目次
1 魔導の玉座
「おい、メドゥキ。進路はこっちでいいんだよな」
操縦席のファンボデレンが大声を出した。
「よく覚えてねえなあ」
メドゥキは上の空で返事をした。
「お前、少しおかしいぞ」
「合ってますよ。《巨大な星》を左手に見て、そこから銀河円盤の下半分を進めば《念の星》に着くはずです」
口を挟んだのはルミトリナだった。
「へえ、ルミトリナ。お前、詳しいな」
「はい。私は《魔王の星》の生まれなので」
「暗黒魔王がいたと言われる星かい?」
デルギウスが目を輝かせて訊ねた。
「……はい」
「ん……と言う事はだ、ルミトリナはメドゥキを知っていたのか?」
「ええ、お名前だけは。何しろ有名でしたから」
「おい、ルミトリナ。いい気になってあんまりぺらぺらしゃべるんじゃねえよ」
メドゥキが脅すような口調で言うとルミトリナは「すみません」と謝って小さくなった。
「気にするな。メドゥキは機嫌が悪いようだ」
「ここが明都だな」
《念の星》の上空から見た都は、複雑に入り組んだ入り江に街が散在しており、入り江の中央には自然物なのか人工物なのか定かではない円錐形の石でできた高い塔が建っていた。
「まずはポートに降りよう」
デルギウスたちはポートに降りて戸外の新鮮な空気を堪能した。大きく伸びをしたファンボデレンは空中にありえないものを発見し、大声を上げた。
あぐらをかき、両手を体の前で合わせた男性がそのままの姿勢で空中をこちらに向かってきた。その坊主頭の男性はデルギウスたちの頭上二メートルの位置で動きを止めた。
「《お鉄の星》のデルギウス殿ご一行ですな?」
「すでにご存じでしたか?」
「私は曾兆明、これから長老たちの所にご案内致します」
空を飛べないファンボデレンはデルギウスに、ルミトリナは兆明にそれぞれ捕まって、海にそそり立つ石造りの塔に向かった。
「この塔は?」
「これこそが『念塔』にございます。我が星には未来と過去、それぞれを象徴する二つの歴史的偉業があります。未来につながるものがこの念塔、はるか昔に公孫威徳の意志を継いだカクカ師が建設に着手し、ようやく完成したのです」
「威徳の名は私も知っていますよ。暗黒魔王を封印したお方でしたな」
「左様です。威徳はその後、《武の星》を興しました」
「するとこの星と《武の星》は深い関係があるのですね。今でも交流を?」
「いえ、距離がありますのでおいそれとは」
「そうでしょうね。従来のシップ技術では無理だ――ところでもう一つの過去に関する偉業とは?」
「それは」
兆明は言葉を切り、閉じていた目をうっすら開けた。
「まずは長老にお会い頂きましょうか」
「こちらでございます」
通されたのは灯りのないがらんとした道場のような場所だった。デルギウスたちは板の間を踏みしめて歩きながら中心部らしき場所まで案内された。
「デルギウス殿をお連れ致しました」
(うむ)
広い部屋の中に人の気配はないのに近くから声が聞こえたような気がした。
(うぉっほっほっ、面食らっておるな)
まるでデルギウスの心を見透かしたように今度は別の方角から声がした。
(まあ、気にするでない。わしらはこの星の長老、肉体はとうに滅び精神だけの存在に近づいておる者たちじゃ)
「《鉄の星》のデルギウスです」
(うむ、知っておる。『全能の王』じゃな)
「長老、長い間世界を見つめてらっしゃる長老でしたらご存じでしょう。私は一体どこに向かおうとしているのでしょうか?」
(お主はサフィの声を聞き、マザーの話を聞いた。この上尚、我らの話を聞こうというのか?)
「欲張りな性分なので」
(まあ良い。お主がやろうとしている事、一言で言えば『銀河の叡智』の発現だ)
「『銀河の叡智』ですか?」
(左様。それにより銀河は飛躍的に発展する――お主はもうすでに一つの叡智を成し遂げたではないか)
「……シップですか?」
(その通りだ。その技術を用いれば銀河の端から端まで苦もなく旅できる事になる。お主、《虚栄の星》からここまでどのくらいかけて参った?)
「途中の立ち寄りを除けば、実質十日くらいでしょうか。ファンボデレンという優れた操縦者がおりましたので」
(ふむ、これでわしらも《武の星》との交流が行えるというもの。『銀河の叡智』とは多くの人が幸せになる技術なのじゃ)
「ではこれからもそのように人を幸せにする別の叡智が生まれるのでしょうか?」
(まあ、あせるな。その時は近付いておるが、まだお主の旅は続く。時が満つるまで待つ事じゃ)
「わかりました――ところでこの念塔は公孫威徳の?」
(そうじゃ。威徳の思いを引き継いだカクカ、そしてその後継者たちが長年かけて築き上げたのじゃ)
「これこそが叡智ではありませんか?」
(うぉっほっほっ、嬉しい事を言ってくれるわ。だがこの塔は叡智の発現を促すものではない。むしろ叡智を見守る見張り塔じゃな)
「なるほど。同じようなものは《武の星》にも?」
(少し違う。威徳はあの星に渡ってから精霊の影響を強く受けてな)
「精霊ですか?」
(うむ、この星では精神と肉体の同化を目指しておるが、かの星ではそこに更に『五元』の考えが加わる。『五元』とは簡単に言えば、風火地水、そして金。それぞれの人間にはそのいずれかの属性が備わっていると考えた威徳は『五元楼』と呼ばれる属性を強化する道場を造ったのじゃ。これにより精神は肉体以外の様々なものにでも同化する準備ができる)
「お話を伺って、はたと思い当たりました。常に三界は意識にあったのですが、龍や精霊まで考えが及んでおりませんでした」
(無理をするでない。お主の役目は銀河を統一する事ではなく『銀河の叡智』を発現させる事と申しただろう。銀河に覇を唱えるのはこれよりはるか未来のお主の末裔たちの時代になってからじゃ。今、お主がそこまで手を広げてみろ。一生かかって何も成し遂げられんぞ)
「聖サフィの時代からすでに千年が過ぎようとしております。この上まだ千年待たないといけないのですか?」
(時代を変えるのは簡単ではない。まだナインライブズも世に現れていないのだからな)
「ナインライブズ?」
(うむ、ナインライブズが世に現れて初めて銀河の覇王も現れるのではないかと踏んでおる。それはいつになるかわからんが、そのためには今お主がやっている事が必要となるのじゃ)
「わかったような、わからないような……」
(それでよい。さて、それではもう一つの大事な話をしようかの)
「大事な話ですか?」
(うむ。はるか昔に公孫威徳は暗黒魔王を石に封じ込めた。しかし石から出る瘴気は治まらなかった。そこでカクカはその石をさらに呪文を書き連ねた霊木でできた椅子に封じ込めたのじゃ。それが『魔導の玉座』と呼ばれるもので、この星の門外不出の宝として厳重に保管されてきた)
「ほお。なるほど、それが過去の偉業ですね」
(ところが念塔の祝祭に乗じて何者かがその玉座を盗んだのじゃ)
「……盗まれた」
デルギウスは傍らをちらりと見た。メドゥキは体を硬くして声に耳を傾けていた。
(もうわかっておるじゃろう。そこにいるお主の仲間が盗み出した)
「……メドゥキ、本当か?」
「ああ、本当だぜ」
(勘違いするでないぞ。わしらは責めているのではない。並みの人間であればたちまちに魔道に落ちたであろうに、むしろあの瘴気に毒されずに正気を保っておるだけでもすごい事だと感心しておる)
「いや、運び出した時には妙な気分に襲われたけどな」
「おい、メドゥキ。その玉座は今どこにある。そんな危険な物が普通の人間の手に渡ったら大変な事になるぞ」
「わかったよ。後で《神秘の星》に寄ろうや。他の盗品も全部返すよ――じいちゃんたち、迷惑かけてすまなかったな」
(殊勝じゃな。だが盗みは盗み。それなりの償いをしてもらうぞ)
「ああ、煮るなり焼くなり好きにするがいいや」
「おい、メドゥキ、待て」とデルギウスは言った。「メドゥキは仲間。一人に責任を負わせる訳には参りません。それに玉座もすぐに返しに参ります」
「兄貴、すまねえ」
(いや、玉座はお主の《鉄の星》で保管してもらう。ここに置いていたのでは、隣の《魔王の星》に封印してある『魔王の鎧』と共鳴し合うようでかえって具合が悪い)
「わかりました。で、償いとは?」
(威徳が旅立つ時に、《武の星》と《念の星》の交流の証として武闘会を開催しようとカクカに約束したという。残念な事に互いの距離があるため実現しておらんが、お主の力により間もなく実現できるようになる。そこで、と言っては何だが、その前哨戦を行いたいのだ)
「……?」
(つまりはだ、《念の星》とお主らで四対四の武闘会をやろうと言っておるのじゃ)
「四対四……いえ、ここにいるルミトリナは戦士ではありませんので」
(ほお、ルミトリナとやら、そんな扱いでいいのか。祖先の仇を討つチャンスではないのか?)
ルミトリナはこの問いかけに顔を伏せたが、やがて蚊の泣くような声で言った。
「デルギウス様、私にもやらせて下さい」
「……お前がどうしてもと言うなら止めないが――長老の言ったのはどういう意味だ?」
(うぉっほっほっ、そんなのはどうでもいい。では早速、下の道場で会の開催といこうではないか)