3.1. Story 1 王の誕生

 Story 2 若き王の旅立ち

1 《鉄の星》の歴史

 初代の王はドグロッシという人物である。
 ドグロッシについては、他所の星からやって来たか、《鉄の星》で生まれ育ったか、正確な資料は残っていないが、今の王都、プラの近くで猟師をしていたという事である。
 《鉄の星》と傍らで寄り添うように繋がる双子星の《銀の星》には恒星が存在しない。それでも生命が存在する理由は、星の中心部、地下の奥深くに強大なエネルギー体があり、そこから発せられる熱で地表は快適な温度となり、地上に漏れ出す光でいつでも曇った日の昼間のような明るさが保たれているからだった。
 ドグロッシはそんな温泉の湯元のように温暖な星で狩猟をして生計を立てていた。獲物は鳥や小動物が多かった。

 
 ある年、伝染病が流行し、人だけでなく動物もばたばたと倒れる事態に陥った。
 ドグロッシは仕方なくプラから大分離れた所にあるポロンベラ山という山に分け入った。そこであれば獲物がいるはずだったが、それは同時に人を食い殺す獰猛な獣に遭遇する可能性も高い事を意味していた。
 案の定、光のない山中でドグロッシはマッサクルと言う猛獣に出くわした。マッサクルは唸り声と共に襲いかかった。持っていた弓に矢を番える暇もなく押し倒され、マッサクルの鋭い牙がドグロッシの肩に食い込む――と思われた次の瞬間、叫び声を上げて退いたのはマッサクルだった。
 ドグロッシは立ち上がって状況を把握した。いつの間にか自分の体は鉄の鎧兜で覆われていたのだった。
 これに力を得たドグロッシは逆にマッサクルに襲いかかり、苦闘の末、とうとう鉄の小手の付いた拳で殴り殺した。
「これは一体どうした事だ。自然に体が鎧で覆われるとは」

 自分の体の倍以上はあるマッサクルを背負って山を降りると、ドグロッシは一躍英雄となった。
 その後も幾度となくマッサクルや更に凶暴と言われるソーベアーを仕留めて山から引き摺ってきた事により、ドグロッシは集落の指導者になるよう懇願された。
 ドグロッシは集落を正式にプラと命名し、町の中に市を開き、ポロンベラ山での鉱山開発を開始した。

 
 その頃、ポロンベラ山の所有を巡っては山の反対側にあるザートナという集落と激しく対立していた。
 ザートナの指導者は漆黒の鎧兜に身を包んだトバという男だった。トバもまたマッサクルを素手で絞め殺すほどの勇者だった。単純に強さだけで言えばドグロッシよりもトバの方が上だったかもしれない。
 ドグロッシは思い悩んだ。プラを今以上に発展させる、いや、この星を統一するためにトバは倒さねばならない相手だった。
 考え込むドグロッシの下を一人の男が訪ねた。ザートナの住民の男だった。男によればトバが二日後、プラに夜襲をかけるという。

 ここで注意しなければいけないのはこの星に恒星がなかったという点だ。昼と夜の区切りは各地の支配者によって様々で、支配者が寝ると言えばそれが夜であり、起きて行動を開始するのが朝であった。
 従ってこの男の言った夜襲というのはプラの住民が寝ている時間帯を指していたが、ザートナでは起きている時間帯だった。
 ドグロッシは男に何故、指導者を裏切るのか尋ねた。男は冷酷なトバが星の実権を握ったのでは明るい未来は来ない、ザートナの多くの住民がドグロッシに付いていこうと考えていると答えた。
 ドグロッシは男をプラに残して一人でザートナまで行った。確かに夜襲の準備をしていた。プラに戻ると同じように夜襲の準備をさせた。
 家来たちにザートナが眠りにつく時間まで起きているように命令をし、一足早く襲撃をする作戦だった。
 襲撃の寸前、ドグロッシはトバを裏切った男に初めて名前を尋ね、ベンハミンと名乗ったその男を副官に命じた。

 
 プラの一隊がザートナを襲撃した。翌日の襲撃を控え、前祝いで大酒を飲んでいたトバの軍勢は一たまりもなかった。加えて襲撃の際に使用する予定の薪や藁が町中に大量に持ち込まれていたため、町は瞬く間に炎に包まれた。
 トバ一人だけが奮闘していた。近付いたドグロッシにトバは一騎打ちを申し出た。
 ドグロッシは申し出を受け、戦いが始まった。得物は互いの拳、ドグロッシの自動装甲――この頃になるとその名は知れ渡っていた――とトバの漆黒の鎧のどちらがより強固かの勝負だった。

 戦いは一進一退だった。
 ところが燃え盛る炎を見て怯えた一頭の馬が決闘の場に乱入した事により思わぬ結末が訪れた。馬の手綱がドグロッシのパンチでよろけたトバの足に絡まり、そのまま引き摺った。馬はトバを引き摺ったまま、真っ赤な火を噴き上げる町の中心部に飛び込んでいった。

 翌朝、プラの一隊がザートナの町の瓦礫を片付けていると焼死体となったトバが発見された。兜をはずされたその顔は無念の表情に満ちたものだったと言う。
 ドグロッシはこの好敵手を称え、ザートナの町に石碑を建て、住民を手厚く保護する約束をした。

 ともあれドグロッシは最大の敵を排除した。その後はベンハミンの助力を得て、着々とその勢力範囲を広げた。結婚をし、タランメールという後継者を授かり、ドグロッシはとうとう《鉄の星》の『開闢王』と呼ばれるようになった。

 
 その息子、タランメールは常々父には敵わないと考えていた。父は拳でマッサクルを退治したという話だったが、自分にそこまでの腕力がないのは自覚していた。
 何度か、父がその自動装甲を発動させるのを見た事があった。自分にもできるのではないかと思い真似をしてみたが無理だった。理論で言えば、大気中の鉄分を瞬間的に体に凝着させるのだが、そもそも通常の人の皮膚は鉄を凝着させるようにはできていなかった。
 タランメールは父の死後、父とは違うやり方で星を発展させようと考えた。父がベンハミンと言う懐刀を得て飛躍したように自分の補佐役を探した。幸いにして自分には父よりも明晰な頭脳があったので、できれば補佐役には豪傑がいいと考えた。
 タランメールは類稀なる経営の才を発揮した。父が開いたポロンベラの鉱山から採れる鉱石を使って他の星との交易を開始した。特に《巨大な星》との取引によって物品だけでなく技術や人材の交流も行われるようになり、《鉄の星》の文明は飛躍的に発展した。
 多忙な日々を送りながらタランメールは自分の相棒を探したが、その人物は意外な所に潜んでいた。

 ある日、馬で遠乗りに出掛けプラに戻った。馬丁に馬を預け、屋敷に戻ろうとしたその時に奇妙な光景を目にした。
 一人の小柄な馬丁が馬小屋にずらっと並んだ馬たちに秣を与えていた。男は手に持った熊手で器用に秣を拾い上げ、馬の方を見もせずに馬小屋に投げて寄越した。投げられた秣は馬たちの正面に正確に落ち、馬は何事もなかったかのように食事を続ける。次の馬にも同じ動作、そのまた次の馬にも同じ動作、どれも馬を見ずに正確な距離で、しかも同じ量の秣が馬小屋に放り込まれた。
 タランメールはその場で立ち尽くした。馬丁は気配に気付いて一瞬タランメールを見たが、また作業に戻った。

 タランメールは馬丁に話しかけた。
「おい、君」
「……何でしょうか?」
「君の名前は?」
「ハッダ」
「ハッダ、この仕事を何年やっているんだい?」
「親父も馬丁だったから二十年ってとこかな」
「……私は何故こんな簡単な事に気付かなかったのだろう。常に遠くばかりを見ていた――ハッダ、どうだろう。私の補佐役として働いてはくれないか」
 ハッダは熊手を秣の山に突き刺して言った。
「王よ。どうしてこんな事になったかわかるかい。この星には自由に職業を選べる、能力のある人間を登用する仕組みがないからだ」
「むう、ハッダの言う通りだ。早速、星中から能力とやる気のある人材を広く募ろう」
 こうして《鉄の星》は自由な雰囲気の下で才能ある人間が次々と誕生する黄金期を迎えた。

 
 タランメールはその治世の終りに『プラの大門』を建造した。プラの広場の城とは反対側の入口にそびえたつ高さ三十メートル、幅十メートルの重厚な両開きの鉄の門である。通常、人々はカンガルーの子供のように大門に寄り添って付いている通称小門から出入りをした。
 この華麗な装飾の施された大門はいつ開くのか、それは門の正面に刻まれた言葉に示されていた。

 ――全能たる者のみ、この門を開くに能う

 

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