2.7. Story 2 チオニの戦い

 Chapter 8 夜叉

1 四つの都の戦い

 《享楽の星》に着いたカクカたちは合流した草からの情報に基づき手筈通りの行動に移った。

 

東の都

 東の都で五百人近くの将兵を率いて武王を捜索するヤーマスッドの前にケイジが姿を現した。
「ケイジ殿。ようやくお出ましですか?」
「ずいぶんと物々しい行列だな」
「ええ、あなたの所の王様が迷子になりましてね。皆でお探ししているのですよ」
「ふむ。もう生きてはおられまい。生きて虜囚の辱めを受けるのを良しとされるお方ではない」
「これはまた……ケイジ殿は忠義心に溢れた将軍かと思っておりましたが」
「何故だろうな――まあ、自分がいつ、どこで生まれたかもわからぬ男だ。所詮は他人事だとどこか醒めているのかもしれん」
「ほお、ケイジ殿は私と同じように他所の世界の生まれかもしれませんな。私の住む世界では、遠い世界まで渡る時に『冷凍航法』と呼ばれる技術を用いる事が多いのですが、記憶を失う事故がよく起こるそうです」
「よくしゃべる男だ。だがお前がこの世界の住人ではないと聞いて一つ思い出した」
「それは?」
 ヤーマスッドはケイジを取り囲もうとしていた将兵たちに王宮に戻るように命令を出した。

 
「かつて私はサフィという男と旅をした時期があった。サフィに初めて会った時、彼は失せ物を探していた。彼のシップに行き、感じた人でない物の気配、そしてお前が腰に佩いている剣、あの時サフィのシップに忍び込んでいたのはお前だな?」
「よく覚えておいでですな。確かにあの時、私は瀕死の状態で《巨大な星》からここまでやって参りました。『焔の剣』を奪ったのも私です」
「ただの小悪党という訳でもなかろうに、何故そのような真似を?」
「ケイジ殿。これには深い訳が。私が苦労して手に入れた、世界を統べる力を持った『凍土の怒り』という剣をあのサフィめに取り上げられたのですよ。そのささやかな意趣返しとしてこの剣を頂戴したまでです」
「お前が執念深いのはわかった。ここで私に倒されようものなら後世まで私を仇と付け回すな」
「全ては大望を実現する過程でのちょっとした暇つぶしです」

「大望……剣の力で世界の王となるか?」
「私は生来、物臭な性分なのです。それなのに凍土の怒りを手にし、この広大な銀河を自らの力で支配しようなどと考えた。柄にも無い事を企てたと反省しております」
「では今の大望は?」
「銀河を統べるというのは変わっておりませんが、己の力で銀河の星々を征服していくつもりは毛頭ございません。それよりも銀河の覇王となりうる者、最後にこれを倒せばいいのです。何しろこちらは転生を繰り返す身、適当に色々な事をしながら、その時を待っていればいいだけ」
「面白い奴だな。ヤーマスッドというのも仮の名か?」
「私の住む世界では名前など大した意味は持ちません。大切なのは本質、違いますかな?」
「本質か……悪人の言葉とも思えない」
「さあ、私の話はもういいでしょう。それよりもこうしてお話をする機会を持てたのですから、ケイジ殿の事をもっとお聞かせ願いたいですな」
「言ったろう。記憶がないと。そんな状態では生きる目的もあったものではない。お前を斬り捨てるのが当面の為すべき事だ」

 
 ケイジが刀を抜くのを見てヤーマスッドはびくりと体を震わせた。
「どうした。サフィから奪った剣を抜かんのか」
「残念ながらケイジ殿には勝てそうにない――どうしてもやらねばなりませんか?」
「『死なない』くせに命乞いか。安心しろ。転生するのに百年かかるなら、百年毎に現れてお前を斬ってやる。お前に銀河の覇王などは名乗らせん」
「ふふふ。どうやらあなたとは相性が悪いようですね」

 
 ヤーマスッドが焔の剣の柄に手を掛けた時、黒い影が二人の間に立った。
「そこまでにしておけ」
「……ジュカ、いえヘウドゥオス様」
「ほお、黒幕がやっと登場か。草はどうしても見つけられなかったらしいがこんな簡単にお目にかかれるとはな」
 ケイジは刀を鞘に納めた。

「お前が教育した男、今はあの程度だが、あと何代か後には立派な隠密となる。最もわしを発見するのは無理だが」
「お前が司空を操っていたな」
「ケイジ殿、この方はな――」

「よい」と言ってヘウドゥオスはヤーマスッドを止めた。「あのカクカという小僧が以前からドノスに目を付けていたのは慧眼だった。限られた能力の中で最大限の力を発揮する弱い生き物を見るのは嫌いではないぞ」
「……貴様、何様のつもりだ。さしずめこの宇宙を造った羅漢のような見下した物言い。気に入らぬ」
「ケイジよ。もし、わしがその羅漢であったらどうする?」
「どうせ向かうあてのない人生。一太刀浴びせてみようではないか」
「勇ましいな。だがお前の戦う相手はわしではない。それを思い出すのはずっと先だ」
「羅漢が戦う相手を示してくれるとは、私もずいぶんと評価されたものだ」
「その通りだ。お前だけを自由に動き回れるようにしたのは失敗、余計な知恵を身に付けた。やはりサフィと会ったのが誤算だったのだな――これから一旦、お前の記憶を全て消す。よいな」
「勝手な事を――」
「ケイジ。ゆっくりと後ろを振り返るがよい」
 ヘウドゥオスに向かおうとしていたケイジだったが、その言葉に思わず振り返った。次の瞬間、ケイジの姿はその場から消えた。

 
「ヘウドゥオス、いえ、ジュカ様、これは?」
「ギーギの力を借り、空間を歪めて別の場所に行ってもらった」
「ギーギ様まで」
「たまたま近くにいただけだ。深い意味はない」
「ケイジとは一体何者?」
「どこへ飛ばしたかも含めてお前には関係ない」
「わかりました。で、これからどうなさいますか?」
「潮時だ。ドノスには見切りを付けた。『上の世界』に戻る。お前もそろそろこの星を出る時期ではないかな?」
「左様ですな。ではこのまま西のポートに向かいます」

 

南の都

 南の都に潜入したシロンとドードは慎重に都大路の様子を窺った。街を行き交う人の半分は兵士だと言っても差し支えないほどの物々しさだった。
「すごいな。この様子だと南の大路だけで数百人はいそうだ」
(それはそうだ。おれたちが来るのをただ待っているはずもない)
 ドードはあくびをしながら答えた。
「必死さが伝わってくるね」
(シロン、安心しろ。お前とおれなら何百人でも蹴散らせる――そうしなければ王宮の警護は手薄にならん)
「うん、わかったよ。じゃあ行こうか」

 
 シロンはドードにひらりと跨り、剣を抜きながら南の大路に飛び出した。
「そこの兵士たちよ。我こそは閃光剣士隊の『菫のシロン』。死にたくなければ道を開けるがよいぞ!」
 ドードが猛烈な勢いで大路を百メートルほど駆け抜けると、後には二十人程度の兵士がばたばたと倒れた。そこから元の位置まで引き返すと、また別の二十人が倒れた。
 恐ろしい獣の爪とシロンの鮮やかな剣捌きの前に為すすべもなく倒れる兵士たちを目の当たりにした残りの兵士たちは浮足立ち、立ち向かう意志を見せずに王宮の方に逃げようとした。
 ドードは背中を見せる兵士を逃がさないように、大きな跳躍をして兵士たちの前方に立ちはだかった。そこから再び大路を南に駆け戻り、兵士たちはまたしてもばたばたと倒れていった。

 
 更に逃げる兵士たちをドードが追おうとしていると、一人の男が大路の真ん中に立って逃げ惑う兵士たちを叱りつけていた。
「貴様、覇王の所の小僧だな」
 目をぎらぎらと光らせた小男のレグリが吠えた。
「邪魔をするんじゃねえ」
「お前、私たちを待っていたのじゃないのか。ははあん、さては武王殿に逃げられたな」
「うるせえ。とにかくてめえの相手をしてる暇はねえんだよ」
「ところがそうはいかない。ドード、行くよ」

 
 ドードはレグリに向かって駆け出した。レグリは鋭い爪の一撃をかろうじて避けたが、ドードの背中から伸びたシロンの小剣には対応が間に合わなかった。
 小剣がレグリの胸を貫く寸前に一人の兵士がレグリの前に立って盾代わりとなり、もんどりうって倒れた。
「ふん、命拾いしたな。だが今度ははずさんぞ」
 駆け抜けた先では再びドードが狙いを付けた。
 これを見たレグリは逃げ腰の兵士たちに自分の周囲を十重二十重に取り囲ませた。
「ドード、あんな人の壁、吹き飛ばしてやろう」

 再びシロンを乗せたドードが大路を南に突進した。ドードの突撃をまともに受けたレグリを守る壁の前面の数人が奇妙に体をくねらせ、地面に崩れ落ちた。ドードはお構いなしに壁を押し、シロンは小剣をハチドリの嘴のように素早く動かした。次々に壁の人間は崩れて、あと少しで手が届きそうな位置まで近付いたが、すぐに増援が背後から現れて新たな壁を作り、レグリの姿を隠してしまった。
 ドードは尚もしばらく押し続けたが、ひっきりなしに補強される人員を見て一旦後退した。
「まだまだ人の数が減らないね――ねえ、ドード。ちょっと耳を貸して」

 シロンは数十メートル先の大路の真ん中に出来た人の壁を見ながらドードの耳元で何事かを囁いた。ドードは一声吠え、再び人の壁に向かって突進を開始した。
 今度は壁役の兵士たちは剣や槍を手に取り、突進を食い止めようと試みた。
 ドードは壁にぶつかる寸前に思い切り跳躍した。巨体が軽やかに宙に舞ったのを目で追っていた兵士たちは、いつの間にか地上に降りたシロンに気付かずに、ばたばたと小剣で突き倒された。
「おい、お前たち、どうにかしろ」
 レグリは声をからして叫んだが、兵士たちは空中のドードに押しつぶされるのを恐れてか、崩れた人の壁の補充をせずに逃げ出し始めた。
 レグリが怒号を浴びせる中、シロンは壁役の兵士たちをあらかた倒し終わり、上空のドードに向かって声をかけた。
「ドード、こっちは終わったよ」

 シロンの声を合図に空中のドードが急降下を開始した。
 鈍い音と共にドードの爪が体を引き裂き、レグリは膝を着いた。
「……」
 レグリは胸から血を吹き出しながら、ゆっくりと仰向けに倒れた。

 
「よし、これで南の都は片付いたね。ドード、怪我はなかったかい?」
(ああ、かすり傷だ。舐めておけば治る)
「よかった――じゃあ王宮へ向かうよ」
(王宮だと?それはスフィアンたちの仕事だろう。武王を探さなくていいのか)
「……うん、そうだけど、王宮のイソムボさんが心配なんだ」
(わかった。王宮に行こう)

 
 ふと気配に気付いたシロンは南の方角を振り返った。はるか遠くに線のように広がって見える森が揺れたような気がした。
「大きな鳥?」
 シロンは自分の頭に浮かんだあり得ない光景を振り払い、ドードに跨って歩き出した。

 

西の都

 西の都ではツクエとドロテミスが五百人を超える将兵たちに包囲されていた。
「ずいぶんと数がいやがんなあ」
「うむ。これだけの短期間で揃えた兵力ゆえ、実力のほどはたかが知れているだろうが、さすがにこれだけの人数を相手にするのは骨が折れる」
「まあ、いいや。おれはあのヌガロゴブって野郎と決着をつけなきゃならねえんだ。残りは頼むぜ」
 ドロテミスはそう言って背中の大剣、『グラヴィティスウォード』を抜いた。
「さて、挽肉になりたい奴はいるか」
 ドロテミスが五、六歩進み出て、胸の高さで大剣を横に一振りすると、風の唸るような音がして、その後には十人近くの兵士が倒れた。
「そら、一度振り回し出したらもう止まらないぜ」
 ドロテミスは頭の上で大剣を軽々と片手で振り回しながら兵士たちの方に近付いた。
 包囲していた兵士たちがじりじりと後退を始めた。ドロテミスはお構いなしに間合いを詰めると大剣を一閃させた。今度は二十人以上が吹き飛ばされ、地上に転がった。

 
 ツクエはその場を動かず、都の中心に向かうドロテミスを見物した。いつの間にか後方から距離を詰めていた兵士たちが一斉に襲いかかったが、ツクエの目にも止まらぬ居合でその場に死者の山が出来上がった。
「間合いに入るとこうなる――では私も動くとするか」
 ツクエが舞いを踊るような華麗な摺り足で兵士たちの間をすり抜けると、すれ違った兵士たちは音もなく倒れた。
 二十人、三十人、五十人、ドロテミスとは反対に西の都の西端を目指しながら相手を斬り捨てながら進んだ。
 七十、百、百五十、突然にツクエの頭の中に声が響いた。

(ツクエよ。よくも斬ったものだ。今のがちょうど千人目)
「ん、この声は?」
 ツクエは移動の足を止めて声に耳を傾けた。
(儂の名は『鬼哭』、本懐たる千人斬りを達成し、今ここに魂を宿した)
「本懐?」
(左様。儂は刃折れる事なく千人を斬り捨てた。幾多の肉を喰らい、血を啜る事により、ただの器たる刀が心を持ったのだ――これからの儂は自らの意志で人を斬る)
「それはまた物騒だ」
(千人斬り捨てるほどの強者でなければ、儂を使いこなす事などできん)
「なるほど――ではお手並み拝見といこうか。鬼哭よ」
 ツクエは再び移動を開始した。さっきまでよりも更に静かに人の間を滑る様に動き、一刀の下に斬り倒していった。
 気が付けば西の都の西端近くまで来ていた。目の前に敵はもういなかった。振り返れば、大路の沿道には死体の山が延々と続いていた。

 
 ツクエはいつものように両手を袖の中に入れ、ドロテミスの下に向かった。大路は静まり返っている、沿道の住民はきっと自分を鬼神のようだと恐れながら、扉を細目に開けて覗いているだろう。
 王宮付近まで行くとドロテミスがヌガロゴブと対峙しているのが見えた。
「どれ、見物するか」
 ツクエはあぐらをかいて座り込んだ。

 

北の都

 カクカとスフィアンは北の都にいた。スフィアンの爆雷で兵士たちをあらかた駆逐した所にシロンがドードを連れてやってきた。
「何だ、シロン。おれに会いたくなったか」
「下らない事を言うな――お前、王宮に向かうんだろう。ぼくたちも連れてってくれよ」
「うーん、そうしたいんだが状況が変わった。草の報告によれば東の都では全く戦いがないままにケイジ殿もヤーマスッドもいなくなったらしい。今から王宮に戻ってくる生き残りの五百名からを駆逐しなきゃならないんだ」
「西はどうなったんだい?」
「ツクエ殿とドロテミス殿で五百の兵を殲滅、今はヌガロゴブと戦っているらしい。そっちこそレグリはどうした?」
「仕留めたよ――ねえ、ぼくはどうしても王宮に行きたいんだ」
「シロン殿。イソムボ殿が気になるのだな?」
 カクカが尋ね、シロンは頷いた。
「あの人はいい人だから死なれちゃ困る。助けたいんだ」
「そういう事であればいいのではないかな。どうだろう、スフィアン。私たちも王宮近くで東の都の生き残りを迎え討とう」
「そうするか。で、適当な所で王宮に潜入しよう」

 三人とドードは王宮の東側まで移動した。
「さてと、ここで待っていれば、おっつけやって来る」
「ああ、おれとシロンとドード……あれ、ドードは寝てるじゃないか」
「疲れてるんだよ。寝かしておいてあげてよ――あの、ぼく……やっぱり行かせてもらうよ。ごめん」
 シロンはあっけに取られる二人を残して王宮の中へと走っていった。

 

別ウインドウが開きます

 Chapter 8 夜叉

先頭に戻る