3.2. Story 2 人攫い

 Chapter 3 盗賊と用心棒

1 専横貴族

「ヤバパーズ、貴殿もこっちに来て楽しめば良かろう」
「いや、私は結構」
 ヤバパーズと呼ばれた男は窓際に立ったままで返事をした。
「どうやら下で動きは起こっておりません」
「そんなに心配するでない。この間の一件に懲りて虫けらどもも当分はこの険しい岸壁を登る気力はないはずだ。『万物の宮殿』は難攻不落さ」

 
 万物の宮殿はヨーウンデの切り立った岩山の上に建っていた。全ての侵入者を拒む建物の内部は金銀財宝を散りばめた贅を尽くした造りとなっていた。
 そこに暮らすのは《歌の星》の支配階級である一握りの貴族、そして人間として扱われない奴隷たちだった。星の住民の多くは他所の星から売られてきて、岩山の下の荒れ地で貧困に喘いでいた。
 「この間の一件」とは、奴隷の一団が圧政に耐えかね、暴動を起こして、岩山を越えてきた事件だった。反乱の火の手は宮殿の門まで近付き、怠惰に慣れ切った貴族たちは対抗する術なく、まさに蹴散らされようとしていた。
 その時立ち上がったのが、数か月前から食客となっていたヤバパーズだった。ヤバパーズは一人で反乱に立ち向かい、リーダーの首を一気に刎ね、剣から噴き出す炎で焼き払った。これに恐れをなした反乱の群れは統率を失って散り散りに逃げ去り、万物の宮殿は安泰を取り戻した。
 ヤバパーズはその時の戦功を買われ名誉貴族となり、宮殿の広間への自由な出入りを許されるようになったのだった。

 
「ヤバパーズ、貴殿は心配性だのお」
 小柄で狡猾そうな目をした禿げ頭の男が広い部屋の中央の一段高くなった場所に敷いた絨毯の上で宝石を散りばめた酒器から酒を飲みながら声を上げた。この星のナンバー1のモクンバという男だった。
「虫けらどもはもはや逆らう気など失せているはずだ」
「左様、左様」
 部屋の左隅で女たちに囲まれている醜く太った色白の男が続けた。ナンバー2のロシュトンだった。
「わしらを専横貴族と言う者もいるがわしらがいなければこの星は立ち行かない。愚か者がそれもわからんで反乱などとたわけた事を。ま、奴らも懲りただろう」

 ヤバパーズは二人の言葉を聞きながら心の中で「くずどもめ」と思った。自分がいなければあの時、命を取られていたはずなのに、ここにいる三十人近くの腰抜けどもは早くもそれを忘れて饗宴に明け暮れている。
 こんなゴミのような奴らを守る必要などなかった。自分はここにあると言われる『石』に興味があっただけだ。《享楽の星》にいた時にドノスが使っていた石には見向きもしなかったが、ここの” Sands of Time ”という名の紫の石の噂には好奇心を掻き立てられた。

 時間を戻せる――万が一最終決戦に敗れるような事があってもその石で時間を戻して次の決戦で勝てばいい。計画はより完璧なものになるはずだった。
 早い所、石を奪い取ってここから出ていかなくては自分も腐り切ってしまう。それが嫌で今も距離を置いて窓際にいるのだった。

 他にもいまいましい発見があった。『焔の剣』を抜きながらリーダーを襲った時に、万全を期して『神速足枷』を使おうと思ったが発動しなかった。
 焔の剣と神速足枷の相性が悪いと言ってしまえばそれまでだが、剣の元々の持ち主、サフィの意志が働いているようで良い気はしなかった。

 
「おい、ヤバパーズ――おお、ノームバックが来たようだ」
 ヤバパーズはノームバックという言葉に反応した。この人攫いだけは使えるようだった。

 ノームバックは剣を佩いたまま広間にずかずかと上がり込んで、一座をじろっと眺め回した。途中でヤバパーズと目が合い、意味ありげな黙礼をしてからモクンバに近付いた。
「おお、ノームバック。いつもよりも早いではないか」
「反乱があったと聞いてな。人手が足りんだろうと思い五十人ほど仕入れた。外のシップに置いてあるから代金を頂戴しようか――」
「おい、ノームバック」
 ロシュトンがガウンをはだけただらしない姿で立ち上がった。
「いい女はいるか?」
「知らん。単なる人手だと言っただろう。気になるなら自分で見に行ってこい」
「お前がよく話に出す玉環のような上玉を連れてきてはくれんかのぉ」
「ふふん。あの女を手に入れたければ星の一つも用意してもらわんとな」
「仕方ない。では女を検分に行くとするか」

 ロシュトンがのろのろと部屋を出ていくのを見送り、モクンバが用意した金を手に入れると、ノームバックはヤバパーズに近付き、囁いた。
「ヤバパーズ。まだ見つからぬか?」
「うむ。モクンバがどこかに隠し持っているのだろうが」
「殺して奪い取れば良いではないか」
「お前と違って血を見るのが好きではないのでな――それにこいつらの天下はそう長くは続かない」
「もっともだ――そう言えば《青の星》で妙な二人連れに会ったぞ」
「妙な二人連れだと?」
「ああ、多分他所の星から来たのだろうがこの辺りの人間ではなかったな。お前がいた《享楽の星》とやらの出身かもしれん」
「馬鹿な……驚くほど時間がかかるぞ。そんな物好きがいるとは思えん」
「まあ、気になったので言ってみたまでだ」
「それよりもあちらの方は?」
「もう屋敷の目星はつけてある。しかし何故《青の星》になぞ執着する。下等な星だぞ」
「私にもよくわからんな」

 

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