3.2. Story 1 大帝国

 Story 2 人攫い

1 世界の都

 旅立ちの日が迫り、デルギウスはすでに引退して久しい両親に挨拶をした。
「父上、母上、では行ってまいります。留守の間の政はディーティウスに任せてありますのでご安心を」
「うむ。領民たちもいつかこの日が来ると予期していたと見え、お前の旅立ちを祝うために沿道に出ている。挨拶をしていくのだぞ」

 デルギウスが王宮から一歩外に出ると花火と盛大な歓声が上がった。万歳の声に包まれて広場から大門に向かってゆっくりと手を振りながら歩いた。
「大門よ。私がそなたを開けてからもう何年になるか。とうとうこの日が――立ち上がる時が来た」
 デルギウスは大門の太い鉄の柱をまるで友人のようにぴたぴたと叩いた。
「兄上、ケミラにも会っていきましょう」
 見送りのディーティウスに声をかけられてデルギウスは頷いた。
「そうだな」
 大門を出ると更に多くの人が紙吹雪や花を投げて祝った。ケミラの工房まで行くには相当な時間がかかりそうだった。

 
 工房では相変わらずケミラが眉間に皺を寄せていた。
「どうした、ケミラ。まだ悩みがあるのか?」
「いやな、これまでにない大型シップを作りたいんだが考えがまとまらん」
「戻ったら相談に乗ろう。色々な星での見聞が参考になるやもしれない」
「ありがたい――おお、すっかり忘れていた。デルギウス様は出発なされるのだな」

 
「全て順調だ」
 ケミラと別れ、大門から市街地に入ってデルギウスがディーティウスに言った。
「『不帰の吊橋』の調査はどうなった?」
「兄上がお戻りになったらお教えします。それ以外にも色々あるんです」
「例えば?」
「《銀の星》への移住」
「……それは難しいぞ。あそこに地熱はあるのか?」
「ふふふ。ですからその調査に暗黒物質を使うんです」
「驚いたなあ。お前は本当に異次元の支配者だな」
「いい呼び名ですね」
 ディーティウスはにこりと笑ってから真面目な顔になった。
「兄上、ではここでお別れです。どうかご無事でお戻り下さい。先生、兄をよろしくお願い致します」

 
「さあ、着陸の用意だ」
 回想に浸っていたデルギウスはアンタゴニスの言葉で我に返った。
「はい――先生、何故この星ですか?」
「夢のお告げだ。まずは《青の星》に向かえと言われた」
「陸地が見えました。どの辺に着陸しましょう?」
「そうだな。どうやらポートはなさそうだ。あそこに見える大きな大陸の最も発展してそうな町、あの近くにしようか」

 アンタゴニスが選んだ場所はかなり内陸部だったので近くの山中にシップを着陸させた。険しい山を降りると大きな町に出た。
「賑やかな都会ですね。けれども言葉が通じるかどうか」
「彼らの顔を見る限り、私の生まれた《牧童の星》の近くの《武の星》の人間に似ているので言葉は通じそうだが」

 アンタゴニスは都の往来で何人かに話しかけたが、誰も言葉を理解できず逃げるように去っていった。
「やはりだめか」
「先生、あそこに違う目の色をした方がいますよ」
「よく見れば様々な人がいるな。誰かは言葉が通じるだろう」
 デルギウスたちはようやく十数人目でかろうじて話の大筋を理解できる人間に出会った。
「ここは長安という町らしいですね」
「うむ、この町の王に会えるか聞いてみよう」
 アンタゴニスが尋ね、男は大路のはるか先の一際大きな建物を指差した。二人が礼を言って立ち去ろうとすると男が再び呼び止めた。城内にはちゃんとした通訳がいるらしかった。

 
 大路には様々な服装の人々がひしめき合っていた。デルギウスたちの顔立ちも服装も、素材が違う事を除けば、それほど奇異には映らなかった。
 デルギウスたちが王城の門に着いて護衛の兵士たちに用件を告げようとすると、兵士たちはぎょっとした表情になり、一人が奥に走っていった。
 十分くらい待たされ、兵士と一緒に背の高い赤毛の男が現れた。男はデルギウスたちの顔を見て、色々な言葉を試し、四つ目でデルギウスたちが理解できる言葉に行き当たった。

「あなたたちは?」
「私は《鉄の星》の王デルギウス。隣はアンタゴニスです」
「ご用の向きは?」
「是非、王にご挨拶をと思いまして」
「……わかりました。私と一緒に参りましょう」

 門を抜けて大宮に至る道を歩きながらデルギウスたちは話をした。
「ところであなたの名は?」
「パレイオンと申します」
「ずいぶん色々な言葉を使えるようですが」
「私はこの国の生まれではありません。西にあるビザンツの人間です」
「私たちの言葉はあなた方の言葉に似ておりますか?」
「所々、違う点はありますが……ラテン語と呼ばれる言語によく似ております」
「ほぉ、星は違えど言葉は似ている、人間が口という器官を使う限りはそうなるのでしょうな」
「……先ほど《鉄の星》とおっしゃいましたが、あなたたちもやはり……いえ、何でもありません。その話はまた後にいたしましょう」

 
 謁見の間には帝が玉座に腰掛けていた。すでに六十歳を越えているだろうか、どこか落ち着かない様子に見えた。
 パレイオンが何事かを告げると帝はぎょっとした表情になり、言葉を返した。
「遠い所をようこそとの事です」
 パレイオンが跪くデルギウスたちに訳してくれた。
 帝がまた何かを言い、パレイオンの表情が強張った。
「ここに来た目的を訊ねています」
「私たちははるか遠くの《鉄の星》より参りました。まずは親善のご挨拶にここに伺いました。本来であれば正式な使節を立てるべき所ですが、何分にも旅の途中にてこのような無礼をお許し下さい」
 返答を聞いたパレイオンがほっとした表情に変わり、帝に告げ、その表情もにこやかになった。
「堅苦しい儀礼は気にしないでよい。時間の許す限り、この国を見て欲しい。私は忙しく相手をする時間が取れないが、后の玉環に遠くの星の話をしてやってはくれまいかと申しております」
「はい。喜んで」

 
 ようやく雰囲気が和らいだ所に突然宮中の者が駆け込んできて、帝に何事かを告げた。
 デルギウスは急いでパレイオンに何が起こったのかを尋ねた。
「……あの男は『ノームバック卿が来た』と告げたのです」
「ノームバック卿?」

 
 帝は再び落ち着かない表情に変わり、しばらくして玉座の間に一人の体格の良い男がずかずかと乱入した。
 その男はデルギウスたちにもはっきりと理解できる言葉でこう告げた。
「予定より早いが構わんだろう。いつも通りの手筈でいいな」
 言葉が通じる相手が登場したのでデルギウスが思わず話しかけそうになると、隣のアンタゴニスが袖を引っ張り、これを止めた。
 ノームバックは先客がいた事に気付き、跪くデルギウスたちをまじまじと見つめた。左目に黒い眼帯をかけて、毛皮の服と靴を身に付け、宮中だというのに剣を佩いていた。

 ノームバックはデルギウスたちを見て何かを感じ取ったらしく傍らのパレイオンに尋ねた。
「パレイオン、この客人たちは?」
「……アヴァールからやって来た方たちです。言葉は通じませんからご安心して話をお続け下さい」
「ふん、お前のように知恵が回る男の言葉を額面通りに受け取る気にはなれんな。おい、帝に外で話そうと伝えてくれ」
「いえ、謁見はもう済みましたのでこの方たちは出ていかれます」
「そうか」と言ってノームバックは意味ありげに口元を歪めた。「こいつらの国も……いや、止めておこう。ではパレイオン、この後の通訳を頼むぞ」

 
 無礼な闖入者のせいでデルギウスたちは外に出された。
「あのノームバックという男――」
「うむ、この星の者ではなさそうだ。何をしに来たのだろうな。後でパレイオンに聞いてみよう」

 三十分後、ノームバックが外に出てきた。通りすがりにもう一度、待機していたデルギウスたちの顔をじっと見つめてから去った。
 その後しばらくしてパレイオンが合流し、非礼を詫びた。
「どうもすみません。帝もご気分が優れないようで本日の謁見は終わりです」
「パレイオン殿。あのノームバックという男は――」
「ここで話は止めましょう――あなたたち、一緒に食事はどうですか。回教街に美味しい店があります」

 
 大きな町のはずれに回教街があった。建物もそこにいる人々も雰囲気が違っていた。パレイオンは一軒の店に入って二階に案内した。デルギウスたちは何かを蒸している白い煙がもうもうと立ち込める中、ぎしぎし音を立てる階段を登った。
 パレイオンは店の人間に手慣れた手付きで指を三本出して見せ、ほどなく熱々の大きな蒸籠が六つ運ばれた。

「さあ、豚と羊、一人二つずつです――本当は宮中での晩餐の所をこんな場所で包子なんて。でも美味しいですよ。熱いから火傷しないように」
「いや、こういう食事の方が肩に力が入らないで良いものです」
「私がごちそうします。安いですから気にしないで下さい」
「あつっ」
「言ったでしょう。熱いと」
「……ああ、熱かった。ところでパレイオン殿。話の続きですが」

 
 パレイオンは二階の客たちを見回してから口を開いた。
「あななたち、ノームバックをどう思いましたか?」
「まともな人間には見えませんでした。山賊か盗賊か」
「近いです。あいつは人攫いです」
「人攫い……人身売買ですか」
「ええ、この星の人を攫って他の星に売り飛ばしているのです」
「待って下さい。帝はそんな男と何故、お会いになるのですか?」
「帝はそれを容認、いえ、むしろノームバックに協力的なのです」
「それで金を得ているのですか?」
「いえ、金ではありません。帝は常に多くの敵と陰謀に直面しています。ノームバックは人を用意してもらう見返りにそういった敵を排除する――そうやってこの国の繁栄は保たれているのです」
「明らかに間違っていますね――でもパレイオン殿は何故、私たちにその話を?」
「一目見た時にわかりました。あなたたちはこの星を救って下さる。主がお遣わしになった救世主なのだと」
「それはまたすごい期待ですな。ところでノームバックはどこの星の出身ですか?」
「《古城の星》と言っておりました」
「……聞いた事がありませんな。攫われた人々はその星に連れて行かれるのですか?」
「いいえ、そうではありません。《歌の星》を支配する一握りの貴族たちに売られるそうです」
「何ですと!」
「先生、どうかされましたか?」
「――聖サフィが指し示した私たちの次の目的地、それがまさに《歌の星》なのだ」
「であれば売り手と買い手、一気に叩き潰しましょう」
「うむ、攫われた人々も解放しないといかん」
「おお、やって下さいますか。私の知り合いにも攫われたと思しき人間がいます。どうか彼らをお助け下さい」
「早速、明日出発しましょう。ところでパレイオン殿、あなたはただの通訳ではありませんね?」
「私は元々ビザンツの教会の人間です。この国に教えを広めるためにやってきました」
「なるほど。この星にも聖サフィのような方がいらっしゃるのですね」

 

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