4.4. Report 1 巨人との対話

 Report 2 哀しみのシロン

Record 1 ソントンのネタ探し

 アンフィテアトルのバーにいつものメンバーが集まった。
「ソントンは遅えな」
 わしは隣で書き物をするノータに話しかけた。
「そうですね。講義が長引いているのか、或いはホアンか出版社のエージェントに捕まっているのか」
「売れっ子は辛いか」
 稽古を終えたアンもいつものテーブルにいた。
「劇場では見かけなかったわ。大学なんじゃないの?」
「ふーん、ところで芝居の方はどうだ?」
「ばっちりよ。本当はもっとセリフの多い役が良かったんだけど」
「どうせ村人その1だ。お前じゃなくてもいいじゃねえか」
「仕方ないでしょ。まだ航海から戻って一月しか経ってないんだから」
「たったの一月でセリフのある役をもらえるなんてオーロイのお眼鏡にかなったって事ですよ」
 ノータの言葉にアンは嬉しそうに微笑んだ。
「ほら、ノータはちゃんとわかってくれてる。あんたみたいな冒険バカにはわからないのよ」
「わかったわかった。そういうこった――お、ソントンのお出ましだ」

 
 ソントンが息せき切って店に飛び込んだ。
「おい、デズ。ビッグニュースだぞ」
「何だよ、そんなに慌てて」
「この間の航海記録をノータと私でまとめたんだが、それを連邦のお歴々が目にして、えらく気に入ったようでね。議長や《花の星》のカーリア王、すごい方々だよ。それで正式に連邦が航海のバックアップをするというのを、トーグルがヴィジョンで伝えてくれたんだ」
「そりゃあすげえな」
「連邦側の窓口はトーグル・センテニアになるとの事だ」
「見返りの要求は?」
「いや、前回と同じように銀河の歴史を紐解いて欲しい――それだけだ」
「さぞや、お前が名文に仕上げてくれたんだろうな。感謝するぜ、ソントン」
「大した事ではないよ。その、何だ、あれさ」
「ははは、何、口籠ってるんだ、お前は」
「まあ、いいだろう。デズ、良かったな――そうだ、トーグルとヴィジョンで話をしてくれないか」

 
 ソントンはヴィジョンでトーグルとわしを呼び出した。空間にトーグルの顔とここにいるソントン、そしてわしの顔が浮かんだ。
「よお、トーグル、久しぶりだな。デズモンドだ」
「デズモンド、元気そうで。航海の記録を読ませてもらったよ。素晴らしいものだった」
「そうかい。死んでもおかしくねえ思いもしたけどな」
「ははは。転地に同行を薦めたが、私が一緒に行けば良かったと後悔しているよ」
「あんたが連邦の偉いさんを説得してくれたんだろ?」
「いや、説得など何もなかったさ。議長もカーリア王も記録を読めば、如何に偉大かがおわかりになる方々だ」
「とにかくスポンサーになってくれるそうで礼を言っておくよ。ありがとな――で、ソントンからも聞いたんだが、見返りは求めないってのは本当か?」
「その通り。思いのままに星を巡ってほしい。次はどちらを目指すんだ?」
「うーん、そうだな。銀河の上半分は大体回っちまったから今度は下だな。《祈りの星》から《大歓楽星団》を通って、《享楽の星》、《起源の星》、《魔王の星》なんてコースを考えてる」
「素晴らしい。いずれも連邦に属していない星ばかりだ。是非、連邦民に見聞を広めてもらいたい」
「そうするぜ」
「では私はこれで――旅の安全を祈っている」
「おお、帰ったら挨拶に伺うよ」

 
 ヴィジョンでの会話が終わった。
「さて、資金の目途はついたからあとは乗員だ。ソントン、お前はどうする?」
「行きたいのはやまやまだが、大学をこれ以上休む訳にもいかないし、それにホアンや出版のエージェントが新作の催促でうるさくてな」
「そのネタを探そうって旅じゃねえか」
「確かにそうだ……だが今回はあきらめるよ。どうか私のためにいい話を仕入れてくれ」
 話が終わらない内にソントンにヴィジョンが入り、しばらく画像をオフにしたままで話していた。

「デズモンド、娘からだった。君に旅の餞別があるようだ」
「へえ、そいつは嬉しいな。ベアトリーチェは幾つになった?」
「確か十三だ」
「本当かよ。もう立派なレディじゃねえか」
「いや、まだまだ子供さ。夢とも現実ともつかない話ばかりをしているよ。餞別もそんな類のものだから期待しない方がいい」
「ありがたく頂戴しておくよ」
「マスターの所に預けておくから出発までにピックアップしてくれ」
「ありがとな」
「じゃあ私は帰るから」
 ソントンは鞄を抱えて店を出ていった。

 
「三人だけか。ちょっと辛いな」
「ちょっと待ってよ」
 アンがわしの言葉に食い付いた。
「三人ってどういう意味よ。デズモンドとノータ、二人でしょ。まさか……よね」
「心配するな。オーロイにはもう言ってある」
「そういう事じゃなくって」
「いいか、アン。よく聞けよ。これはお前のためなんだ。今回の冒険でおそらくソントンの新作のネタが見つかるに違いねえと俺は踏んでる。その作品の主役を演じるのは実際に現場を見たお前にしかできないんだぞ」
「……よくもうまい事が言えるわね。何の保証があるっていうの」
「いや、お前にだけ言っておくが、今回のコースには『リーバルンとナラシャナ』に匹敵するようなドラマチックな歴史があるんだ。それをソントンに伝えれば、奴はたちまちに天啓を得て新作を書く。そうなりゃそれを基にした芝居が劇場にかかる。そしてお前はそのヒロインを演じる、これはエリザベートにはできねえんだ――俺にはわかる」
「……本当なの。そのヒロインって誰よ」
「『菫のシロン』――悲しい運命の戦士だ」
「その話、子供の頃に聞いた事あるわ――よし、行ってやってもいいわよ」
「そうこなくちゃ」
「でもまだ三人よ。この間のブギーマンみたいなのに出くわしたらたまらないわ」
「そうなんだよな。仕方ねえから街に出て腕の立ちそうな奴を探すか」

 
 サロンの奥で思案をしていると扉が開いて二人の男が入ってきた。一人は大柄で褐色の丸坊主の男、もう一人は痩せてサングラスをかけた若者だった。
 二人の男は入口に近い席に座り、ひそひそと話を始めた。
「ああ、おあつらえ向きなのが飛び込んできたぜ。特にあのでかい方は強い――よし、いっちょ、声をかけてみるか」

 そう言って席を立とうとした時、再びヴィジョンが入った。
「何だよ、また呼び出しかよ……誰だ、ネットワークID“GGHP”ってのは」
「デズモンド」とノータが慌てて叫んで、ヴィジョンを切ろうとしたわしを止めた。「きっとドウェインさんだよ。マザーの所の方」
「ああ、プララトス派の――んじゃあ、出てみっか」

 
「これはデズモンドさん」
 空間に優しげな笑顔が浮かんだ。
「ホーリィプレイスのドウェインです」
「わかってたよ。何の用だい?」
「マザーからの言伝がございます」
「何でマザーが直接ヴィジョンで話しかけてこねえんだ?」
「あの方はポータバインドがお好きではないようでインプリントもされていませんよ。必要な場合にはご自分のお力で直接相手に話しかけられます」
「へへっ、あのばあさんならやりかねないな。で、何だい?」
「はい。マザーはデズモンドさんの前回の航海の結果に大層お喜びで、『すぐに次の航海に出るはずだ』と申されておりました」
「ああ、その通りだ」
「けれどもクルーが足りない――そうではありませんか?」
「それも当たってる」
「そこでマザーが新しい乗員を探して下さいました」
「どんな奴だい?」
「二人ともヌエヴァポルトの住人ですが一人はGMM、もう一人はJBという名です。もうそちらに着いている頃だと思うのですが」
 わしは店内を見回し、さっき来た二人組を見て笑った。
「それらしいのが来てるぜ。ずいぶんと強面な奴らだ」
「GMMはプララトス地区の顔役と呼ばれる実力者、JBはシップ操縦にかけては右に出る者はいない若者です。お手数ですがこちらに呼んでもらえますか?」
「わかった――おい、あんたたち。ドウェインがお呼びだぜ」

 入口付近の二人は立ち上がり、ゆっくりとこちらに近付いた。ヴィジョンでそれを確認したドウェインが安心したような声を出した。
「デズモンドさんの許可ももらった。ちゃんとやって下さいよ」
 二人は無言で空間に向かって小さく手を上げ、ヴィジョンは切れた。

 
「じゃあ改めて自己紹介してもらうか」
「私はGMM。ヌエヴァポルトから来た」と褐色の大男が答えた。
「JBだ」と若い方のサングラスの男が答えた。
「俺がデズモンド、こっちがノータで、隣はアンだ。よろしくな」
「色々聞く事があるんじゃないのか?」とGMMが尋ねた。
「いや、あんたが強いのは十分伝わってくる――それより、そっちのJB、シップの操縦が上手いそうだが、そんなに推力があるようには見えねえけどな」
「けっ、推力なんて関係ねえよ。度胸があるかねえかだ」
「ふん、大した自信だな。まあ、ちゃんとやってくれれば文句はねえよ」

「デズモンド、出発はいつだ?」
「こうして乗員も揃ったからな。準備が出来次第、すぐに出発しよう」
「目的地は?」
「とりあえず銀河円盤の下半分に向かう。まずは《祈りの星》だな」
「バルジ教の聖地か」
「GMM、あんたはサフィの教えの信奉者か?」
「まあ、アダニア派のように厳しくはないから気にはせんがな」
「元々は全部サフィから始まってんだ。違いはねえ」
「デズモンド、宗教を甘く見るな。お前も歴史学者なら宗教対立が原因で戦になるケースはいやと言うほど知っているだろう」
「馬鹿げてるな。サフィはそんな事望んでなかったろうに」
「それはそうだが現実を見てくれ――いや、少し言い過ぎたな。話を戻そう。で、《祈りの星》の後は?」
「シロンの歴史を中心に探る」
「ん、シロン……それは何だ?」
「わからなきゃいいよ。この旅で詳しくなってくれ」

 

先頭に戻る