星から来たんだよ」
「では本当にトビアスの手の者ではないのか?」
「誰だそりゃ」
「いや、トビアスの軍勢が船を仕立ててこの島に攻めてくるという情報があったのだ。村の男たちは皆、南の港に迎え討ちに行って、私も港に向かおうとしていた」
「馬鹿野郎、そういうのはもっと早く言えよ。こっから港まではどのくらいかかるんだ?」
「走れば十分くらいだが」
「なら一っ飛びだ。お前、俺につかまれ。JBはガキ共とここに残れ。GMM、バスキア、行くぜ」
 わしはきょとんとするロイの腕を引っ掴み、空へ飛び立った。子供たちの「わぁっ」という歓声を受けてGMMとバスキアも大地を離れ、南の港へ急行した。

 
 驚いて声も出ないロイが身振りで示す方角に港を発見した。
 確かに港には待ち構える村人が、向こうには何隻かの船が今まさに海を渡ってこようとしているのが見えた。
 港で待機する村人の群れの真っただ中に降りた。
 腰を抜かさんばかりに驚く人々がロイの顔を見て叫んだ。

「ロイ、こいつらは何だ?」
「さあ、私にもよくわからないがトビアス卿の手の者ではないようだ」
 わしは村人とロイの間に立ち、大声を出した。
「あんまりにも疑り深いからよ、今、敵じゃねえって証明してやるよ。バスキア、出番だぜ」
 わしに声をかけられたバスキアは肩をぐるりと回して一歩前に出た。
「あの船がトビアス卿の船だね。あれを追い帰せばいいのかな?」と弓に矢を番えながら言った。
「そんな木の矢じゃあ無理だろう。第一、もっと引き付けないと届かない」
 一人の村人があきれたように答えた。
「まあ、見てなって」とわしは村人たちに言い、バスキアは彼方に豆粒のように見える船に向かって弓を引き絞った。
「ギズボアナ・ビアナス、海の精霊よ、我に力を」
 バスキアの放った矢は目標とする相手の船のはるか手前の海上に力なくぽちゃりと落ちた。
「あーあ、だから言わんこっちゃない。大体あんな遠くを弓で狙うなんて無理なんだ」
 村人がはやし立てたが、バスキアは涼しい顔をしていた。

 バスキアの矢が落ちた辺りで鏡のように滑らかだった海面に小さな泡が浮かんだ。やがて泡の数が増えて、まるで海水が沸騰したかのように大きな泡がいくつもぼこぼこと湧き上がった。
 村人たちは海面に起こった異変に気付き、目を凝らして海上を見つめた。
 船団が泡の発生している場所に差し掛かった。
 すると水面が激しく波打ち出し、海底深くで起こるごごぉっという音と共に巨大な渦が発生し、あっという間にトビアス卿の仕立てた十隻ほどの船はその渦に飲み込まれた。
 後には元通りの滑らかな海面が広がり、無残な船の残骸と助けを求める乗員たちの姿だけが見え隠れしていた。

「これで相手は上陸できません。あの人たちを助けるかどうかはお任せします」
 バスキアは冷静に言い、ようやく我に返ったロイが溺れた人たちを救助するよう村人たちに急いで指示を出した。

 
 一時間後、救助も終わり、港にはロイを始めとする村人たち、縛られて転がされているトビアス卿の手の者たち、そしてわしらがいた。
「疑ってすみませんでした」と言いながらロイが頭を下げた。
「いいってことよ。まあ、あんたらに味方したのが正しかったかはわからねえがな」
 わしが言うとバスキアが首を横に振った。
「いや、デズモンド。もし私が間違った決断をしたとしたならば海の精霊は力を貸してくれなかったはずだ。村の方たちを助けたのは正しい判断だ」
「私もそう思うぞ」とGMMも口を挟んだ。「ロイの聖エクシロンに対する思いは本物だ。間違っているはずなどない」
「ふーん、お前らが言うんなら、そうなんだろう――改めて自己紹介するぜ。俺はデズモンド・ピアナ、《オアシスの星》の歴史学者だ。こっちがバスキア・ローン、《狩人の星》の戦士、GMM、《巨大な星》の宗教家、そして村にいるのがJB、《巨大な星》の名パイロットだ」
「私はロイ・ファンデザンデです。皆様が来られた村、ザンデ村の代表をしております――しかし皆さん、本当に他所の星から来られたのですね」
「最初からそう言ってるだろ」
「いえ、初めは聖エクシロンの名を持ち出し、その偉業に便乗した、たちの悪い野盗かと思ったのです。申し訳ありませんでした」
「いいってことよ」

「皆さんは聖エクシロンと同じく他所の星からこの《戦の星》を救いに来て下さったのではありませんか?」
「だから言ってるじゃねえか。エクシロンの調査はする、だが今この星で起こってる事については――」
 途中まで言いかけた所でバスキアがわしを止めた。
「デズモンド、一応事情を聞いてみよう。どうやらこの星では至る所で争いが起こっている。こんな様子じゃ調査だってまともにできやしない」
「バスキアさんのおっしゃる通りです。もしも聖エクシロンの調査をされるのでしたら、この先ニトにある聖エクシロン教会をお訪ねになるのが良かろうかと存じます。ですがそこに至る道は先ほどの比ではありません。トビアス卿の手の者との闘いが行く先々で繰り広げられているのです」
「さっきから出てくるトビアス卿ってのは何者だい?」
「この『二重大陸メテラク』に覇を唱える者です」
「二重大陸たぁ、どういう意味だ?」
「元々、メテラクは空に浮かぶ大陸だったのです。それを現在のように大地に降ろされたのが聖エクシロンです。今でもその時の名残でメテラクの中を内海、その他を外海と呼んでいます」
「メテラク以外にも大陸があんのかい?」
「はい。メテラクの東には『縁(へり)の島』と『ショーエ島』、西には『北ポイロン』と『南ポイロン』地方、いずれも大きさはメテラクには及びませんが大陸が存在しております」
「で、そのそれぞれに支配者がいる?」
「そうです。いずれの島も互いに争っています。中でもメテラク内部は六つの島、そこの無数の都市がそれぞれ国家として覇権を競う状況です」
「トビアスっうのは?」
「メテラクの北西の島の支配者ですが、最近では南下を進めており、今はこの島の東、ニトで激しい戦闘を繰り広げています」
「さっきの話だとニトに聖エクシロン教会があんだろ?」
「聖エクシロンを祀る教会は大陸中にありますがニトの大教会には聖エクシロンの遺物があります。それに近くに『雷獣の森』もありますので」
「何だそりゃ?」
「雷獣とは聖エクシロンと行動を共にした聖獣です。聖エクシロンと雷獣、それに私の先祖リンドがその森でテグスターという怪物を退治した伝説が残っています」
「ふーん、楽しくなってきたな。じゃあニトに行こうじゃねえか」
「再三申し上げているように非常に危険な状況ですよ」
「道々トビアス一味を蹴散らしながら行きゃあいいじゃねえか」

 

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