2.7. Story 1 哀しみの進軍

 Story 2 チオニの戦い

1 覇王の死

 スフィアンはムスク・ヴィーゴの屋敷の異変に気付いた。元々が誰でも自由に出入りできる造りだったが、その日はいつにも増して人の数が多かった。
 皆、一様に沈んだ表情をしてムスクーリ家の門をくぐっている。スフィアンは一人の男を捕まえて理由を尋ねた。
「ムスクーリ家に何かあったのか?」
「……折角、ヴィオラ様にお子ができたっていうのによ」
「めでたいではないか」
「なのによ、何で王様が倒れちまうんだよ」
「……それは真か?」

 
 スフィアンは男に礼を言うのも忘れ、急いで屋敷の中に入った。
 王の間にはツクエとドロテミスが沈痛な面持ちで立っていた。スフィアンの出現に気付いたドロテミスが声をかけた。
「おう、スフィアン。迎えにも出ずにすまんな」
「いや、そんなのはどうでもいい。それより覇王殿の容態は?」
「……我が王はもう長くはない。良くてあと数日――」
「シロンはどこに――あいつもさぞショックを受けているだろう」
「シロンはまだこの事を知らない。奴は今、《誘惑の星》にドードを連れて里帰りをしている。間もなく戻るはずだ」

 スフィアンたちが王の間で佇んでいるとケイジとカクカが姿を現した。
「カクカ。何故、お前ここに?」
 スフィアンの問いかけにカクカは険しい顔で答えた。
「ちと、問題を抱えておって覇王殿に相談に伺ったのだがそれどころではなさそうだな」
「問題とは何だ。我が王は床に伏せっておられるが拙者たちが話を聞くぞ」
 ツクエが静かに答えた。
「あ、うむ。実はな――」
 カクカは武王に起こった話を伝え、ツクエたちはそれを黙ったまま聞いた。

「――という訳でお主らに力を貸してもらいたかったのだ……」
「頼まれて断る道理がない。我が王もこの場にいれば二つ返事で受けるであろう」
「すまぬな。ツクエ殿」
 ケイジが言うのをツクエは手で制した。
「いや、困った時には相身互い――すぐ出発か?」
「うむ。できる限り早く《享楽の星》に向かいたいが」
「もう少しだけ待ってはくれぬか。シロンとドードが戻るはずだ」

 
 その言葉通り、しばらくするとシロンがドードを連れて戻った。
「やや、これは皆、揃ってどうしましたか。ケイジ殿まで――もしや我が王の容態が?」
「わかっていたか」とツクエが言った。「よいか、シロン。これより我らは《享楽の星》に乗り込み、武王殿を救い出す」
「何故、武王殿が?」
「どうやら司空の一味に捕われたらしいのだ」
「……わかった。すぐに支度をする。だが我が王は?」

 ヴィオラが王の間の方からゆっくりと歩いてきた。美しい人はツクエたちの前で立ち止まり、静かに顔を上げた。
「皆様。これから出発されるという事ですが、その前に我が君から――」

 
 ドードを小屋に戻してから、全員で王の寝室に入った。シロン、ツクエ、ドロテミスを前に、残りの三人はその後ろに控えた。
 床に横たわる覇王は必死で痛みと闘っているようだった。並の人間であればすでに意識を失っているのだろうが、覇王はかっと目を見開いて必死に何かに抗っていた。
 ヴィオラが顔を近付け、一言、二言囁くと、覇王は訪問者に気付いた。
「……おお、お前たちか。客人にまでこんな姿を見せてしまい、情けない限りだ」
「我が王、何をおっしゃいますか。体をお治しになって、また共に戦場を駆けましょうぞ」
 ツクエの言葉に覇王はゆっくりと首を横に振った。
「……いや、自分の体の事は自分が一番よくわかる。私はもうすぐ『死者の国』に旅立たねばならん」
「我が王よ」
「……そんな顔をするな……お前たち、《享楽の星》に攻め入るのだな」
「はい」
「無理をするな。特にシロン、怒りに任せて行動してはいかん。常に冷静にな」
「……御意」
「少し疲れた――お前たち、ヴィオラと生まれてくる子をよろしく頼むぞ」
 あっけない最後だった。シロンは泣く事さえ忘れた。遠くでドードの絞り上げるような悲しい鳴き声が聞こえた。

 
 ヴィオラは覇王の両手を取り、胸の上で組み合わせた。
「さあ、あなたたち、時は待ってはくれません。こうしている間にも武王殿の身に危険が迫っているかもしれません」
「……しかしヴィオラ様」
 ドロテミスが言いかけるのをヴィオラは押し止めた。
「我が君は死んではおりません。弔いはあなたたちが帰ってからでも遅くはないでしょう。今は生きている方を優先するべきです」
「……わかりました。ではいつも通りに進軍いたします」
 ツクエの言葉にヴィオラは微笑んだ。
「そうね、そうしてちょうだい。我が君もそれを一番喜ぶと思うわ」

 六人が王の間を出て行こうとすると、ヴィオラがシロンを呼び止めた。
「シロン、気を付けて。無茶をしないでね」
「……はい――あの」
 シロンは初めて会った時のヴィオラの涙の理由が覇王の病気にあったのか気になっていた。そうであればこの方は何と長い間、我慢を重ねてきたのだろう。
「なあに?」
「いえ、ドードを連れて行ってもよろしいでしょうか?」
「我が君とドードは一心同体でした。そうしてあげて」
「はい」
「シロンは私が命に代えても守ってみせます」
 スフィアンがいつにない真剣な口調で答えるのをヴィオラは満足そうに見た。
「閃光剣士隊、出陣!」

 
 ピエニオス商会から調達したばかりの大型シップの操縦席で六人が顔を突き合わせた。
「正直、武王についてはもう手遅れかもしれん」
 カクカが静かに言った。
「略取されたのならば何らかの要求があるはずだがそれもない――カクカ殿の言われる魔道に引きずり込まれたか?」とケイジが言った。
「魔道だあ……気分の悪い言葉だな」
 ドロテミスが顔をしかめた。
「確かにな」
 カクカは言葉を一旦切り、五人を見回した。

「戦力を分析しておく。誰に誰が当たるか次第で、惨敗かもしれないし、圧勝かもしれない――まずはヌガロゴブとレグリ、この二人は完全に剣士だ。私がぶつからない限りは問題ない」
「ヌガロゴブ、あの品のない野郎か。おれがやってやるよ」
 ドロテミスが張り切って答えた。
「そしてヤーマスッド。この男は剣を佩いてはいるがよくわからない。不思議な術を使うかもしれないので十分注意が必要だ」
「その男には私が」とケイジが答えた。
「ああ、そうしてくれ。実はもう一人正体の掴めない男がいる……先にチオニに潜入した草が何かを探り出してくれているといいのだが」
「大丈夫さ。こっちの方が質は高いぜ」
「うむ。ではこうしよう。ツクエ殿とドロテミス殿は西からヌガロゴブとレグリを誘い出してくれ。ケイジ殿は東からヤーマスッドに当たってくれ。私とスフィアンは北から王宮に潜入し、武王を奪回し、司空を討ち取る。シロン殿はドードに乗り、南の都を駆けてくれ。覇王殿が生きているように見せ、相手を動揺させてほしいのだ」

 

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