1.7. Story 3 メテラク

 Story 4 六つの丘

1 ザンデの青年

 ニライやウシュケーと別れて、サフィたちの乗るシップ一隻だけで宇宙空間を進んだ。
 途中の右手に微かにガスと塵の雲が見えた。
「兄さん、あれが?」
 ルンビアの問いかけにサフィは頷いた。
「私たちが暮らしていた《古の世界》だった辺りだよ」
「脆いもんだな。泣いたり、笑ったりしてた大地が、あんなガスの雲に変わっちまうなんて」
 エクシロンがため息をついた。
「本当だ。人の命と同じように儚いものだ」

 
「兄い。あっちの星は何だろうね?」
 《古の世界》の残骸を越えてしばらく行った所でエクシロンが言った。
「……海ばかりで陸地が見えない。ここが《海の星》かもしれない」
「兄さん、何ですか、それは?」
「『水に棲む者』が移住先として選んだ星さ。けれどもヤッカームのせいで珊瑚姫とムルリ将軍は眠りに付いているらしい」
「兄い。珊瑚ってレイキール王の娘だろ。何で眠ってんだ?」

「ヤッカームは《古の世界》脱出の混乱に乗じて、レイキールを亡き者にした後、何食わぬ顔でそのままシップに同乗し、この星に現れた。そして水に棲む者の遺物、『凍土の怒り』を持つ珊瑚を眠らせて、剣を奪い取った。それから《巨大な星》で私たちを待っていた。『氷の宮殿』で本人が言っていたから間違いないだろう」

「兄さん、そうするとヤッカームは物凄い速さで星を移動する事ができる……あっ、そうか。やっぱり父さんの言った通りだ」
「何だい、ルンビア?」
「父さんに最後に会った時に、兄さんに伝えるように言われたんです。脱出でバタバタしててすっかり忘れてました。父さんが言うにはヤッカームはこの銀河の人間ではなく、創造主とかと同列の外の世界の人間らしいです」
「そうだろうね。不死の人間などそうはいない」
「で、真の狙いはこの銀河の王となる事。でもただ奪い取るんじゃなくて、好敵手を倒して奪い取るのが理想なんだそうです」

「だったら兄いが勝ったじゃねえか。口ほどにもねえ」
「いや、今回は勝ったけど、向こうが復活する未来には私はもう『死者の国』に旅立っている。そうなれば勝者はヤッカームだ」
「いつ頃復活すんのかね?」
「かなり深手を負ったから時間が必要だと思う……うーん、困ったな」
「兄さんが困る事ないじゃないですか。未来に復活するなら、その時代の英雄が戦ってくれますよ」
「そこで勝っても相手は不死だ。又、復活を繰り返し、完全に息の根を止める方法が見つからない限り、いつかは勝利してしまう」

「兄いも死ななきゃいいんだよ。蘇るたんびにやっつけてりゃ、心配ねえや」
「エクシロン、無茶を言うなよ。肉体は衰えていくだけさ。現に、皆と別れてからもう一方の銀河の端まで出かけるつもりだけど、そんな事をしている内に老人になるぞってアビーにも脅されたんだ」

「アビーって、あの可愛らしい姉ちゃんか。兄いとお似合いだったのになあ」
「ぼくもそう思いました。兄さん、どうして強引にでもアビーを連れて出なかったんです?」
「彼女には彼女の目的があるんだよ。それに……」

「何だよ、言いかけて止めるなんて兄いらしくもねえ」
「ごめん、ごめん。肉体が滅びても意識が生きていればそれは死んではいない。『死者の国』に行った私が言うんだから間違いない」
「何言ってんだ?」
「……あ、ぼく、わかる気がします。つまり兄さんの意識がアビーと繋がればいいんだって事ですよね?」
「そういう事さ。肉体が滅びても意識が残る、その意識がこの銀河を覆うほどのものになれば、アビーとだけではなく、全ての未来の子たちを守る事ができるんじゃないかな」

「よくわかんねえけど楽しそうだな。おれもそれに参加させてくれよ」
「ぼくも」
「人が多いに越した事はないと思うから、ありがたくそうさせてもらうよ、と言いたい所だけど、大々的にやると『死者の国』の決め事から逸脱する事になる。本来、人は死ねば『死者の国』に行くべきなのに行かないんだからね。マックスウェルとか『上の世界』の人たちに叱られるよ」
「おれとルンビア、アダニア、ニライ、ウシュケー、せめて弟子たちだけは仲間にしてくれよ」
「それくらいの人数なら。でもどうやれば意識だけの存在になれるか、まだわかってないんだ」
「何だよ。わかったら知らせてくれって言ってももうすぐお別れだしな。まあ、死ぬ時には兄いがお迎えに来てくれるのを信じるよ」
「エクシロン、それじゃあ幽霊だよ」
 ルンビアの言葉に三人は声を出して笑った。

 
 結局、サフィたちは《海の星》では降りずにさらに先を目指した。やがて再び文明のありそうな星が見えた。
「この辺で手を打っとくかな。おれは戦い続けなきゃ生きてけねえから、それにぴったりな星だといいな」
「さすがだね、エクシロン。君に贈る言葉はまさしくそれなんだ――

 

 あなたには『戦神』の名を授けましょう。
 常に戦いの中に身を置き、そこでしか思いを伝えられない運命、それもまた教えです。

 

「かーっ、『戦神』かよ。とうとう神様になっちまった」
「この星はきっと君を待っているよ――近くまで一緒に行こう」

 
 その星の風景は奇妙だった。幾つかの島を海が取り囲んでいたが、島々も海も空に浮かんでいた。浮島と海の下方にも島と海が見えた。
「何だ、こりゃ。島が浮かんでいて、その周りには海があって、はるか下にも島と海。世界が二重になってんじゃねえか」
「うん。不思議な重力が働いているようだね」
「……こりゃ面白そうだ」

 エクシロンはそう言って一息ついた。
「なあ、兄い。兄いは優しすぎるから心配だ。ルンビアもそうさ。おれみたいな乱暴者がついてねえと悪い奴にころっと騙されるんじゃねえかなあ」
「ありがとう、君の言葉を肝に命じておくよ」
「エクシロン、元気でね」
「さて、兄いたちが泣き出す前に行くとするか。じゃあな」
 エクシロンはサフィから種をもらい、シップの外に出て、空に浮かぶ島に向かって降りていった。

 
 降り立ったのは浮かんでいる方の大陸の南西部にある小さな島だった。
 無数の花が咲き乱れる草原に降り立ったエクシロンは大きく伸びをした。
「おい、雷獣。出てきてもいいぜ。二人っきりだしよ」
「止めとくよ。いつ人に会うとも限らんしな。おれの姿を見たら腰を抜かしちまうだろ」
「まあ、お前にはこのきれいなお花畑の風景は合わねえなあ」
「人の事を言えた面か」

 
 エクシロンは鼻歌を口ずさみながら草原の道を歩き、やがて目の前に風車の回る風景が見えた。
 風車が回る小さな村らしき場所に入っていくと村の広場では子供たちが遊んでいた。
「おうい、ぼうず。この村は何ていう名だい?」
 陽気に尋ねると子供たちは化け物にでも出会ったように叫び声を上げて逃げ出した。
「ちぇ、おれも雷獣と変わらねえって事かい」

 
 気を取り直して風車のある一軒の家の戸を叩いた。戸を開けて顔を出したのは一人の若者だった。髪の毛を短く刈り込んだ精悍そうな顔立ちの青年だった。
「何のご用でしょうか?」
「いや、おれは旅の途中なんだけどな。この村の名前は何て言うんだい?」
「……旅のお方ですか。この村はザンデ村ですが――旅と言われましたがどこから来られたのですか?」
 青年は疑いの眼差しでエクシロンを見つめた。
「おいおい、そんな目で見ないでくれよ。おれの名はエクシロン。こっからはとてつもなく離れた星からやってきたんだよ」
「……メテラクの方ではないのですね。はっ、もしかするとあなたこそが勇者様?」

 青年は慌てて家から外に出た。
「ご無礼をお許し下さい。私の名前はリンド、ここザンデ村の村長代理です」
「おお、よろしく頼むぜ。この星はずいぶんと面白い形をしてるよな?」
「はい。せっかくこの星に来られたのですから私の話を聞いて頂けませんか?」
「いいよ。でも長話はごめんだぜ」
「この星の名はメテラク、またの名を《戦の星》と言います」
 青年は話し出した――

 

【リンドの独白:星の成り立ち】

 ――大陸が空に浮かんでいますが元々は下の世界にあったのです。ところがある日、大地の重力のバランスが崩れて今のような形になったという事です。この星のどこかにそのバランスを司る石があるらしく、その石を手にした者こそが支配者になれるという噂が広まり、この星は終わりの無い戦いに明け暮れている有様です――

 

「ふーん、上と下での戦いって訳じゃねえんだな?」
「はい。上の島でも戦いがありますし、下は下で戦を続けております」
「おれにどうにかしてほしいんだな?」
「あなた様を勇者と見込んで――」
「で、どうすりゃいいんだ?」
「まずは私と一緒にニトに行きましょう。ニトにはピロデという人格者がいらっしゃいます。その方にお会いするのがいい」
「その前におれの相棒を紹介するぜ。おい、雷獣、出てこいよ」
 突然、盾から現れた雷獣の姿にリンドは目を丸くした。
「こ、これは?」
「おれの名は雷獣だ。リンド、お前、なかなかやりそうじゃないか」

 

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