ジウランと美夜の日記 (5)

 Episode 3 七聖

20XX.7.26 決意

 朝、バイトから家に戻って驚いた。
 美夜はPCの置いてある座卓に突っ伏したまま眠っていた。ミーシュカは美夜に寄り添うように丸くなっていた。

 美夜たちを起こさないようにそっとPCを立ち上げ、デスクトップを覗くと、メモが残っていた。

 

 ジウランへ

 おはよう。
 昨夜はエピソード2を読み終えました。
 今日は

 

 メモはそこで途切れていた。
 ちょっと肩すかしを食ったような気分になったが、慌てて美夜を起こす気にはならなかった。二晩でエピソード2まで読み終えるなんてほとんど寝てないはずだった。
 美夜を起こさないようにそっと家を出て、二人分の朝食の買い出しに出かけた。

 海岸に出ると朝だというのに人がたくさんいた。
 世間は夏休みに突入してるんだなあ――銀色に光る海は穏やかで、定期的な波の動きにつれ、目の裏で光の帯がちらちらと明滅した。
 自分の職場のコンビニに行くのは気が引けたので、最寄りの駅近くのコンビニでサンドイッチとコーヒーを買った。レジで精算を待っていると、レジ横に刺さった何種類もの新聞が視界に入った。
 何かが神経に触れた。そう言えば明け方、バイト先で売り物の新聞を棚に差し込んだ時にも同じ感覚があった。
 新聞を買おうか、買うまいか、買うとしたらスポーツ紙か、一般紙か――「お待ちのお客様」と呼ばれたので一番近くにあった一般紙をよく見もせずにかごに入れた。

 
 ゆっくりと時間をかけて家に戻ると、美夜は目を覚まし、ミーシュカは床で伸びをしていた。
「おはよう、ジウラン。寝ちゃったみたい」
 コンビニの袋を美夜に差し出して、仕事は休みなのか尋ねた。
「そうよ」と美夜は袋を受け取って答えた。「ジウランが休みだから、あたしも有給を消化する」

 背の低い座卓に向き合って座り、サンドイッチを食べ、コーヒーを飲み、美夜はミーシュカの食事の準備をした。
「さてと、一昨夜と昨夜の話をしないとね。何であたしがあんなに読み急いだかって事も」
 美夜とぼくは時間をかけてエピソード1から2までの内容を話し合った。わからない部分を互いに知った事で補完し合いながら、どうにかシロンの最期までの歴史を理解した。
「ここには現在につながる大事な示唆が含まれているの。どうやらそれを伝える時だと思う――その前にインスタントじゃない美味しいコーヒー入れるわね」

 美夜は台所に行って、自宅から持ってきたコーヒーメーカーに水を入れて、豆をグラインダーに投入し、スイッチを入れた。豆を挽く音と焼き立ての豆のアロマが家中に充満した。
「あら、ジウラン。新聞買ったの。はい」
 美夜は台所に置いたコンビニの袋から新聞を引っ張り出して、ぼくに投げて寄越した。
 新聞を受け取ったぼくは、コーヒーができるまでの間、新聞に目を通した。
 神経が刺激されたのは気のせいだったのか、一面からぱらぱらとめくったが特に問題となるような文字は踊っていなかった。
 最後の社会面でぼくは動きを止めた。
 これだったのか――

 
 美夜がコーヒーカップを二つ持って戻った。
「お待たせ――どうしたの?」
 黙って新聞を美夜に見せた。美夜はコーヒーカップをテーブルに置いて新聞を読んだ。
「これ、立川さんって、菜花名さんの?」
 ぼくは頷いた。
「元麻布聖堂の建設に関して不正経理の疑いで逮捕……まさか」

 蒲田さんの計画を美夜に話した。
「ジウラン、あなた、その話を聞いても蒲田さんを止めなかった……ううん、あなたを責めてるんじゃなくって」
 何も答えなかった。
「……わかったわ。蒲田さんも言ったろうけど、今あなたがするべきは菜花名さんのそばにいてあげる事。きっとマスコミが大挙して押しかけるから、すぐに彼女の下に行ってあげて」
 どう答えていいかわからないでいると美夜はにこりと笑った。
「『クロニクル』はあたしが読み進めておくから、あなたは行動して。あたしが今日話したかった事も、またすぐに話す機会があると思う――いよいよ世界が大きく動き出す、何だかそんな気がしてならないの」

 
 コーヒーを啜ってから家を出て、ナカナの実家のあるMに向かった。
 Mの閑静な住宅街は予想以上の喧騒に包まれていた。カメラや長い柄のついたマイクを携えた報道陣が蟻の子一匹見逃さない体制で見張りを続け、その外側では野次馬が携帯片手に群れをなしていた。報道のアナウンサーらしき女性は化粧直しに余念がなかった。
 どうすれば中に入れるだろう、電車の中で携帯をチェックした時には、今朝ぼくが海岸を散歩していた時間に着信が一回あっただけだった。
 関係者と気付かれないように野次馬と一緒にナカナの家を遠巻きにしていると、突然に後ろから肩を叩かれた。
 びっくりして振り向くと、地味なスーツを着た男が立っていた。

「やあ、ジウラン君。驚きましたよ。あなた、一枚噛んでいるんでしょ?」
 ようやくその男が、新宿で会って、シゲさんの居場所を教えてくれた人物だと気付いた。男はにやりと笑ってぼくを野次馬の群れから少し離れた場所に引っ張っていった。
「あなたの決意のほどは見せて頂きました。ご自分の彼女の父親を売るなんて、やるもんですな」
 何か言い返そうと思ったがこの男の言う通りだと思った。ぼくがナカナの父親を逮捕させたも同じなのだ。
「あなたがそこまでして組織に立ち向かおうとしているのがわかり、上司もいたく感激しましてね。是非あなたとお会いしたいと申している。三日後、29日の夕刻7時に、以前お会いした花園神社までご足労願えませんか――今度はこちらの決意を聞いて頂きたいのです」

 ぼくの質問に答える前に男はすっと人混みの中に消えた。
 残されたぼくは野次馬の群れを見たまま立っていた。
 美夜の言う通りだった。皆、それなりの決意の下に世界は動き出そうとしている。
 当面はナカナに連絡を取る事だった。ぼくは携帯の着信履歴に残った番号に指を触れた。

 

登場人物:ジウランと美夜の日記

 

 
Name

Family Name
解説
Description
貫一葉沢内閣調査室勤務。身寄りのないシゲの世話をし、ジウランたちに協力を申し出る
もえ市邨美夜が「おばさん」と呼び慕う女性
釉斎天野『パンクス』日本支部長
ケイジワンガミラの剣士

 

 Episode 3 七聖

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