2.4. Story 1 聖樹の下

 Chapter 5 暗黒

1 使者

 《魅惑の星》、ムスク・ヴィーゴの閃光覇王の屋敷に一人の訪問者があった。その男は別の星からシップで到着した。虎の縫い取りの付いた鮮やかな緑の胴着を着た青年は屋敷に通され、覇王に面会した。覇王の傍らには剣士隊、ツクエ、ドロテミス、シロンが控えた。
「はるばる《念の星》から来られたそうだな。名は?」
「は、スフィアンと申します。本日は公孫威徳の名代で参りました」
 青年は片膝を付いたままで答えた。
「用件は?」
「は、我が星は《魔王の星》の暴虐非道な振る舞いを最早看過する訳には参りません。用意が整い次第、《魔王の星》を攻め、周辺の滅ぼされた星々の民の無念を晴らすつもりです」
「ほお、それを伝えにわざわざ来られたのか」
「……お恥ずかしい話ですが、我が星が保有するシップは私が乗ってきたものも含めて五隻足らず。とてもではありませんが《魔王の星》を攻め落とす事などできません」
「では援助要請か?」
「はい。覇王閣下の戦力をお借りできればこれほど心強い事はございません」
「……《魔王の星》か。確かに非道の限りを尽くしているという噂は聞いたが、この星団からはるか遠くの星での話。実感が湧かぬな」
「閣下、このまま支配地を広げていかれれば、いずれは一戦交える時が来るのではございませんでしょうか?」
「また気の遠くなるような話を。その前にやるべき事がいくらでもある」
「《念の星》の公孫威徳は欲無き男。決して暗黒魔王に取って代わろうと考えている訳ではございません。現在の覇王閣下、起源武王、開明大司空、暗黒魔王の四大勢力の銀河における微妙なバランスも理解しております」
「ほお」
「すでに私の朋友のカクカという者が、同様に《起源の星》にも援助要請に向かっております。カクカとはこの後、《享楽の星》で落ち合う予定でございます」
「他の王たちにも援助を願い出るのか?」
「はい。その通りでございます」
「ふむ、武王殿や司空殿が支援を出し、この私だけが支援を出さないとなると、何とも器の小さい男と思われるな」
「おそらく他の王たちも同じように悩まれているはず――このまま私と《享楽の星》においで下さい。カクカも必ずや《起源の星》の主だった人間を連れて赴くでしょう。もちろん公孫威徳も《享楽の星》に駆け付けます」
「なるほど。そこで鼎談をせよという訳か」
「左様にございます。王は王同士、将軍は将軍同士で腹を割ってお話をされれば、《魔王の星》の件だけでなく、他の憂い事も解決されると思われますが」
「ははは、《念の星》には策士がいるようだな。その策に乗ってみようではないか」
「ありがたき幸せ」
 スフィアンは初めて爽やかな笑顔を見せた。
「ツクエ、ドロテミス、シロン。お前たちも同行せよ。こういう機会はなかなか訪れんぞ」
「御意」

 
 出発を翌日に控え、その日のスフィアンの世話はシロンが仰せつかった。シロンは屋敷を案内しながらスフィアンに話しかけた。
「スフィアン殿は剣を使われるのか?」
 するとスフィアンが何故かにやにやしながら答えた。
「いえ、拳ですな。『爆雷拳』と呼ばれるつまらん技ですよ。シロン殿は?」
「小剣です。我が王より授かりし『スパイダーサーベル』を」
「ほお」
 相変わらずスフィアンがにやにやしているのに気付いたシロンは少し気分を悪くした。
「スフィアン殿。先ほどから笑ってらっしゃるが、一体何がおかしいのだ?」
「いや、これは失礼。ただ、君のような若い娘が名に聞こえた閃光剣士隊の一員かと思うとおかしくってね」
「な、何を言われる。無礼な。私は娘などでは――今のお言葉、訂正願えますかな?」
「ああ、そうだね。『若い娘』ではなくて、『若くて可愛らしい娘』と言うべきだった」
「貴様。使節とは言え、容赦せんぞ――」
 シロンはいきなり腰の剣を抜き、スフィアンの喉元に切っ先を突きつけた。
 スフィアンは笑顔のまま、右腕で払うようにして切っ先を自分の喉元からゆっくりとはずし、そのままシロンの体を抱きすくめた。
「ほら、胸にはさらしを巻いているのだろうが、シロン、君はやはり女さ」
「ええい、放せ。もう許さぬぞ――」

 シロンが顔を真っ赤に紅潮させ、スフィアンから逃げ出そうともがいていると、屋敷の中から声がかかった。
「何かあったのですか?」
 ヴィオラの声だった。驚いたスフィアンが体を離し、シロンは急いで跪いた。
「……これはヴィオラ様」
「あら、シロンじゃありませんか。そちらは確か、《念の星》から来られた使節のスフィアン様ですね?」
 バラ色のドレスを着た美しい女性の姿が目の前にあった。
「……はっ、この度は覇王殿に無理をお聞き入れ頂き、我が星の公孫威徳も喜んでいるはずでございます」
「それは良かったわ。シロン、スフィアン様は長旅でお疲れのはず。あまり遅くまで付き合わせてはいけませんよ。あなたも明日は《享楽の星》に赴く身。万全の体調で臨みなさいね」
「はい。心得てございます」
「ではお二人とも旅の安全をお祈りしていますわ。おやすみなさい」

 ヴィオラが戻った後も、シロンとスフィアンはぼーっとして立ち尽くした。
「……美しいお方だなあ」
 スフィアンの言葉にようやくシロンも我に返り、鼻をふんと鳴らした。
「当り前だ。お前みたいな野蛮人にお見せするのは勿体ない」
「いや、でも」と言ってスフィアンが人懐っこい笑顔を見せた。「おれはシロンの方が素敵だと思うな」
「……な、何?」
「おっと、また怒られちまう。宿坊まで案内してくれよ」
「あ、ああ」

 客人用の宿坊の前でスフィアンが言った。
「じゃあな、シロン。さっきのは冗談なんかじゃないんだぜ」
「……まだそんなバカを言うか」
「仲良くやろうぜ。おやすみ」
「……ああ」
 シロンはもやもやした気持ちを抱いたまま、ドードの小屋へと戻った。

 

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