目次
1 《砂礫の星》
デルギウスが《享楽の星》から連れ帰ったノカーノは興味深い人間だった。この男と接した者は誰でも幸福な気分になるようだった。
めまぐるしく人が出入りする王宮の中でノカーノは一人異彩を放っていた。
デルギウスとメドゥキが話し込んでいる所にノカーノがたまたま通りかかり、メドゥキが呼び止めた。
「よお、ノカーノ。調子はどうだい?」
「やあ、メドゥキ。最高の気分だよ」
「相変わらず何も思い出せないか?」
「どうにも。きっとここの環境が快適過ぎるんだね」
「ふふん、上手い事言うじゃねえか。ところで笛は返さなかったんだってな」
「――メドゥキ、王宮に忍び込んだ時の事を詳しく話してくれないか?」
「ああ、今も兄貴に同じ事訊かれてたんだけどな。上手い説明がつかねえんだよ。そもそも王宮にたどり着けなかったしな」
「あそこの王宮には異次元をいくつも越えないと行けない、って聞いたよ」
「やっぱりそうか。まあ、聞いてくれ――
――西だか東だかの都督庁に忍び込んで一番奥の扉を開けたんだ。するとそこが王宮だと思うだろ、ところがどこかの密林だったんだ。慌てて密林を走り抜けてようやく二つ目の扉を見つけ、これを開けると、今度はようやく広間らしき場所に出た。でも歩いてても、誰かに見られてる気がしてならねえ、気持ちが悪くってよ。どうにか扉まで辿り着いたんだが、情けねえ事に足がそれ以上前に出ねえんだ。おいらは慌てて戻ろうとしたんだけど、帰りもまたあの密林を抜けるのかと考えたら気分が悪くなっちまった――
「で、気が付いたら樹の根元で倒れてたんだ。ぼぉっとして座り込んでたら空から笛が降ってきやがった。『ああ、この笛だけがこの星での戦利品かあ』って訳よ」
「なるほど。確かに異なる次元を繋いでいるようだ。大分凝った造りだな」とデルギウスが言った。
「あの後も扉を開けていきゃ、いつかは王宮に出たんだろうが、おいらにゃできなかった」
「それは正解だったかもしれない。ただの王宮だったらそんな複雑な造りにする必要がない。何かがあると考えるのが普通だ。それに――」
ノカーノが言いかけ、デルギウスが引き継いだ。
「『夜闇の回廊』で受けたメッセージの通り、この笛はあの星にとって大きな意味を持っているんじゃないか――メドゥキ、良かったな。無事に外に出られたのは幸運だったかもしれないぞ」
「まあ、いずれにせよ、おいらは二度とあの星には行きたくねえなあ」
三人で話を続けていると城の人間がやってきた。
「王よ。訪問の方がいらっしゃっていますが」
「通してくれ」
やってきたのはリリアだった。
「デルギウス、元気だった?メドゥキも」
「やあ、リリアじゃないか。どうしたんだい?」
「新しいシップが届いたから来たんじゃないの。あら、そっちの人は?」
「ノカーノです。よろしく」
「なあ、リリア。せっかく来たんだからおいらの手伝いしてくんねえか?」
「いいわよ。何もしないと体がなまっちゃうから」
「んじゃ早速出発しようや」
「私も行くよ」とノカーノが言った。
さらにその日遅くにクシャーナが現れた。
「おお、クシャーナ」
「ある方と一緒だ――止水殿、こちらへ」
クシャーナに促されて王の間に入ってきたのは、濃紺の道着のような服を着た黒髪の中年男性だった。
「《武の星》の公孫止水と申します。以後お見知り置きを」
「これは」
デルギウスは玉座から飛び降りて止水の手を握った。
「こちらから挨拶に伺うべき所をわざわざご足労頂き、ありがとうございます」
「いやいや、デルギウス殿はお忙しい身です。クシャーナ殿から話は伺っております」
「シップの操縦の練習をしている時にアンタゴニス先生から止水殿を紹介して頂いたのだ」
「先生は?」
「……それが」
「この間、君に会ってからすぐにザンクシアスを訪ねたが、先生は次の日に眠るように息を引き取られた」
「先生、お労しや」
「デルギウス、今となっては遺言になるが先生は病の床で『公孫の協力を求めろ』とおっしゃっていた。それで止水殿をお連れした次第だ」
「そのような縁が――失礼致しました、止水殿」
「いや、貴殿の気持ちは痛いほどわかる。我ら《武の星》、そして《将の星》の附馬家は貴殿が設立しようとしている銀河連邦に協力させて頂くつもりだ」
「……銀河連邦?」
「先生が使われた言葉です。『まだ道半ばではあるが、ゆくゆくは銀河を束ねる組織、銀河連邦の礎をデルギウスは作り上げる』と」
「なるほど、銀河連邦か。その名前を使わせてもらおう。クシャーナ、ご苦労だったね。止水殿、早速、銀河連邦の具体的な体制の話を致しましょう。それからこの星の誇る最新のシップ技術、どうか見ていって下さい」
「かたじけない――新しい時代が訪れる訳ですな」
会話を続けていたデルギウスたちの下に更なる来客が告げられた。現れた曾兆明の姿に止水は声を上げた。
「失礼ながら貴殿は《念の星》の兆明ではないか?――すでにデルギウス殿と顔見知りであったとは素晴らしいな」
「これは止水殿ですな。私がお誘いするまでもなくここに来られておりましたか。さすがです」
「兆明、新しいシップの調子はどうだ。もし良ければ止水殿にシップを見せてやってくれないか」とデルギウスが言った。
「承知。では止水殿、ポートまでご足労願えますか」
デルギウスは残ったクシャーナを労った。
「クシャーナよ、先生の最期のご様子を聞かせてくれないか――」
翌日、ファンボデレンとケミラが戻った。王の間に入ったファンボデレンはその人数の多さに驚いて声を上げた。
「うわ、こりゃ盛況だな。おい、メドゥキ。何、しけた顔してんだよ」
「何だ、ファンボデレンか。こっちは毎日、《銀の星》の開拓作業でへとへとだよ――まあ、開拓のプロのリリアとクシャーナが来てくれたんで大分楽になったけどな」
「その隣のぼぉっとしてるのがクシャーナか」
「いや、こいつはノカーノだ」
「一体、何がどうなってるのかよくわからん。おい、デルギウスはいないのか?」
「兄貴は昨夜、夢のお告げがあったとかでポートに行ってるよ」
ほどなくデルギウスが一人のでっぷりと太った褐色の肌の婦人に肩を貸し、ゆっくりと歩いてきた。その後ろをディーティウスと公孫止水が付き添いながら王の間に向かった。
「やあ、ファンボデレン、ケミラ。無事戻ったね」
「おい、デルギウス。この騒ぎは……《武の星》の公孫止水までいるじゃないか。それにそのご婦人は俺の夢に出てきたぞ」
「そうだ、ファンボデレン。この方がマザーだ。私たちの進むべき道を示すためにわざわざ《巨大な星》から出向いて下さった」
デルギウスはマザーを王の玉座の位置に座らせ、自らはディーティウス、止水と並んで跪いた。メドゥキたち王の間に溢れ返っていた人間たちも訳のわからないまま同じように跪いた。
「堅苦しい真似は止めとくれよ。楽にして聞いとくれ」
「マザー、遠路はるばるお越し下さり、ありがとうございます」
「それにしても短い間でよくもこれだけ集めたねえ。あんたがアンタゴニスと一緒に来たのが昨日の事みたいだよ」
「マザーは先生のお具合の件をご存じだったのですね」
「まあ、命を懸けてる人間を止めるような野暮な真似はできないさね」
「私はあれだけ先生と一緒におりながら何も気づきませんでした」
「そこがあの男の偉い点さ。あそこには子供たちもいるから、センテニア家でちゃんと目をかけておくんだよ」
「はい」
「さてと、あんたたち」
マザーは部屋にいた全員によく通る声で言った。
「これからあんたたちには二つの事をやってもらうよ――じゃあ出発しようかね。ファンボデレン、シップの用意を頼むよ」
「マザー、一体どこへ?」
「この星の近くに《砂礫の星》ってあるだろ。そこさ」
「……《砂礫の星》、恒星が光と熱を失い、住む者もいない星。あのような場所で何をするおつもりですか?」
「あたしゃ、何もしないよ。『光の儀式』を見守るだけさ――説明したってわかりゃしないだろうから、早いとこ出かけるよ」
《砂礫の星》は《鉄の星》と《牧童の星》の中間点、銀河円盤の上部のほぼ中心部に位置する星団だった。今は光を失った恒星の周りを七つの惑星が回っていた。
「マザー、光の儀式は『銀河の叡智』に関係あるのですか?」
「そうさ。『持たざる者』にだってこのくらいの事はできるって所を見せとかないと叡智もへったくれもないからね」
「具体的には何を?」
「この星団の恒星に光と熱を復活させるんだよ。そしてこれからの銀河連邦の中心になるのさ」
「そのような事が可能でしょうか?」
「やってみるしかないだろう――時間があまりないんだよ。七つの惑星のうちの真ん中、外からも内からも四番目の星に着陸しとくれ」
シップは無人の惑星に到着し、マザーに促され、全員がぞろぞろと外に出た。
「さてと、ここ以外の六つの惑星に一人ずつ行ってもらうから、そこで精神を集中しな。あたしの計算じゃあ、もうすぐ惑星が横一線に並ぶからその時、恒星に命が吹き込まれるはずさ」
「誰がどこに向かえばいいのですか?」
「一番内側にはクシャーナ、その外がメドゥキ、次がファンボデレン、デルギウスはここにいな。この惑星の外がリリア、兆明、一番外側がノカーノ……それでいいね。さ、とっとと空を飛んでいきな。ファンボデレンやリリアは自分が飛べないと思ってるだけだから心配するんじゃないよ」
マザーに尻を叩かれ、指名された六人はそれぞれの星に向かった。ファンボデレンとリリアもぎこちないながらも空を飛んでいき、マザーは残ったデルギウスに言った。
「あんたはここで同じように精神を集中させとくんだよ。止水、ディーティウス、ケミラ、恒星に何が起こるかよく見ておきな」
六人がそれぞれの星に降り立ってから三十分くらい過ぎた頃、マザーの言葉通り、七つの惑星が一直線に並んだ。その瞬間、七つの惑星がまばゆい光の帯でつながり、光は恒星に降り注いだ。様子を見ていたディーティウスたちはそのまぶしさに目を開けていられなくなった。
どのくらいの時間が経っただろう、ディーティウスたちが再び目を開けると恒星は暖かな光を発していた。
「おお、恒星が」
「さあ、皆、帰っといで。これで『銀河の叡智』の基礎はできた。《鉄の星》に戻って連邦の事を話し合う、今度は王様たちの出番だよ」