2.1. Story 2 閃光剣士隊

 Chapter 2 起源

1 初陣

 早朝、屋敷にはぴんと張りつめた空気が漂っていた。
 前日の調練終了後に覇王より「明朝、《蠱惑の星》に向かう」という下知があった。
 シロンにとっては初の実戦だった。興奮して眠れずにドードの小屋であれこれと話していたら、「もう寝ろ」と叱られた。

 覇王が全軍を前に言葉をかけた。ツクエとドロテミスは隊列の先頭にいた。
「よいか。険しい山の上にダダマスという都がある。この都を陥落させるのが我らの目的ではあるが、途中の山にどのような仕掛けがあるかわからない。くれぐれも命を粗末にせず、慎重に行動するのだ」
 全軍が地鳴りのような鬨の声を上げ、行軍が始まった。
 十数隻のシップに分乗して《蠱惑の星》に向かった。

 
 山の麓にある小さな村に入ると、古い教会を中心に数十軒の民家が肩を寄せ合っていた。
「一気にダダマスまで攻め上がる」
 覇王が言葉を発した。
「ツクエの隊は左翼に展開して敵を引き付けてくれ。ドロテミスは中央、右手にある山道を私の本隊が駆け上がる。質問はあるか?」
「我が王よ。それはあまりにも危険ではないか」とドロテミスが言った。「相手は当然、山道を重点的に守ってる。そこに飛び込んでいくなんざ、正気じゃねえや」
「だからツクエとお前に相手を攪乱してもらいたいのだ」
「暴れて相手を引き付ける作戦か」
 ツクエがいつもの通り、両腕を着物の中に通したままでぶるっと体を震わせた。
「仕方ねえな」
 ドロテミスがドードの首を撫でているシロンに言った。
「おい、シロン。お前は俺の隊だ。隙を見て、色んなとこに顔出せよ。本隊がこっちにあるように見せるんだぞ」
「わかりました」
「初陣だからって緊張すんなよ」
「大丈夫です」

 
 覇王軍のダダマス攻略が始まった。目の前にはスキーのジャンプ台のような急斜面が広がり、右手に細い山道が続いていた。
 最初にツクエに率いられた十数人の一隊が左手の斜面を登り始めた。その辺はどうにか立って歩けるようだったが、足場があまり良くないせいか、途中で斜面を滑り落ちる者も現れた。
 続いてドロテミスの隊が中央から斜面を登り出した。中央部は傾斜が一番きつく、這うようにしないと登っていけなかった。

 覇王の一隊がまだ動きを見せない中、最初に動きがあったのは山の中央部だった。中腹の出城のような建物の上に一団の兵士たちが現れ、石を落とす準備を始めた。
「石が落ちてくるぞ。巻き込まれるな」
 いち早く攻撃に気付いたドロテミスが斜面に取り付いた仲間たちに声をかけた。
 ドロテミスたちは急いで斜面の所々にある窪みに向かって移動した。ドロテミスとシロンが窪みに入り込み、一息付いていると、すぐ横をごろごろと巨大な石が転がっていった。窪みまで辿り着けなかった兵士が石に巻き込まれて、斜面を転がり落ちるのが見えた。
「くそっ、これじゃあ動けねえな」
 ドロテミスが吐き捨てるように言うとシロンが答えた。
「我が王たちが動き出すようです。ドードがそう伝えてきました」
「だったらおれたちもどうにかして登り切らねえとな」

 石が転がり切るのを待ってドロテミスたちは再び前進を開始した。ようやく平らな部分に着いた時には数人が欠けていた。
 山の左手のツクエたちもこちらに合流しようとやってくるのが見えた。
「あっちは行き止まりだったな。こちらから一緒に出城を攻めるか」
 ドロテミスの話を聞きながら、シロンは異変に気付いた。
「この臭いは……」
 その言葉が終わらない内に出城から火矢が射かけられた。矢は地面に落ち、あっという間に辺りが火の海となった。
「いかん。『燃える水』だ」
 ドロテミスが炎に巻かれながら叫んだ。
「皆、炎の輪の外に出るんだ」
「こうなったら――」
 シロンは言うなり、大地を蹴って飛び上がり、そのまま炎の輪のはるか上空まで浮き上がった。
「シロン、お前、空を――」
「詳しい話は後で」
 シロンは合流したばかりのツクエの手を取って上空に連れ出し、一緒に出城まで上がった。
「さあ、ツクエ将軍。一暴れして下さい」
「シロン、お前は?」
 出城の張り出した回廊に立ったツクエが尋ねた。
「我が王が心配です。本隊の方に行ってみます」
「わかった。こちらは任せろ」
 出城から再び飛び立つと、下の方でドロテミスの叫び声が聞こえた。
「その大剣で出城まで道を作って進んで下さい」
 シロンはドロテミスの「ああ、そうか」という大声を聞きながら、東の本隊に向かって空を急いだ。

 
 その頃、東に陣取った覇王の本隊も窮地に陥っていた。遅れて出発すると間もなく、中央部と同じように上から大きな石が山道を転がってきた。左右に石を避け、慎重に固まって進むと、突然後方で声が上がった。
「挟み撃ちか」
 覇王は舌打ちをした。
「背後に構うな。このまま登れ」
 本隊が後方の敵に追いつかれないように山道を急ぎ足で登っていくと、前方に敵の本隊が見えた。
「立ち止まるな。そのまま突き破れ」
 本隊は正面から勢いを付けて降りてくる敵に向かってなだれ込んだ。剣同士がぶつかり、槍と盾がせめぎ合う中、ドードとドードに跨った覇王は力任せに前進した。
「私に続け。隊列を切り裂け」
 五、六人の兵士がドードに踏みつぶされ、さらに覇王の剣を受けて数人がばたばたと倒れた。
 覇王は隊列を切り裂きながら前に進んだが、敵兵は何事もなかったかのように元の陣形に戻った。付いて行こうとした者たちは前方を遮られ覇王と本隊が分断された。
 そうしているうちに後方の敵兵が追い付き、覇王を除く本隊は包囲された恰好になった。
「しまった」
 覇王は隊列を切り裂くのをあきらめ、本隊を包囲する敵兵に背後から襲いかかった。
 先ほどと同じように敵兵は無抵抗に近い形で倒れたが、すぐに隊列を立て直した。覇王が本隊に合流した時には、覇王を含めた五十人は三百人近くの敵兵にすっかり包囲されていた。
「くっ、これまでか」

 
 あきらめかけたその時、ドードが一声吠えた。
「我が王よ。助太刀に参りました」
「ん?」
 覇王が声のした方角を見上げると、そこには空に浮かぶシロンの姿があった。
「シロン、お主」
 シロンが取り囲む兵士に向かって空から襲いかかった。たちまちに覇王の周りの数人が胸を押さえて倒れ込んだ。
 覇王は自分の腰にもう一本佩いていた小剣を投げて渡した。
「これを使え」
「ありがたき幸せ」
 シロンは空中で小剣を受け取り、再び敵兵に突っ込んだ。つむじ風のような攻撃に一回目よりも鋭い切っ先が多くの兵を血祭りに上げた。
「よし、皆、ここを耐えきるぞ」
 援軍に本隊の士気は蘇り、至る所で包囲網を押し返そうと小競り合いが起こった。
 シロンは味方の分が悪そうな場所に飛んでいき、的確に兵の数を減らしていった。

 
 膠着状態が十分ほど続いた頃、山の上から歓声が上がった。
 出城を落したのであろう、ツクエとドロテミスに率いられたおよそ五十人が転がるように山を降りてきた。
 勝負はそこまでだった。合流したツクエとドロテミスの強さの前に敵兵はちりぢりに潰走し、半数近くは山を降りて逃走した。
「よし、このままダダマスまで走り切るぞ」

 号令に従ってツクエとドロテミス、それに空を行くシロンを先頭にして隊は走り出した。まだ抵抗する気を見せる敵兵を蹴散らしながら、一気にダダマスの町に入り、城に突入した。
 やって来ないとたかをくくっていた城主はすぐに捕えられ、覇王の下に引き立てられた。
「どうか命だけは」
「いや、命は取りません――それにしても我らも危ない所でした」
「ではお助け下さるのですか?」
「我らを主と認めての毎年の挨拶、それに何かあった場合は我らと一緒に行動する事、その二つを守って頂ければ、後は今まで通りです」
「おお」
「共に銀河に覇を唱えましょうぞ」

 覇王たちがダダマスの城を出ると、外で待機していたシロンが前に進み出た。
「我が王よ。剣をお返しいたします」
「……その剣、『スパイダー・サーベル』はお前の物だ。初陣にしてこの働き、見事だったぞ」
「ありがたき幸せ」
 シロンの傍らでドードが嬉しそうに喉を鳴らした。

 

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