4.5. Report 1 失われた民

 Report 2 争いの地

Record 1 バスキアの訪問

「――という話だ。ノータ、間違ってねえよな?」
 わしは長い話を終え、グラスの水を一息に喉に流し込んだ。
「すごいや、大将。ほとんど合ってる」
「おめえがその天才的な記憶力で仔細漏らさず記録してくれたおかげだ――で、どうだ、ソントン。書けそうか?」
「……素晴らしい。そして何と悲しい話だ――こうしちゃいられない」

 わしは立ち上がりかけたソントンを引き止めた。
「待ってくれよ。一つ頼みがあるんだけどな」
「厄介事なら断るぞ」
「簡単さ。ベアトリーチェにみやげを渡して欲しいんだ」
「娘に。何でまた?」
「お礼さ。暗黒魔王を封印できたのはベアトリーチェがくれたお守りのおかげなんだ。彼女は《魔王の星》、いや、銀河を救ったんだぜ」
「また大げさな。で、何を渡せばいい」
「ああ、まずこれが《魔王の星》の魔王人形だろ。そしてこっちは《起源の星》のちょんまげヅラだ」
「おい、デズモンド。うちのベアトリーチェは小さいとは言えレディだぞ。こんなもので喜ぶと思うか」
「最後まで聞けよ。で、これは《享楽の星》の民族衣装、ミニータだ。可愛いもんだろ?」
 わしはテーブルの上に不気味な指人形、ふざけているとしか思えないちょんまげのカツラ、そして最後に鮮やかなターコイズブルーのドレスを並べた。
「おっ、最後のは素晴らしいな」
「だろ。これをベアトリーチェに渡して欲しいんだ」
「直接、本人に見せてやってくれ。礼を言わせるよ」
「あのガキ、いや、あの娘はもうインプリントが終わったのか?」
「つい最近な。まだ限られた範囲でのヴィジョンしか使えないが、楽しくて仕方ないらしい」

 
 連邦が定めるインプリントの決まりを説明しておく。
 インプリントを受けられるのは十五歳以上となっている。十五歳になれば、連邦民にふさわしい生活を送れるであろうと判断される訳である。
 但し、それより若くても毎年のリプリントを条件としてインプリントを受ける事ができるように最近規則が改正された。十五歳未満の場合、使用可能な機能は近隣限定の『ヴィジョン』、『マップ』、『ファイル』の一部に絞られており、徐々に限定が解除されていく。
 当然、連邦民にふさわしくない行為が露見すればデプリントされる。
 デプリントはこのように連邦から強制的に行われる場合もあれば、連邦を離脱して他のネットワークに入り直すケースもある。
 この時代になると連邦ネットワーク以外に銀河の商人たちのマーチャント・ネットワークを始めとしたPN(プライヴェート・ネットワーク)が幾つも誕生していた。

 
 ソントンがヴィジョンでベアトリーチェを呼び出すとすぐに「ハイ、パパ」という少女の可愛らしい声が返ってきた。
「ベアトリーチェか。今デズモンドが隣にいる。つなぐから」
 空間にはソントンの顔、ベアトリーチェの顔、そしてわしの顔が浮かんだ。
「おじさん、お帰りなさい」
「おう、元気にしてたか?」
「もっちろん。おじさん、何の用?」
「みやげを買ってきた。お前のおかげで助かった」
「ええ、どうして?」
「お前がくれたお守りさ。あの中に書いてあった文字のおかげで魔王を封じ込める事ができた――どこであんな呪文を覚えたんだ?」
「何だ、そんな事。夢の中でおばあちゃんが教えてくれたのよ」
「おばあちゃん……なるほど、マザーか」
「ねえ、おじさん、そんな事よりおみやげは何。早く見せてよ」
「内緒さ。ソントンに持っていってもらうから、それまで家でおとなしく待ってな」
「おじさんのいじわる」
「そう言うなよ、すぐに帰るらしいから。じゃあな」
 空間の顔が消え、ソントンはみやげを手に店を出ていこうとした。

「ああ、ソントン、もう一つ」
「まだあるのか」
「新作の主演は――」
「――心配するな。彼女しかイメージしていない」
 ソントンは陽気に笑いながら店を出ていった。

 
 店にはノータとわしだけが残った。
「さてと、じゃあ改めて旅の成功を祝って乾杯といくか」
「――ああ」
「どうした、ノータ。心配事でもあるのか?」
「うん、今回の旅の記録をまとめていた時からずっと引っかかってる事があるんだ」
「何だい、そりゃ」
「まだ上手くまとまっていないけど聞いてくれるかい――

 
 ――僕らはこれまで様々な星を巡って銀河の歴史を明らかにしようとした。時代順に並べると、《古の世界》からサフィとその弟子の時代、四人の王の時代、デルギウスの時代、そして現在のパックス・ギャラクシアってなる。
 でもちょっと待って欲しい。
 《古の世界》からサフィの時代は確かにつながってる。
 デルギウスから今のパックス・ギャラクシアに至る流れも納得できる。
 じゃあ、四人の王の時代ってどういう位置付けなんだろう。僕はそう思って旅の記録を見直したけど、四人の王と今のこの時代の直接の結び付きは発見できなかった。
 歴史ってある出来事が次の時代に影響を及ぼしていくものだろう。という事は――

 
「ノータ、そいつは間違ってる。四人の王の時代と今は確かにつながっていらあな。ただそれがたまたま俺たちの知らない人間だったって事じゃねえか」
「大将、その名も知らない人間を時の流れに当てはめてやるのが歴史学者の務めだよ――本当はわかってるんでしょ。まだ見落としてるものがあるって。時代をつなぐ何かを」
「お前はそれが何だと思ってるんだ?」
「それがわからない――いや、頭の片隅にこびりついたままで形のあるものにならないんだ」
「もっと早くに相談しろよ。一人で悩みやがって――で、そいつは人か、それとも物か?」
「うーん、もしかすると《不毛の星》で見た遺跡みたいなものかもしれない。だって人だとしたら、《古の世界》の頃から現在まで生き続けるなんてありえないだろう?」
「ブッソンがいるじゃねえか」
「でも彼は積極的にこの世界に関わろうとはしていない」
「んじゃあ、《享楽の星》のドノスか?」
「あ、うん。確かに長生きだろうけどすっかり鳴りを潜めている」
「他に長生きって言えば……そうだ、それこそ長生きに聞いてみりゃあいいじゃねえか。マザーだよ」
「ああ、何でそれに気がつかなかったんだろう。そうだね、マザーならきっと僕の疑問に答えてくれる」
「あのばあさんはポータバインド持ってねえからなあ。早速これからホーリィプレイスに行くかい?」
「いや、遠慮しておくよ。どうも風邪気味でね」
「だったら家に帰って暖かくして寝るこったな」
「そうさせてもらうよ」
 ノータは席を立ち店のドアを開けて出ていったが、すぐに再び顔を出し、わしをじっと見つめた。
「何だよ、まだ何かあるのかよ」
「大将……いや、何でもない。お休み」

 
 わしは一人きりになり、広いテーブルで大きく伸びをした。
「ノータめ、言われなくてもわかってらあ」
 一人でちびりちびりと飲んでいると店の扉が開いた。入ってきたのは長身の青年だった。
「あの、デズモンド・ピアナさんですか?」
 大きな革の袋を背中に背負った青年がテーブルの前に立った。
「ああ、そうだよ。あんたは?」
「私はバスキア・ローン。《狩人の星》からやってきました」
「《狩人の星》……まあ、座れよ」

 
「で、何だい。用事がなきゃ会いに来ねえだろ?」
「失礼ですがミネルバをご存じですよね?」
「直接の知り合いじゃねえけどな。俺の友達のソントン・シャウの大学の同僚――後は、この間会ったフロストヒーブって精霊の彼女だったかな」
「私は連邦大学の大学院生です。ミネルバから噂を伺いました」
「って事はソントン経由か」
「はい、相談に乗って頂きたい事があって」
「何だい。場合によっちゃ応えるけどよ」
「私やミネルバは《狩人の星》でも極めて特殊な種族、アラリアの末裔です」

「……ちょっと待て。その話は確かフロストヒーブに聞いたなあ。そう言えばお前さんの名前も口にしてたよ。バスキア・ローンに会ってくれって」
「それなら話が早いです」
「普段はノータっていう物凄い記憶力を持った相棒がいるんで、お前さんが名前を言った瞬間にピンとくるんだが、生憎風邪気味で帰っちまってな。俺一人だと反応が鈍くて申し訳ないな――で、アラリアの末裔は何をしたいんだ?」
「私はアラリアが何故『失われた民族』と呼ばれるようになったのか、一体どこに消えたのか、その理由を知りたいのです。様々な星を巡ってらっしゃるデズモンドさんであれば何かをご存じではないかと思った次第です」
「――悪いな」
 わしはグラスをぐいっとあおりながら答えた。
「これまで立ち寄った星でアラリアっていう言葉を聞いたのはフロストヒーブからだけだ」
「そうでしたか。ではこれから行こうとされている星に同行できませんか。迷惑はおかけしません。私が自分で確認しますから」
「そう言われてもなあ。冒険には先立つもんが必要なんだよなあ――ちょっくらお伺い立ててみるか」
 わしはそう言ってからヴィジョンでトーグル王を呼び出した。

 
「トーグル。元気そうだな。もうすぐ前回の記録を届けるぜ」
「やあ、デズモンド。今回も期待しているよ」
「そうかい。で、次の航海なんだが……」
「うーん、困ったな。議長やカーリア王は君の冒険を一刻も早く体系としてまとめて欲しいみたいなんだ。だから大規模な航海は無理だ。せいぜい三か月が限度だね」
「けっ、そんな短期でどこに行けって言うんだよ」
「議長たちは『航海はもう十分だろう』っていう意見なんだ。でも私個人としては行ってもらいたい星が一つある」
「どこだい?」
「《戦の星》さ。聖エクシロンが舞い降りたと言われる遠くの星さ」
「乗ったぜ。じゃあ三か月分の支援の方、よろしく頼む」
「行ってくれるか。余った期間は好きな星に行ってもらって構わない――その代わり、今度の航海が終わったら、まとまった記録を刊行してもらうからね」
「わかったよ。じゃあまたな」

 
 ヴィジョンが消え、わしはバスキアにウインクしてみせた。
「って訳だ。《戦の星》にさえ行けば残りの期間は何したって構わない。どこに行くかなあ」
「でしたら《狩人の星》にして下さい」
「はあ。今更、お前さんの故郷に行ってどうするんだよ?」
「今のトーグル王との会話を聞いていたら、これまでの航海の記録が連邦の公式記録になるようではないですか。でしたら《狩人の星》、アラリアの事を多くの人に知って頂く又とない機会です」
「ん、まあ、俺も行った事ないからいいけどよ――お前さん、大学の専攻は何だ?」
「星間統治論です」
「政治屋か。頭が切れるんだな――連邦民申請は済んでるのか?」
「いえ、大学在学期間限定のネットワーク使用だけです。連邦民になるかは決めかねています」
「じゃあポータバインドは使えるんだな。あれがねえと宇宙空間で離れ離れにでもなろうもんなら一巻の終わりだからな」
「連れて行って頂けるんですね。デズモンドさん、よろしくお願いします。《流浪の星》にも行きましょう」
「おお、そこは行ってみたかった星だ。じゃあ、《狩人の星》、《流浪の星》、少し離れて《戦の星》というコースにしようや――早速クルーに召集かけるぜ」
 わしはヴィジョンでGMMとJBを呼び出し、いつアンフィテアトルに来られるかを確認した。
「よし、出発は二日後だ。バスキア、よろしく頼むぜ。これからはデズモンドと呼び捨てて構わんからな」

 

先頭に戻る