目次
1 兄弟の別れ
エクシロンと別れた後、サフィのシップは更に先、銀河の端を目指した。
「ルンビア、どうやら銀河の端だ」
サフィがシップの外を見ながら言った。
「兄さん、ぼくはあの星に降りようと思います」
ルンビアが示す方角には幾つかの星から構成される青い星団が見えた。
「あの中心のだね。《巨大な星》ほどではないが大きな星だ」
「立派な都市を造りたいとずっと考えていました――兄さん、良ければ兄さんも一緒に」
「ルンビア。それはできないよ。ここからは君一人の力で成し遂げないと」
「そうですよね。エクシロンたちだって別れたくはないけど別れたんだし、ぼくだけがわがまま言っていてはだめですね」
星の姿が一層近くなった。
「ルンビアとはずっと一緒だったし、色々な事があった」
「兄さんがいなければ、ぼくはこの世界には存在しなかったんです」
「お前がいたからここまでやれたんだ。礼を言うのはこっちだよ」
「本当に色々ありましたね」
「私の両親も君のお母様も、多くの人が死んだ。私は片足を失って、世界は滅びた。でも得た物も多かった」
「そうなんでしょうか」
「そうやって人生は続いていくんだ。これからも様々な苦難が訪れるだろうけれど、これまでに経験した苦労に比べれば大した事ではない。きっと乗り越えられるよ」
「……わかりました。ところで――」
「何だい?」
「ぼくにも贈る言葉があるんですよね?」
「――帰りが心配だな。君の優れた推力のおかげでここまで来る事ができたけど、ここからは私一人でシップを操縦していかねばならない。《巨大な星》に戻る頃には年寄りだな」
「兄さん、話をそらさないで下さい」
「わかったよ。新しい門出にふさわしくないと思って言いたくなかったんだ――
我が弟よ、あなたには『懊悩』の名を授けましょう。 あなたの人生は苦悩に満ち、謂れのない迫害に苦しみますが、あなたによって救われる多くの人を常に思いなさい。
「あとはこの種を」
「他の皆と同じように種があるんですね」
「この種はきっと素晴らしい祝福をもたらすよ」
「それはいい。ところで兄さんの言葉は、やはりぼくの姿からくるものですか?」
「悲しい話さ。《古の世界》では三界が『持たざる者』を虐げていたが、他の多くの星では逆のようだ。持たざる者は自分たちと違う姿の者を恐れ、迫害する」
「そんな世界を変えられるんでしょうか?」
「すぐには無理だ。でも行動を起こさなければいつまで経っても何も変わらない」
「差別のない世界が訪れる、そのための種を蒔くんですね」
「君に適任だよ」
「ぼくからもいいですか?」
「もちろん」
「エクシロンがいた時にもヤッカームの話になりましたけど、あの時にまだ伝えてなかった事があるんです」
「何だい?」
「父さんの恥になるからと思って言わなかったんですけど、兄さんが以前言った、父さんが『比翼山地』で会っていた人物の事です」
「君が気付いたのかい、それともリーバルン様ご自身が言われたのかい?」
「あれ、もしかすると兄さん、誰だがわかっていんですか?」
「うん、私は変な先入観に囚われていた。『水に棲む者』だから比翼山地に出向けるはずがないと。でもあいつ、ヤッカームは水に棲む者じゃなかった。リーバルン様は何を話したんだろう」
「それについても父さんは言ってました。ヤッカームは創造主に近い『上の世界』の人間で物凄く博学なんだそうです。で、この世界の成り立ちや創造主の事、色々な話を聞いていたんだと。もちろん単なる好奇心じゃなく、この世界をどうにかしたい、何とかして兄さんを助けたいって思いから出た行動だと思います」
「……きっとそうに違いない。なのに私はたとえ一瞬であっても、あの方を疑ってしまった。何と恥ずべき人間だろう」
「あの、兄さん。一つお願いがあるんですけど」
「えっ」
「これを覚えていますか?」
ルンビアが懐から取り出した美しい刺繍のついた袋を見てサフィは頷いた。
「もちろんさ。ナラシャナ様が君にとくれた宝剣だ」
「これを預かってもらえませんか?」
「それはだめだ。これにはナラシャナ様の想いが詰まっている」
「この短剣は『ラムザールの宝剣』といって、母の生まれた祝いに花虫族から贈られたものらしいんです」
「だろうね。そんな大事な物を預かる訳にはいかないよ」
「聞いて下さい。今のぼくには母の造った『慈母像』があり、父からもらったバーズアイもあります。兄さんからは物には替え難い幾つもの教えを受けた。でもぼくからあげられるものが何もない。どうしても兄さんにこの宝剣を持っていてほしいんです」
「そんな事はないさ」
「だったらこうしませんか。帰りがてらに父さんの下に寄って、父さんに預かってもらうというのは。あの人も母の思い出の品を何も持っていないはずですから」
「……ルンビア、ありがとう。私にもう一度リーバルン様と話をする機会を作ってくれようというんだね」
「えっ、何の事ですか?」
「君のような立派な弟を持てて私は幸せだったよ」
「ぼくもですよ、兄さん」
いよいよ星の姿が大きくなった。
「では本当にお別れですね」
ルンビアは星団の主星と思しき大きな星の大気圏に入った所でシップを降りた。サフィはシップに残って、小さくなるルンビアの後ろ姿を見つめた。