2.2. Story 1 力を求める者

 Chapter 3 開明

1 謎の剣士

 ヤスミの中心にそびえる城の天守で起源武王カムナビは家臣のツォラと話をしていた。
「ツォラ、《霧の星》で出会った男だが」
 髷を結った凛々しい男が静かな声で尋ねた。
「お館様、ケイジの事にございますか?」
 隣に立つ髪の毛を綺麗に剃り上げたいかつい男が答えた。
「うむ、今はどこにおる?」
「城下にいるはずですが」
「名前以外の記憶がないと言うのはやはり真だったか?」
「左様に」
「記憶がないにしても、あの剣技――」
「はい。実際に立ち合った訳ではありませんが、あの身のこなしを見ただけでその強さがわかります」
「余よりも強いか?」
「私の口からは」
「はっはっは。言わんでもわかる。剣技だけであればケイジの方が強いであろうが余には目的がある。大望ある者の剣は目的無き者の剣には負けぬ」
「御意」
「ケイジには記憶を取り戻してほしいがそれが無理となると――おお、噂をすればモデストングが来たようだ」

 モデストングと呼ばれた男が天守に登ってきた。武王やツォラほど背は高くないが、がっちりとした体格のあごひげを伸ばした中年の男だった。
「お館様、お呼びにございますか」
「うむ、例の計画だがどうなっておる?」
「はい。着々と。草(くさ)であれば、先ほどからお近くに忍ばせております」
「気付いておったわ。まだまだだな」
「……なかなか気配を消すというのは」
「それについて良い案がある。モデストング、ケイジは知っておるか?」
「はあ、確か《霧の星》でお館様が見つけ、ヤスミに連れ帰って来られたトカゲの顔を持つ剣士。そのケイジが何か?」
「あやつはな、その気配を消す技を会得しているのだ」
「まさか?」
「それゆえ、ケイジに『草の者』を指導してもらおうと思う」
「なるほど、妙案にございますな。で、ケイジは何処に?」
「間もなくここに来るはずだが」

 
 その頃、ケイジは一人でヤスミの城下を見て回っていた。道行く人は皆、ケイジの顔にぎょっとして足を止めたが、次の瞬間、自分たちと同じような服を身に付け、同じような立ち振る舞いをする姿に安心したのか、笑顔で通り過ぎた。
 ケイジは一軒の茶屋に入った。茶屋の主人も一瞬どきっとした表情を見せ、すぐに普段通りの愛想に戻った。
「あんた、見かけない顔――ああ、新しくお館様の所に雇われた将軍さんかい?」
「……うむ。そうだ」
「強そうだなあ。今日はおごりでいいよ。好きなだけ飲み食いしていきな」
「かたじけない。ご主人、尋ねたい事があるのだが」
「何だい?」
「何故、この星は《起源の星》と呼ばれている?」
「え、そりゃあよ、あれだ」
 茶屋の主人は向かいの席で茶を啜る老人に助けを求めた。
「ご隠居、どうしてでしょうね?」
「ん、それはな」
 ご隠居と呼ばれたしわくちゃの老人は目を閉じたまま、静かに茶を飲み干した。
「この宇宙の文明はこの星から始まったからじゃ」
「……かつて共に旅をした友人は《古の世界》と呼ばれる星から文明が始まったような話をしておりましたが」
「《古の世界》じゃと。そんなもんはとうの昔になくなったろうが。この星が始まりと言ったら始まりなんじゃ。その証拠に『封印の山』には神が残した遺物がある」
「封印の山?」
「おお、そうじゃ。ヤスミから東に行った所にある山じゃ。誰も登れん神々しい山なんじゃ」
「誰も登れないのに、何故、神々の遺物があるとわかるのですか?」
「う、うるさい。だから昔からそう決まっとるんじゃ」
 老人は唾を飛ばし、目を血走らせ、ふうふうと荒い息を吐き出したので、ケイジはそれ以上尋ねるのを止めた。
「封印の山か。行ってみるか」

 ケイジが主人に礼を言い、茶屋の外に出ると一人の男が駆けてきた。
「はあ、はあ。ケイジ殿。ここにおられたか。お館様がお呼びだ。すぐに城に来られるが良い」

 
 ヤスミの城に呼び出されたケイジは草(くさ)を紹介された。
「この方は純粋な武人ではありませんな」
 ケイジの問いかけに武王は頷いた。
「うむ、これなる草は正規の軍ではない、言うなれば隠密。余の軍に代わり、情報を集め、攪乱を行い、時には暗殺もする集団――その名も『草の者』を作り上げたいと思っている、その長を務める者だ」
「何故、私に紹介を?」
「ケイジ、そちの気配を消す技は何という?」
「さあ、名前などございません」
「さしずめ『自然』とでも呼ぶか――頼みがある。その『自然』をこの草に伝授してはもらえぬか」
「構いませんが、誰にでも覚えられるものかどうか」
「それでよい。おそらくは奥義中の奥義となるであろう。『草の者』の究極の目標となればよいのだ」
「わかりました。やってみましょう」

 
 ケイジは草と共にヤスミの北にある里に向かった。
「ケイジ殿」
 草が話しかけた。
「ああは言われましたが、本当に気配を消す事など可能でしょうか?」
「――無理だ。選ばれた者だけの技であろうし、それでもより優れた者には気取られる」
「ではどうすれば。せめてこの里を隠すくらいの事はしたいのですが」
「その方が人間よりは簡単だ。私の理解する限りで奥義の文書を残してやろう。皆でそれを唱えれば、村一つを人目から隠すのは造作もない」
「ありがたき幸せ。里の宝といたします」

 
 ある日、隠れ里で草に修行をつけるケイジの下をツォラとモデストングが訪ねた。
「ケイジ殿、《威厳の星》に攻め入るぞ」
「《威厳の星》?」
「うむ、我が星から少し離れた場所にあるならず者の住む星だ――ところで『草の者』は?」
「大分、使えるようにはなった。此度の戦に連れて行けば、役に立ってくれるかもしれないな」
「では草も同行させよう」

 果たして《威厳の星》の戦いでは草とケイジの活躍により、わずか一日足らずで星を制圧した。

 

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