3.8. Story 2 死人返し

 ジウランと美夜の日記 (6)

1 待ち人来る

 ノカーノは都のはずれにある空海の宿坊に泊めてもらった。夜になると都は昼以上の人出で賑わった。
「空海、これは何の騒ぎだ?」
 ノカーノは尋ねた。
「ヤパラム殿も言っていたろう。重陽の節句さ。しばらくの間、賑やかな夜が続く」
「五日後、喧騒に紛れて落ち合えと言う訳か。その後、すぐにシップで脱出だな」
「ノカーノ。その件だがな」
「ん、何だい?」
「帰る前に一度私の国に立ち寄ってはもらえないだろうか?」
「そこに何かあるのかい?」
「大したものはないが、別れる前に私の国を見せておきたい。別れてしまえば二度と会う事もできぬし、思い残す事のないようにしたいのだ」
「いいさ、急ぐ旅でもない――君の国はどんな所だろうね?」
「ここよりも緑の多い、美しい場所さ」
「まずは五日後には去らねばならぬこの国の節句とやらを見物しよう」
「いいね。何事においても心のゆとりは重要だ」

 
 その頃、ヤパラムは不思議な場所にいた。
「ジュカ様、おいでですか。私の声が聞こえますでしょうか」
(何事だ。ヤーマスッド……ではなく、今はヤパラムか)
「実はデルギウス王より頼み事をされまして」
(それがどうした?)
「Arhatsは皆、デルギウス王を盛り立ててこの銀河を変えようとに尽力なさっているのでしょうね?」
(乗り気なのはエニクたち数名だけだ。わしには関係ない。つまらん話をしおって)
「でしたらデルギウス王に一泡吹かせても問題ございませんね」
(……お前は狡い奴だ。そうやってわしの興味を引くとはな。申してみよ、何が願いだ)
「ある人間の『死者の国』からの復活でございます」
(デルギウスともあろう者が理を破るとは――いやいや、全てお前の差し金か)
「ご想像にお任せします。つきましてはジュカ様のお力をお貸し頂ければ」
(わし一人ではどうにもできん。復活はワンデライの領分だがあ奴が良い返事をするはずがない)
「それは困ります。すでに約束をしてしまいました」
(一つだけ手があるぞ。幸いな事に今、お前がいるその星にワンデライの力の象徴、夜闇の石が眠っておるはずだ。その力を一度だけお前に与えるくらいならわし一人でもできよう)
「なるほど、石というのは便利でございますな」
(ようやく気付いたか。バノコが《戦の星》で色々と実験をしてくれたおかげだ)

「他の石はどこにあるのでしょうな?」
(それを知ってどうする?)
「単純な興味だけでございます。お隣の《歌の星》にはエニク様の石があるという話は小耳に挟みましたが。一体、どのような基準で地上にばら撒かれたのか」
(ふふん、気まぐれに決まっておる。エニクやワンデライのようにな。もっともわしやレアのようにある程度相手を絞って授ける場合もある。後の奴らの石は知らん。まだ手元に置いている場合もある)
「全てのArhatsの石を集めるのは至難の技ですな」
(――下らん。石の話はもう止めだ。もう用はないな?)
「十分でございます。もう一つだけ、チエラドンナ様のお力をお借りする事はできますでしょうか?」
(何だ、蘇らせた人間の運命を変えようと言うのか?)
「その通りでございます。せっかく蘇ったのにデルギウスを愛する心など持っていたのでは面白くありませんからな」
(チエラドンナの好奇心をくすぐれば造作もない。頼んでやってもいいぞ)
「よろしくお願い致します」

(せいぜい楽しませてくれ――ああ、然るべき組織にお前の事を報告しておいたからな)
「えっ……『星間火庁』、でございますか?」
(当り前であろう。他人の世界に勝手に上がり込んで傍若無人な振る舞いを繰り返す。それはお前が転生できるからだ。そこでそんなお前にも消滅の恐怖を感じながら暮らしてもらう。他のArhatsはナインライブズ発現のためにせいぜい暴れてくれるのであれば、お前の行いには目をつぶってもいいと言っておった)
「わかりました。ご忠告ありがとうございます。では五日後の夜に決行という手筈でよろしくお願い致します」

 
 次の日、そしてその次の日も都では賑やかな祝祭が続いた。約束の五日後の夜、ノカーノも空海も外出しないままで夜を迎えた。
「ノカーノ、いよいよ今夜だな」
「ああ、でも本当に来るだろうか」

 夜は更け、大路の喧騒は遠くで聞こえた。
「空海、何か音がしなかったか?」
「ん……言われてみれば。外に誰かいるようだ」
「このまま待とう」
 やがて外の人の気配は確実に宿坊の扉を叩く音へと変わった。
「来たな」
「うむ」
 ノカーノは立ち上がり、宿坊の扉を開けた。

 
 扉の前に白い服を着た女性が立っていた。ノカーノが振り返ると空海は黙って頷いた。
「ローチェですか?」
 ゆっくりと尋ねると女性はノカーノを見つめた。肌の色は抜けるように白く、大きな瞳には恐怖の影が宿っていた。
「……」
「怖がらなくていい。私たちはあなたの味方です。私はノカーノ、こちらは空海です」
「……ノカーノ」

 ノカーノという名前を聞いた瞬間、ローチェの凍り付いたような表情に変化が現れた。艶然、というより艶美な微笑みを口元に浮かべ、ノカーノに物欲しげな視線を送り始めた。そして見せつけるように科を作りながら、着ていた白っぽい着物に手をかけた。唖然とするノカーノの前で着物がすとんと床に落ち、ローチェはノカーノの首に手を回した
「……空海、これは一体」
 絡み付くローチェのしなやかな手を振り払いながら、ノカーノは助けを求めた。
「これではまるで淫婦ではないか」
「正気を失っているな」
「なるほど」
 ノカーノはローチェの両手を押さえておとなしくさせた。
「空海、君はここで彼女を見張っていてくれないか。私はこれからヤパラムの屋敷に行く」
「何をしに行くんだ?」
「彼に邪心がないのであればひとまず礼を言うが、このように正気でない女性を押し付けた理由を問い質す。もし何かを企んでいるなら……禍根は断っておかないとね」
「ローチェは私にも迫ってはこないだろうか?」
「結界を張れるだろう。結界の中でおとなしくしてるんだ。戻ったら、急いで君の国に向かおう」

 

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