目次
1 オストドルフ
《牧童の星》でアンタゴニスやクシャーナと別れたデルギウスは一人でシップを操縦した。まる五日ほどかけて進むと《虚栄の星》の星団が見えた。
デルギウスは安堵のため息をつき、主星をじっくりと見た。眼下には計画的に造られた都市が広がっていた。六つの丘のそれぞれの頂点の中心に建物がきれいに円形に並び、中心部は今も開発が行われていて、一際大きな円となっていた。
デルギウスは中心部に近い所のポートを探し、シップを着陸させ、町に入った。久しぶりの大都会だった。
町中で巡回中の衛兵らしき人間を見つけ、王に挨拶をしたい旨を告げると、衛兵は快く王宮までの同行を承諾した。
王がいるのは六つの丘の中心部にある古い城だった。デルギウスは自分の身分と訪問の目的を告げ玉座の間に通された。玉座に坐するのは品の良い中年の男性で両脇には大臣たちがずらりと並んでいた。
「デルギウス王。遠い所からよくお越しになられた。私はオストドルフ、ドミナフから数えて七代目、ゴシック期最初の王となった者です」
「銀河有数の発展した星を訪問できて嬉しく思っております」
「しかし《鉄の星》は《巨大な星》の近くにあると聞いております。ここに来るのにどのくらいかかりましたか?」
「最新のシップを開発しましたのでプロード、いや、失礼……約十昼夜と言った所でしょうか」
「何とそれは。この星にもそういったシップがあればもっと交流が進むのですが――」
「戻りましたら早速シップの実物と技術者をこちらに派遣致しましょう」
「感謝します。それで本日の訪問の目的は――まさか本当に挨拶だけではありますまい」
「言っても信じて頂けるかわかりませんが聖サフィのお告げに従ったのです」
「何とそれは――よもやあの件ではないだろうな」
「心当たりがございますか。最初のお告げ、《歌の星》では圧政を強いる貴族を打ち倒す役割を任されました。この星でも大きな出来事があるのですか?」
「んん――どうやら私の思い違いであったようですな。これは失礼を致しました」
「そうですか」
「ささ、まずはゆっくりと休まれよ。今宵は粗餐ですがこの星の名物を堪能して下され」
粗餐とは呼べぬ豪華な食事を供され、デルギウスがあてがわれた寝室に戻って寛いでいると、ドアがノックされた。
「……これはオストドルフ王」
「夜分に失礼致します。何分にも人が多い場所では話しにくいので」
「やはり何かあるのですね」
「はい。実はこの六つの丘の周辺にはいくつかの村が散在しています。そのうちのここから西にある『嘘つきの村』と呼ばれる地にツヴォナッツという者が住んでおります。この者はノコベリリスの末裔、ノコベリリスは開祖ドミナフに金銭的援助を行った人物。この方なくしてこの星の現在の繁栄はなかったでしょう」
「なるほど。それで?」
「この立派な都市は壮大な計画に沿って造られています。ですがその都市計画を策定したのはドミナフではありません。もう一人の開祖とも呼ぶべき人物――」
「ルンビア様の事を言われているのですか?」
オストドルフは黙って頷いた。
「いつの頃からか。私が生まれる前、いえ、きっとドミナフが存命の頃からそうだったのでしょう、そのお方の名前を出す事がはばかられるようになっているのです。何故だかおわかりになりますか?」
「ルンビア様の外見が私たちと違うからでしょうか」
「お恥ずかしい限りです。この星の発展が姿かたちの異なる者によってもたらされたと考えたくはない人間がいるのです」
「私はつい最近、ルンビア様にお会いしました。多くを語られませんでしたが様々な迫害に遭われたようですね」
「そうでしたか。まだご存命でしたか。きっと私たちを恨んでいらっしゃるでしょうね」
「いえ、決してそんな事はないと思います。あの方にとってはご自分の計画された都市が着実に発展しているのが何よりの喜びではないでしょうか?」
「……話をツヴォナッツに戻します。ツヴォナッツの屋敷にはノコベリリスの代から伝わる家宝、『慈母像』があります。この像はノコベリリスが資金援助をする代わりに……ルンビア様が差し出した宝物です。」
「ルンビア様はこの星のためにそこまでされていたのですか」
「それだけではありません。この像はルンビア様の母上、一度も一緒に暮らす事の叶わなかったナラシャナ様の形見。さすがにノコベリリスも『こんなに貴重な物は受け取れない』と固辞したそうですが」
「……」
「それなのに私たちの祖先はルンビア様に冷酷な仕打ちをしました――だがこれだけは信じて下さい。ドミナフから私に連なる王たちは常にルンビア様を敬い、計画通りの都市を造るのがせめてもの罪滅ぼしだと考えているのです」
「ルンビア様もきっとおわかりになってらっしゃると思いますよ。戻ったならあの方に都市の発展の件をお伝えしておきますよ」
「ありがとうございます」
「ところで、その『慈母像』がどうかしましたか?」
「盗難予告がありました。差出人はメドゥキという男、《魔王の星》や《念の星》を荒らし回った有名な盗賊らしいです。傭兵の中で一番の腕利きのファンボデレンという男を警護に就かせているのですが、明日がその期限の日。心配でならないのです」
「なるほど。私はその盗賊と用心棒の争いに引き寄せられたのではないかという訳ですね」
「王であるデルギウス様に大変失礼だと思いましたが、奴隷を指揮して貴族を打ち倒した武勇伝を伺ってそう考えてしまったのです」
「ははは、構いませんよ」
「明朝ツヴォナッツの屋敷に案内させます。ではこれで」
翌朝、デルギウスはツヴォナッツの屋敷に向かった。案内の者と別れ、屋敷の玄関に立った時、一人の男が声をかけた。
「屋敷に何か用か?」
デルギウスが振り向くとそこには背の高い肉厚の若者が立っていた。金色の短髪を逆立てていて眼光は鋭く、体格はデルギウスよりも一回り以上大きかった。
「ツヴォナッツ殿に会いにきたのだが」
「事前の約束は?」
「ない」
「だめだ――もっとも、今日は約束があったとしても立ち去ってもらうつもりだった」
「どうしてもお会いしたいのだがな」
男はにやりと不敵に笑った。
「ならば俺に勝ってからにしろ。嫌とは言わせんぞ」