目次
1 公孫威徳
【公孫家の歴史】
最初の指導者は公孫開山と言う。
開山は開拓民の指導者として《念の星》の基礎を築いた。後を託された息子の威徳は中心地を明都と命名し、星は着実な発展を遂げた。
威徳が重視したのは精神だった。肉体は束の間、精神を預けておくだけの器に過ぎず、その器が滅びてからも精神は成長しうるのだという持論を確立させ、その実践に努めた。
そのために威徳が取り組んたのが『念塔』の建設だった。その塔は特殊な方法により肉体を枯れさせていき、限りなく精神だけの存在に近付くのを助けるための施設だった。
明都の沖にある無数の岩の柱の中でも、特に巨大な物を念塔の候補地と考え、建設準備を進めた。
周辺の星からの移民も増えた。《獣の星》、《魚の星》、《黒の星》、《胞子の星》、《明晰の星》、《魔王の星》。
ある時、《黒の星》、《胞子の星》の文明が滅びたという知らせが入った。滅ぼしたのは《魔王の星》の暗黒魔王だった。
家臣のスフィアンという若者が《魔王の星》の出身だったが、『暗黒魔王』という名に覚えはないと言った。
そして《明晰の星》を命からがら逃げだした人間の告発により、魔王の暴挙が表沙汰となった。
シロンがカクカと話をした翌日、都督庁室で公孫威徳との顔合わせがあった。
カクカとスフィアンを後に従えた威徳はケイジとシロンを前にして礼を言った。
「ケイジ殿、シロン殿。遠い所をよくぞ来て下さった。礼を言いますぞ」
「いえ、私たちだけでどこまでお役に立てるかどうか」
ケイジの言葉に威徳は首を横に振った。
「お二人で十分、豪傑がお二人いれば百人力です」
「司空殿の将軍たちが来なかったのは誤算でしたかな?」
「いや」と威徳は一旦、言葉を切った。「あらかじめカクカより『期待するな』と聞いておりましたので折込済みです。それに来てもらっても、あの荒くれ者たちでは逆に困った状況に陥る所でした」
「そうでしたか。では何故、わざわざ《享楽の星》で鼎談など?」
「それについては《魔王の星》の攻略が済んだ時点で改めてお話いたしましょう――まずはカクカより今回の作戦の詳細を」
「作戦を説明する前に《魔王の星》と暗黒魔王について話をしよう。星はここからはそう遠くない。そこの王、暗黒魔王は突然かの地に舞い降りたらしい。スフィアン、情報はあるか」
スフィアンが小さく頷いて話し始めた。
「あの星で最も有力な領主はおれの幼馴染のシュバルツェンブルグという男だった。おれは威徳殿の考えに共鳴して大分昔に星を出たので確実な訳ではないが、奴が現在の暗黒魔王であるはずはない。他の星の文明を滅ぼすような残虐な行為のできる男ではないんだ。きっと何者かがシュバルツェンブルグの王位を簒奪したに違いない」
「という事だ。魔王が何者かはわかっていないが、その能力は伝わってきている……『瘴気』だ」
「瘴気?」とシロンが尋ねた。
「ああ、一口で言えば『悪い空気』の事だ。奴の鎧兜から発せられるる瘴気を浴びると力が出なくなり、体がマヒする――剣士殺しだな」
「なのに我ら剣士を呼び寄せてどうするつもりだ?」
「まあ、待て、ケイジ。作戦を最後まで聞いてくれ」
「おそらくここにいる誰も魔王には勝てない。そこで一計を案じた。魔王の家臣にリーブリースという者がいる。この男を抱き込み、瘴気の元と見られる『魔王の鎧』を隠してもらう作戦を取る」
「……そこで斬り捨てるのか?」
「いや、魔王は『魔王の兜』だけははずさないと聞くので、それでも厳しいはずだ。鎧のない状態の時に、我が王、私、スフィアンの三人で封印しようと思う」
「何だ、その封印というのは――やはり我らの出番はないのか」
「封印については後で我が王から話がある。ケイジ殿とシロン殿には魔王の家臣の剣士、イットリナとブルンベに当たってもらいたいのだ」
「ふむ」
「イットリナは剣、ブルンベは鞭の使い手という事しかわかっていないが、ケイジ殿とシロン殿であれば打ち負かせるであろう」
「なるほど、我らが将軍と闘っている間に魔王を封じる訳か」
「その通りだ。では我が王から封印について説明をしてもらおう」
威徳が懐から鶏の卵を一回り大きくしたくらいの大きさの透明の石を取り出した。
「この石の中に魔王を封印致します」
「何ですか、それは?」
スフィアンが驚いたように尋ねた。
「この石の出自については、どうか説明はご勘弁願いたい。とにかく三人の精神力を最大限に駆使すれば、この石に魔王を封じ込める事ができる」
「鎧はどうされるおつもりですか?」とシロンが尋ねた。
「それ自体が瘴気を放つ厄介な代物なので、厳重に保管し、決して外に出ないようにしようと思う」
「話は大体わかった。で、決行は?」
「明日出発して、今から三日後」