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Record 1 災厄の種
「ずいぶん騒々しいな」
《魔王の星》のエリオ・レアルにあるポートにシップを停めた。
街が近くなるにつれ喧騒が大きくなった。家の外に出て不安そうに立っている人たち、何事かを口走りながら走っていく人たち、わしは一人の婦人を捕まえて話しかけた。
「おいおい、何かあったのかい?」
「エリオ・レアル自治府に不満を持つ人たちのデモ隊が魔王城の辺りで自治警察と衝突したんだよ。今月に入ってもう三度目、いやになっちゃうわ」
「自治府ってのは《念の星》から派遣されてるんじゃなかったか?」
「いやだ、それは遠い昔の話。今じゃ自治府はこの星の住民が主体よ」
「何が原因なんだ?」
「貧富の差とか色々あんのよ。ずーっと平和だったのに、同じ星の住民同士で争うなんて困った事よねえ」
「デモ隊が『魔王の鎧』でも手に入れたら大変だな」
わしが何気なく発した一言に女性は首を傾げた。
「何言ってるのよ。それこそおとぎ話。本当にそんな鎧があるとでも思ってんの?」
「えっ、でも、あそこに見えるジャウビター山に封印されてんじゃねえのかい?」
「もうこれだから最近の人は。魔王城もジャウビター山も誰かがこしらえた話が残ってるだけ。魔王なんかいる訳ないじゃない」
「……まあ、そうだな」
わしは肩をすくめて婦人から離れ、GMMたちの方に戻った。
「どうやらこの星じゃ、教育が徹底してるみてえだ。千年以上前の魔王と威徳の戦いはなかった事になってる」
「だが山は閉鎖されているのだろう?」とGMMが尋ねた。
「理由なんかどうとでもつけられらあ。聖地とでも言っとけばいいんだ」
「そんな状況で詳しい話が聞けるか?」
「やってみなけりゃわからねえな」
エリオ・レアルの中心部にある通称、魔王城付近は先ほどの婦人の言葉通り、ものものしい警戒態勢が取られていて中に入れそうになかった。
わしは道を封鎖している自治警察の人間らしき若者に声をかけた。
「デモは終わったかい?」
「ええ、ようやく解散させました」
話好きな若者らしく、わしらが旅の人間だとわかると、にこにことして答えてくれた。
「城には入れないのか?」
「無理ですね。あと数時間経てば封鎖も解けるでしょうから、また後で来て下さいよ」
「ふーん。デモの原因は何だい?」
「旅の方を前にしてお恥ずかしいんですけど、体制が悪いって奴です。基本的には平和なんですけど、たまにこういう騒ぎが起こるんですよ」
「さっき会ったご婦人は今月三度目って言ってたぜ。多すぎやしねえか」
「確かに。先月起こった地震以来、皆どことなく浮き足立っていますね」
「……地震か。ジャウビター山も揺れたんだろうな」
「そうですね」
「魔王の封印が緩んだんじゃないのかい?」
「えーっ、またまたご冗談を。魔王なんておとぎ話ですよ」
「ふーん」
「――そう言えば、さっきのデモで『ルルカは蘇る』って書かれた変なプラカードを持ってた奴がいたな。ルルカってのが魔王の事か?」
「ええ、大昔の伝説の破壊神で『原初の魔王』って呼ばれてます。ガキの頃は悪さするたんびに親父に脅かされたもんです――」
「暗黒魔王じゃねえんだ」
「……暗黒魔王、それ何ですか?」
「いや、何でもねえよ。ジャウビター山に行っても構わないんだろ?」
「大丈夫ですけど、あそこは聖地ですから中腹より上は入山禁止ですよ」
「わかったよ。ありがとな」
わしらは山に向かって歩き出した。
「しかし、暗黒魔王も見事に存在がなかった事になってるな」
わしの言葉にアンが眉をひそめた。
「えっ?」
「魔王の事は誰も知らないし、『魔王の鎧』を封印したはずのジャウビター山は聖地に変わってる。何でそんな事する必要があったんだろうな」
「いたずらに人心を惑わせちゃいけないからじゃないの。魔王が近くにいるって言われたんじゃ、おちおち眠れないじゃない」
「まあ、そうだな。基本的には平和な星だ。ほんの一時だけ星を恐怖に陥れた奴の事をいつまでも引き摺ってるのも馬鹿げた話だ」
二時間ほどかけて山の中腹に到着したが、山道は頑丈な鉄の柵で封鎖されて、『ここより先、聖地につき立入禁止』という大きな札が立っていた。
「俺たちが正しけりゃ、この先に魔王の鎧がある」
「おい、デズモンド。見てみろ」
GMMが指差したのは柵の向こう側に続く山道だった。
「ん、何だってんだ?」
「ここまでは山道の脇に草が生えているだろう。ところが柵の向こう側になると草一本生えていない」
「それがどうしたんだよ?」
「瘴気だ。おそらく鎧の悪い気のせいで山の上の方の植物は枯れ果てている」
「――だとしてもだ。あんな近くでも草が生えてないってのはどういうこったい?」
「わからん。封印が弱まっているのかもしれないぞ」