3.4. Story 1 磁力の森

 Chapter 5 修行僧

1 リリア

「行く先が決まったぞ」
 《虚栄の星》のヴァニティポリスと呼ばれる大都市、その中で現在、オストドルフ王が開発を進めるフェイスの丘にある酒場にデルギウスが顔を出した。
 酒を飲むのにも飽き、酒場の奥のテーブルに所在無げに座ってマッチ棒で櫓を作っていたファンボデレンと、テーブルに突っ伏して居眠りをしていたメドゥキが顔を上げた。
「どこなんだ?」
「《森の星》だ」
「……《鉄の星》の近くじゃねえか」
「ああ、そうだな。今まで特に行く必要もなかったのであまり知識はないが」
「どんな星だ?」
「その名の通り、雪と針葉樹に覆われた寒い土地さ。大きな都市はなく、開拓地が点在するだけだと聞いている」
「ふーん、早く行こうぜ。一か所にじっとしてんのは嫌いなんだよ」
 メドゥキはファンボデレンが組み上げた櫓を指で突いて壊し、嬉しそうにポートに向かった。

 
「しかしすごい性能だな。この新型のシップは」
 ファンボデレンが操縦席で嘆息した。
「お前の推力も大したものだ。この調子なら二日後には《森の星》に着くぞ」
「嘘みてえな話だな。おいらが《魔王の星》からこっちまで来るのにどれだけの日数がかかったか」
「お前は合間で盗みをしていたからだろう」
 ファンボデレンが茶化すとメドゥキは「へへっ」と笑って誤魔化した。
「それにしてもメドゥキ」とデルギウスが口を開いた。「お前はどこの星の生まれだ?」
「……おいらの生まれたのは《獣の星》だよ」
「聞いた事がないな」
「偉人を輩出するような名のある星でもないしな」
「盗んだ戦利品はそこに保管しているのか?」
「いやあ、それは――」
「だめだ。元の所有者に返すから言うんだ」
「ちぇっ、わかったよ。これも知らねえだろうけど《神秘の星》だよ」
「《巨大な星》の近くの小さな星か?」
「ああ、碌に人も住んでねえから物を隠すにゃうってつけさ」
「どこかで時間を見つけてお宝を拝見させてもらおうか」
「兄貴は厳しいなあ」
「おい、メドゥキ」とファンボデレンが言った。「いつからお前は王族になったんだ。デルギウスも盗人の弟がいるなんて迷惑するぞ」
「馬鹿野郎、何も血を分けた弟なんて言ってねえよ。心の兄弟ってやつよ。お前だって兄貴の弟分だろ」
「ん、まあな。だがデルギウスに出会ったのは俺の方が先だ。俺が一番の弟分だな」
「そうじゃねえよ。《歌の星》のクシャーナって奴が一番だろ。おいらとお前は同時だ」
「どっちでもいい。クシャーナもお前たちも大事な仲間だ。それに王族かどうかなんて大した問題ではない。何かを成し遂げる上で重要なのは情熱だ」
「ふーん、『全能の王』が何をやろうとしてんのかよくわかんねえけど、やっぱり大した人なんだなあ」
「メドゥキ、実は私にもまだはっきりとわかっていないんだ。だがクシャーナ、ファンボデレン、そしてお前と仲間ができた。きっと《森の星》でも誰かが待っているはずだ」

 
 しばらく話が途切れた後に再びデルギウスの声が響いた。
「このあたりの左手に見える星団に《武の星》があるな」
 問いに操縦席のファンボデレンが答えた。
「実は俺は《武の星》に仕官しようと思ってた。何しろ《将の星》と併せれば銀河一の船団だからな。ところがあの星では『五元』の教えとやらで特別な修行を終えた者でないと採用してくれない」
「そうだったのか。いずれは協力を求めるつもりだが――ファンボデレン、その時になって後悔させてやればいいじゃないか」
「ははは、そうさせてもらおう」

 
 二日後にシップは《森の星》の近くまで進んだ。
「どうやらポートがある星でもない。どこか集落の近くに着陸しよう」
「しかし見渡す限り雪に覆われた森が続いていやがんな。気が重くなるぜ」
 ようやく見つけた集落の近くにシップは降り立った。
「さあ、集落を訪ねよう。全てはそれからだ」
「兄貴、毎回こんな行き当たりばったりなのか」
「そうさ。お告げは詳しい中身までは教えてくれないからね」

 デルギウスたちは一軒の炭焼き小屋を見つけた。
「失礼ですが、こちらの集落の長はどちらにいらっしゃいますか?」
 炭焼き小屋で作業をしていた老人はじろりとデルギウスを睨んだ。
「人に物を尋ねる時はまず名乗るのが礼儀じゃろ」
「これは失礼致しました。私は《鉄の星》の王、デルギウスと申します」
「……嘘をつくならもう少しうまい嘘をつくんじゃな。『全能の王』がこんな場所を訪れるはずがないじゃろ」
「それが本物なのです。正真正銘のデルギウス・センテニアです」
「強情な奴じゃな。で、用件は何だったかな?」
「この集落の長に――」
「そんなもんはとうにおらんわ。話をしたいんならこの森の奥に砦があるじゃて、そこにでも行くんだな」
「森の奥の砦ですか?」
「おお、そこに住んどる――」

「あたしは認めてないわよ」
 突然に炭焼き小屋の扉を開けて人が入ってきた。短めの金髪に青い目の少女だった。
「……リリア」
「折角、《鉄の星》の王が来てるのにあんな奴に会わせたら、あいつがこの星の代表になっちゃうじゃない。あたしはそんなの認めない」
「リリア、そう言うがミカはもうこの世にいなんじゃ。誰もボグザルには逆らえんじゃろ」
「そんなの許すくらいなら――あたしがこの集落の、この星の代表になるわよ。ねっ、《鉄の星》の王様、いいわよね」

「リリアと言ったか」
 デルギウスは静かに言った。
「色々と事情がありそうだが良かったら話してくれないか」
「話すほどのものじゃないわよ。あたしの父さんのミカはこの森の奥でふんぞり返っているボグザルに殺された。だからあたしは父さんの仇を討つ。それだけ」
「君の父さんは何故、そのボグザルという男に殺されたんだい?」
「父さんとボグザルは元々一緒にこの星に来た開拓者で親友だった。でもある日、森の奥で不思議な石を見つけて以来、二人の関係がおかしくなったの」
「不思議な石?」
「ええ、この奥の森が『磁力の森』と呼ばれる原因となっている金色の石――ボグザルはそれを独り占めするために父さんを殺したの」
「君の父さんはその石をどうしたかったのだろう」
「その石は強力なエネルギーを発していて周辺の磁場を変えてしまうんですって。父さんはそれを使ってこの星の人々の生活をもっと豊かにしようと考えたんだけど、ボグザルはそうではなかったの。この星の支配者になる道を選んだわ。そして気に入らない人をどんどん殺しているの」

「けっ、スケールの小さな話だな」
 メドゥキの言葉にファンボデレンが頷いた。
「それなら森に攻め込んでそいつを締め上げてやればいい」
「言ったでしょ。この森は磁力の森。慣れてない人間だと方向感覚はおかしくなるし、何よりも弓矢や刀、金属製の武器が使えないの。そう簡単じゃないわ」
「あれ、そうすっと兄貴には不利だね。兄貴は自動的に鉄の鎧が出来上がっちまうんだろ?」

「ああ」
 デルギウスは苦笑いをした。
「お前たちに頑張ってもらわないとな」
「ちょっと待ちなさいよ、あんたたち、ふざけてるの」
 リリアが頬を膨らませた。
「ボグザルを仕留めるのはあたしよ。父さんの仇を討つために努力してるんだから」
「しかし君は体術では分が悪いのでは?」
 ファンボデレンの問いかけにリリアは首を横に振った。
「拳じゃないわよ。あたしはこれ」
 リリアはそう言って背中に背負った矢筒を見せた。
「矢尻は木を鋭く削っているの」

「――リリア。こういうのはどうだ。君の敵討ちの手伝いをさせてくれないか?」
「あたしの手伝い……んー、それならいいか。足だけは引っ張らないでよ」
「どうせ手下がたくさんいる。そいつらは私たちに任せてくれ」
「夢のお告げの通りだったわ」
「君はサフィの夢を見たのか?」
「ええ」
「何だよ、そりゃ。おいらたちはそんな夢見てないぜ。なあ、ファンボデレン」
 メドゥキが叫び、隣のファンボデレンも頷いた。
「お前は大方酔っぱらって見た夢も忘れているんだろ」
「ひでえな、兄貴は」

 

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