1.9. Story 2 新しい時代

 ジウランと美夜の日記 (4)

1 サフィへの思い

 サフィが《叡智の星》に向かってから時が過ぎた。

 

アダニアとアビー

 アダニアがいつものようにサディアヴィルの礼拝堂での朝の祈りを終えて村の人々と談笑しているとアビーが笑顔で現れた。
「おはよう、アダニア」
「おお、これはアビー。久しぶりですな。今日はまた何のご用でしょうか?」
「別に。ただ、ふらっと寄っただけだよ」
「そうですか。ちょうどこれから朝食です。ご一緒にいかがですか」

 礼拝堂の脇の集会所の食堂にアビーは招き入れられた。
「ナーマッドラグのアビーが来てくれた。今日のこの出会いに感謝しましょう」
 祈りの後、ささやかだが和やかな食事の一時が始まった。食事が終わり、アダニアはアビーの隣の席で静かにアビーに話しかけた。
「しかしアビーはいつになっても変わらないね。私なんかは、ほら、ご覧の通りのおじいちゃんだ」
「あたしも最近じゃ、太ってきちまってねえ」

「プララトスの容態は?」
「良くないね。長くは持たないんじゃないかい」
「……ヌエヴァポルトまで見舞いに行った方がいいだろうか?」
「いいんじゃないのかい。あんたも忙しいし」
「ちゃんと後継者は育っているのか?」
「心配ないよ。元々、プララトス派なんて秩序立ってる訳じゃないから好きにやるだろうさ」
「ならいいが。この年になると後々の事を心配してしまってな」
「あんたんとこがしっかりしてくれてればこの星は大丈夫だよ」
「ああ、各地の教会の指導者のうち誰かが私の跡を継いでくれるだろう」

「ところでアダニア、いい話と悪い話、どっちから聞きたい?」
「ん、それはどういう意味だ?」
「あんたの性格じゃ、悪い事から言った方がよさそうだね」
「うむ、心の準備ができていないがそちらから頼むよ」
「じゃあ言うよ。あんたはもうすぐ『死者の国』で想い続けた女性に再会できると考えてるだろうけど、それはできない相談になっちまった」
「――な、何故、それを?」
「あたしゃ、隠し事が嫌いなんで言うけどね。サフィから連絡があったんだよ」

 

隠遁者の朝餉

 《流浪の星》の『聖なる台地』の頂上でも朝を迎えていた。
「こら、マナ。おとなしくしてなさい。全くこの子ったら髪をとかすのが嫌いなんだから」
「まあまあ、朝から賑やかなこと。ミュア、マナは私に任せて、あなたはカリゥとジラルドと一緒に朝食を食べなさい」
「お義母様、ではそうしますわ――マナ、ちゃんとおばあちゃまの言う事を聞くのよ」

 すでにカリゥとジラルドは食事の準備を終え、ミュアを待っていた。ミュアがジラルドの頬にキスをするとジラルドが目を輝かせながら尋ねた。
「ねえ、母さん。どうしてこのお山の上にはおばあちゃまと父さんと母さんとぼくとマナしかいないの?」
「ジラルド。母さんを困らすんじゃない――ところでお前はいくつになった?」
「千五百日」
「わかった。では近々、山を降りよう。下の世界を見ておくのはとても大事だ」
「えっ、アーノルドおじさんに会えるの?」
「アーノルドだけではないぞ。下にはたくさんの人がいる」

 食事が終わり、ニライ、カリゥとミュアが話をした。
「母さん、ジラルドを連れて山を降ります。ミュアも一緒に来るといい」
「そうね。ロアランドの人たちとは仲良くやっていかないと――で、ジラルドの能力は?」
「あまり強いとは言えませんね。むしろマナの方に高い資質があるかと」
「いつかは考えないといけないわね。ミュア、あなたにも苦労をかけると思うけどよろしくね」
「いえ、私は子供たちと暮らせさえすればそれで満足です」
「サフィ様の予言通りだとすれば、私たちの家系からやがては銀河の指導者を輩出しなければならないの。いつになるかはわからないけど気長にやりましょうね」
「でもこの狭い星の中だけではやがては血の問題が……」
「それについても考えがあるわ。とびきり優秀な人たちが必要ね」

 

新たな託宣

「パッセン、ちょっと出かけてくるよ」
「ウシュケー様、しばしお待ちを。この間のようにお一人で出かけられると、また私がシーホ様に叱られます」

 ウシュケーはこの新しく護衛となったパッセンという青年を気に入っていた。元々は《古の世界》から《巨大な星》に移住した人間の子だったが、親が亡くなったのを機に尊敬するウシュケーの暮らす《祈りの星》に移り住んだのだった。
「大丈夫さ。それにしても相変わらず人が増えているようだね」
「はい、今日も町は巡礼者で混雑していると思われますが、これもウシュケー様のご努力の賜物です。バルジ教を信奉する星の数は今や十を越えております」
「私の力ではないよ。全てサフィ様のお力さ」

「サフィ様と言えば……ン・ガリの話を覚えてらっしゃいますか?」
「ああ、《幻惑の星》に立ち寄られたという話だね」
「どうしてこの星には立ち寄って下さらなかったのでしょう」
「ン・ガリも言っていたじゃないか。サフィ様は何度も『実にいい』とおっしゃられていたと。きっと心配ないと判断されて立ち寄られなかったのだ」
「今はどこにいらっしゃるのでしょう?」
「さあ、あの方が求める世界はまだ到来していない。きっとどこかでその世界の実現のために邁進していらっしゃる。ところでパッセン、君は私がこの世界からいなくなったらどうするつもりだい?」
「縁起でもない事を言わないで下さい」
「いや、真面目に尋ねている」
「考えた事もございませんが――」
「確か君には生まれたばかりの女の子がいたね?」
「シロンの事でございますか?」
「そう。彼女の未来のためには《誘惑の星》か《魅惑の星》に移住するのがいい」
「……ウシュケー様のお言いつけであれば」
「私ではないよ。サフィ様の言葉を伝えているだけさ」

 

戦神の祭り

 《戦の星》では、星を挙げての祭りの日を迎えた。『聖エクシロン節』と名付けられた祭典は、エクシロンが『秘蹟の島』の石を動かして大陸を固定させた日から五百昼夜毎に、リンド・ファンデザンデの提唱により行われるようになった。
 リンドはザンデの村を出てニトに向かった。ニトの南にあるテグスターの住んでいた森に行き、回想に浸っていると森の奥から雷獣が現れた。

「よぉ、リンド。久しぶりじゃねえか」
「雷獣殿、お変わりなく。生活にご不自由はありませんか?」
「長い間生きてんだ。今更、変わらねえし、不自由もねえよ」
「それは何よりです」
「で、今日は何しにこんな場所に来たんだ?」
「お忘れですか――いや、わざわざ出てこられるくらいですからお忘れのはずがない。今日はエクシロン様の」
「はっ、そんな事かい。いねえ奴なんかどうでもいいや」
「また、そんな事を」
 そう言ってリンドは懐から一本の剣を取り出した。
「これをご覧下さい」
「エクシロンの剣じゃねえか」
「ニトの町に完成した大陸最大のエクシロン教会のエクシロン像に持たせようと思うのですよ。ついてはお願いがあるのですが」
「言ってみな」
「秘蹟の島での別れ際の言葉を覚えてらっしゃいますか。『将来、再び星が乱れるような事があれば、その剣を持つ者に未来を託せ』というものだったのですが」
「ああ、そんなのあったな」
「そこでエクシロン像に持たせるこの剣は容易く抜けないように、雷獣殿に術をかけていただきたいのです」
「おいおい、おれは魔術師じゃねえよ」
「……雷獣殿のエクシロン様への強い想いがあれば可能かと思いますが」
「ふん、仕方ねえな。その代わりお前も手伝えよ」

 リンドは剣の柄の部分を土の中に埋め、剣から距離を置いた。
「いいか。これからあの突き立ってる剣に最大級の雷をお見舞いするからな。お前も心を合わせるんだ」
 雷獣の全身の体毛が逆立ち、目が尋常でない金色の光を帯びた。森の木々がざわめき出し、木の葉が風に舞った。
 天空より一閃する光が剣に落ち、辺りは真昼の明るさに包まれた。光が去った後には、剣が静かに地面に突き刺さっていた。
「よし、これでいい。普通の人間じゃあ、この剣には手を触れる事もできねえ。教会まではおれが運んでやらあ」

 ニトの町は祭典を楽しむ人でごった返していた。人々はリンドと剣を口にくわえた雷獣の姿を見て、祭典のアトラクションと勘違いしたのか、大きな拍手と歓声で迎えた。
 教会ではすでにピロデが待っていた。
「おお、雷獣殿。ごぶさたしております」
「ああ、伝説の剣は誕生したぜ。エクシロン像はどっちだい?」
「こちらでございます」

 雷獣が器用に剣をエクシロン像の右手に持たせた後、左腕の盾を見て、何かを言いたそうな顔をした。
「おれもここに納まった方がいいのか?」
「何を言われますか――ただこの教会のしきたりと致しましょう。剣を求める者は必ず『雷獣の試練』も受けなければならぬと」
「好きにしろよ。大体、今のおれじゃ盾の中には入れねえ。あの時はサフィの凄い力で自由に盾の中に出入りできるようになったと驚いたんだが、落ち着いて考えりゃ、エクシロンの力をサフィが引き出しただけだった。その証拠にエクシロンがいなくなったら、もう盾の中には戻れなくなってた」
「なるほど。エクシロン様もすごいが、それを見抜くサフィ様もすごいですな」
「ああ、サフィはエクシロンが死んじまったって聞いたらどんな面するかなあ」

 

星を去る時

 ルンビアは北の山の山頂から六つの丘を感慨の面持ちで見下ろしていた。
 この都市は計画通りに初期の基本構造を完成させつつある。
 後は歴代の王たちが外に外に向かって発展させていけばいい。

 ドミナフよ――

 ルンビアは今朝、別れを告げたばかりの長年の友人の名を口に出した――

 ――ドミナフ、君に伝えなきゃいけない事がある」
「……?」
「ここから遠く離れた《守りの星》で父が生きていると聞く。ぼくはそこに行くつもりだ」
「予感がしていました」
「《虚栄の星》はこれからも計画通りに発展させておくれよ。きっと銀河一の素晴らしい都市になるはずだ」
「大丈夫です。図面は代々の為政者に伝えていきますから」
「それを聞いて安心したよ」

「ルンビア。あなたは口にこそ出さないけれどきっと失望しているのでしょうね。この星にはびこる差別や迫害に」
「それはどこに行っても同じだよ。差別が無くなる事なんてない。でもこの星はきっとそれを克服できる。残った君やドーゼット、それにその次の世代が上手い事やってくれるはずさ」

 そう言うとルンビアはポケットからきらきら雲母のように光る小石をドミナフに見せた。
「……首から下げている赤い石とは違いますね?」
「知ってたかい。精霊は自然に還るけど、精霊と人間のハーフの場合どうなるか」
「……」
「これがその答え――セリサイト、又の名をスノウ・グラスさ」
 ルンビアは淋しそうに笑ってドミナフの肩を叩いた。

 
 大きく深呼吸をして山を降りようとしたルンビアの前に一人の男が立ちはだかった。
 さほど背の高くない、身なりのいい初老の紳士だった。
「……あなたは?」
 紳士はにこにこと笑いながらルンビアを見つめた。
「この星を離れる日が来ましたか。まだ青年だったあなたもすっかり大人になった」
「一体どなたです?並の人間ではここに来る事さえ大変なのに」
「私が誰かなどはどうでもいい。それよりもあなたのこれからです」
「私のこれからですか。私は父のいる――」
「その先の事ですよ。あなたはいずれ、お兄様の『意識のネットワーク』に参加される」
「何ですか、それは?」
「実に愉快です。ですがもう一つだけこの星に贈り物を残していきませんか?」

「言われている事がわかりませんが……この星への贈り物とは?」
「さあ、私も星を読むしか能のない人間ですので詳しくはわかりません。この先、遥か未来にあなたの意志を継ぐ者が窮地に陥った時にあなたが手を貸してあげる。そのための契約とでもいいましょうか」
「……確かにそれは心配しています。ダンサンズが今際の際に残した呪いという言葉も気になりますし。ですが具体的にどうやって手を貸せばいいのでしょうか。私は『死者の国』へ旅立ってしまうのですよ」
「言ったでしょう。あなたは意識だけの存在となってこの世界に留まる。ですから願いを聞き届けて手を貸す事など朝飯前です。しかしそれを度々行われては困ります。そもそも『死者の国』へ赴かないという例外の下、奇跡のような力を発揮する。これが頻繁に起こったらどうなります?」

「どうなると言われても……まるで神ですね」
「そうです。神の起こす奇跡を快く思わない者もいます」
「ようやく理解しました。あなたは創造主ですね?」
「ただの星読みだと申し上げたはずです」
「そういう事にしておきましょう。しかし私が『死者の国』へ旅立たないとは……」
 ルンビアが感慨に耽った一瞬の間に、紳士の姿はかき消すようになくなっていた。

 

意識のネットワーク

 《巨大な星》のサディアヴィルではアダニアとアビーの話が続いていた。
「それは真か。サフィ様はお元気なのだな?」
「うん、まあ。話すって言っても意識が通じ合うって形だけどね。サフィもようやくその域まで達したって事さ」

「それが良い知らせか」
「それだけじゃないよ。あんたは『死者の国』ではなくサフィの下に行くんだよ」
「何と。ではサフィ様と共に意識の存在となり、世直しを行えるのか?」
「そうは上手くいかないよ。『死者の国』に行かないなんてのは例外中の例外さ。その上、奇跡を起こし続けたらどうなるんだい?」
「……そ、それはまさしく神の領域だ。サフィ様は神になられたのではないのか?」
「まあ、神だと思う人もいるかもしれないけどね。そういうのが嫌いな連中もいるのさ」
「奇跡を起こせないのであれば、何のためにこの世界に留まるのだ?」
「この世界を見守るため」

「なるほど。で、エクシロン、ルンビア、ニライ、ウシュケーも一緒か?」
「だろうね。五人くらいなら『死者の国』に行かない例外も認められるんじゃないのかね」
「ああ、やはりサフィ様は偉大だ。あの時、ホーケンスでサフィ様に付いていこうと誓いを立てたのは間違いではなかった」
「あんたの個人的な事情は知らないけど、そういう訳だから。じゃあ、あたしは帰るよ」

 

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