アンタゴニスは灯りのない夜道を急いでいた。
すると突然、目の前の夜空に煙ったような大きな人のシルエットが浮かび上がった。
説明のつかぬ怪異を信じないアンタゴニスは気丈にも立ち止まり、空に向かって問いかけた。
「主は誰ぞ。何のために斯様な形で我に話しかけるか?」
夜空のシルエットは肩を震わせて笑っているように見えた。
「アンタゴニス。お前はもうすぐ生まれる《鉄の星》の皇子の教育係となる」
「《鉄の星》……何を血迷いなさっておる。ここは《牧童の星》、《鉄の星》ははるか遠くであるぞ」
「左様。だがお前は《鉄の星》に行かねばならぬ。お前の知識を持ってすれば、士官など容易き事」
「ははは。大方、狐狸の類が私をたぶらかそうとして嘘八百を並び立てておる。その手には乗らぬぞ」
「証拠が欲しいか。お前が小脇に抱える『サフィ記』の中にこんな一節がある」
――サフィもワンガミラもその星に得も言われぬ郷愁を感じた。その星とは《花の星》だった。
「それは間違いだ。《青の星》が正しい。《青の星》では読んだ者がわからないだろうと考えた後世の人間が名の通っている《花の星》に変えたのだ」
「……あなたは何者だ……まさか、聖サフィ?」
「誰でもいい。納得したならば《鉄の星》に向かうのだぞ」
「待ってくれ。もう少し話を――」
人のシルエットは消え、流れ星が一つ、二つ……全部で七つ、夜空を滑っていった。
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