1.6. Story 2 アンフィテアトル

 Story 3 氷原の魔物

1 (持たざる者の)楽園

 サフィたち一行はサディアヴィルを出発した。南に進路を取ろうとするとプララトスが声を上げた。
「あんたたち、まだアンフィテアトルに行ってないんだろ。この星一番の都会を見ておいて損はないぜ。まずは東に向かわないか?」
「えっ、南じゃ大変な事になってんじゃねえのかい?」
 エクシロンが驚いたような声を上げた。
「大丈夫だよ。それに気付いてるのはおれとアビーくらいだ。それにエクシロンの兄貴が行けば、すぐに片付くだろ?」
 兄貴と呼ばれたエクシロンは得意そうな表情になった。
「えっへっへ。まあな」
「それに」とアビーが付け加えた。「アンフィテアトルにも気になる事があるんだ」
「ではアンフィテアトルに立ち寄ろう」
 サフィは東に向かって足を軽く引きずりながら歩き出した。
「サフィ、あんた、その足――」
 アビーの問いかけにサフィは決まり悪そうに肩をすくめた。
「ああ、これは『死者の国』を勝手に踏み荒らした報いさ」

 
 アンフィテアトルはこの時代の《巨大な星》で一番の都会だった。元々劇場があった訳ではなく、円形劇場のようなすり鉢形の地形だった事からこの名がついた。
 街並みや行き交う人々の服装を見る限りは、ホーケンスより僅かばかり文化レベルが落ちるようだったが、大きな違いはホーケンスで俯きがちに道の端を歩いていた『持たざる者』が、ここでは往来の真ん中で屈託のない笑い声を上げている事だった。
 夕刻の柔らかな蝋燭の光に包まれた街の様子をサフィたちは言葉もなく見つめた。自分たちがこの灯りを浴びて舞台の主役のように振る舞える日が来た――それを上手く表現する言葉が見つからなかった。

 アビーが笑いながら声をかけた。
「あんたたち、そこで物思いにふけるのもいいけど夜が明けちまうよ」
 街の中の一軒の酒場の前でプララトスが立ち止まった。
「おお、ここだ、おれの知り合いがやってる酒場なんだ。入ろうぜ」
 酒場では明るい音楽が演奏され、人々が楽しそうに笑い合っていた。プララトスは主人に声をかけ、二言三言言葉を交わした後で、サフィたちを奥の席に案内した。

 
「さあて、飲むか」
 プララトスが陽気に言ったがサフィは首を横に振った。
「私とルンビアは結構――エクシロン、お前たちは好きにするがいいよ」
「おっ、兄いはわかってるねえ。おれは浴びるほど飲むぜ」
「私は軽く一杯だけ」と言うウシュケーの言葉にニライも頷いた。
「私は水でも頂ければ」とアダニアが言った。
「何だよ、アダニアは堅物だな」
「サフィ様が飲まないのに――それに信仰の妨げになる」
「兄いはそんなの一度も言った事ねえぞ」
「いいじゃないか。エクシロン。私はどちらがいいなど――」
「人それぞれ、でしょ?」
 アビーがサフィの口調を真似て混ぜ返すと、エクシロンは大笑いしながらアビーにも尋ねた。
「おい、アビー。そういうあんたはどうなんだ?」
「あたし……あたしは飲み食いよりこれ」
 アビーは背中の楽器をぽんと叩いてステージに近づいた。

 
 ステージで四人編成のバンドと二言、三言、言葉を交わしてから背中の楽器を取り出した。上のネックに十二本、下に六本の弦を張ったギターのような楽器だった。
 演奏が始まると、先ほどまでの陽気さの中にアビーの楽器の奏でる優しさと物悲しさが加わり、客は皆、うっとりとして聞き入った。
「アビーは、あの十八弦の名手なんだ」とプララトスが言った。
「プララトス、アビーは何者なんだい?」とサフィが尋ねた。
「さあ、いきなりショコノに現れてあんたの下を訪ねようって言った。それ以外は何も知らないな」
「なかなか魅力的な女性だね」
「ふーん、あんたはああいうのが趣味かい。おれはもっと、こう――そう、ここの街角で客を引いてるみたいのが好みだなあ」
「おい、プララトス」とアダニアが割って入った。「サフィ様に悪い事を吹き込まないでくれ」
「何だよ、当たり前を言ってるだけじゃないか。本当はあんたも興味あんだろ?」
「――まあ、いいじゃないか。今はアビーの演奏を楽しもう」

 
 アビーが喝采を浴びてステージから戻った。
「アビー、素晴らしい演奏だったよ」
 サフィが笑顔を向けると、アビーは照れたように「ありがとう」と言い、しばらくして店の主人が現れた。
「やあ、盛り上げてくれてありがとう。あんたたち、どこから来なさったね?」
「この人たちは、西の移住者の土地から来たんだよ」
「おお、最近、他所の星からでかい船で飛んできた人たちか。おれたちと違いはないんだな」
 店の主人は一行をじろじろと眺めまわしたが、ルンビアの背中の翼だけは見て見ぬふりをした。
「同じですよ、ご主人」
 サフィが笑いながら答えた。
「でもあんなでかい船を作るくらいだから、おれたちにはない力を持ってんだろ?」
「おお、だからこれからファルロンドォの悪い精霊を懲らしめに行ってもらうんだ」
 プララトスの言葉に主人はぱっと明るい表情になった。
「だったらこっちのも片づけてくれないかな。お願いするよ」

「『こっちの』とは何ですか?」
「北東に行った所に森があるんだが、そこの精霊がいたずら好きで商人や旅人が迷惑してるんだ。そいつをおとなしくさせちゃくれないかい?」

 

先頭に戻る