1.6. Story 1 サディアヴィル

 Story 2 アンフィテアトル

1 新しい一歩

「兄い、『約束の地』が見えたぜ」
 《古の世界》を最後に脱出したサフィの乗るシップは《巨大な星》に到達した。大気圏に突入すると夜の帳に包まれた巨大な大陸が姿を現し、シップは大陸の北西を目指して進んだ。
「他の皆は無事に着いたでしょうか」
 『推力』を駆使してシップを加速させていたルンビアが疲れも見せずに言った。
「きっと大丈夫――さあ、着陸の準備だ」

 
 何十隻ものシップが停泊する傍らにルンビアがシップを着陸させると多くの人が駆け寄ってきた。その中にアダニア、ウシュケー、ニライ、そしてピエニオスの姿もあった。
「サフィ様、ご無事で」とアダニアが声をかけた。
「遅くなったね。でもルンビアの推力があったから十昼夜ほどで到着できたよ」
「私たちは三十昼夜はかかりました」
「全てピエニオスのおかげだ。最初のシップだったらどこにも辿り着けずに宇宙の藻屑と消えていたよ」

「今、思い返せば」とピエニオスが言った。「木造のシップで宇宙に飛び出そうなんて頭がいかれてたな。黄龍のじいさんが色々と知恵を出してくれたから、こうして無事に着いたんだ。じいさんも無事に逃げ出せたんだろ?」
「わからないんだ。創造主、アーナトスリ様の力は凄まじくて、攻撃を喰らったらさすがの龍でも無事では済まないよ」
「ふーん、まあ、あいつらならきっとどこかで生きてんだろよ」
「私もそう思うよ。ところでピエニオス。又シップを作るつもりかい?」
「当面は生活していく上での物資が最優先だ。落ち着いたらやるかもしんねえな」

 
 続いてサフィはアダニアに話しかけた。いつの間にかサフィたちを取り囲む人の数は数百人どころではなくなっていた。
「アダニア。全員無事だったかい?」
「はい。船内で具合が悪くなる者がいましたが、全員無事でこの『約束の地』に着きました――不明者が一人おりましたが」
「どういう事だい?」
「私が操縦したサソーからのシップですが、出発前に数えた時と着陸してからとで人数が合わなかったのです。おそらく私が取り乱して人数を数え間違えたのでしょう」
「アダニアでも冷静さを欠く事があるんだね」
「……私も人間ですから」
 サフィはアダニアの淋しげな表情にどこか引っかかるものを感じた。何かあったのか、そう言えばシップの訓練中にエクシロンがこんな話をしていたのを思い出した――

 

【サフィの回想:エクシロンとの会話】

 ――なあ、兄い。アダニアの機嫌がいい理由がわかったぜ」
「へえ。何だい?」
「女ができたらしいんだよ」
「本当かい?」
「おれの昔の部下がホーケンスで見かけたって言ってた。いそいそと女の家に入ってったってよ」
「ふむ。アダニアも信仰だけではなく、違う幸せの存在に気がついた。いい事だね」
「だといいんだけどな」
「ん、どういう意味だい?」
「相手の女は早くにダンナをなくして苦労してるみてえで、客を取って生計を立ててるって噂だ。アダニアは純な男だからだまされてるんじゃねえかって心配でよ」
「……エクシロン、アダニアは立派な大人だ。その彼が選んだ女性であれば問題はない」
「まあ、そうだけどな」
「大体、お前、他人を心配できる身分ではないだろう。山賊時代の子分たちと夜な夜な飲んだくれてばかりで」
「だってよ、兄いもルンビアもニライもウシュケーも皆、付き合っちゃくれねえ。仕方ねえじゃねえか」
「そんなお前でさえ聖エクシロンと慕われている。アダニアも同じだよ。人間くさい部分があるから人は付いてくる」

「……じゃあよ、兄いはどうなんだ。一番人間くさくねえじゃねえか」
「私か。私は――いや、いいんだよ。君たちを正しい道に導くのが最上の喜びさ」
「けっ、じゃあおれも同じだ」
「ははは。話をアダニアに戻すが、そっとしておいてやろうじゃないか。新しい地で新しい人生の一歩を踏み出す、これほど素晴らしい事はないだろ?――

 

 その女性との間で何かあったか、サフィは辛そうな表情のアダニアが心配だったが、向こうから話を切り出さない限りは聞かないでおこうと思い、隣に立つニライに視線を移した。

 
「ニライも何も問題ないようだね」
「おかげさまで。それよりもサフィ様の方は?」
「……二人、乗せられなかった。一人はミサゴのプント、そしてもう一人はトイサルだ」
 二人の名前が出た途端、取り巻く人々の輪の中から悲痛な声が漏れた。

「そうでしたか。実の孫のエクシロンやサフィ様が説得してもだめなのであれば、決意は固かったのでしょうね……サフィ様、考えがあるのですが」
「何だい、言ってごらん」
「はい。この地のどこか、例えば川でも丘でも構いません、それらにお二人の名前を付けては如何でしょうか。お二人の志がこの新しい地にしっかりと受け継がれるのではありませんか?」
「それはいい考えだ。ここに滞在している間に是非、頼むよ。私はそういうのは苦手なんだ」
 サフィは少し照れ臭そうな顔をして、更に隣のウシュケーに話しかけた。

 
「――ウシュケー。バンダナで目を覆っていないんだね?」
「サフィ様、私は《古の世界》の最後をこの目で見届けました。あれこそが私の見るべきものだった、そう思ったのです」
「……うん、それは正しい決断だ――さあ、行こうか」

 
 サフィたち最後のシップの一行が集落の中心部に入ると住民たちから歓声が上がった。
 アダニアに促され、一同の中心に立ち、声を上げた。

「皆さん、皆さんはもうミサゴでも、サソーでも、ワジでも、マードネツクでもない。ましてや三界に使われる身ではない。これからは自分自身の人生を歩むのです。ここから私たちの歴史を紡いでいきましょう」
 誰かが「この場所に名前を付けて下さい」と叫んだ。
「サフィ様、お聞きになりましたか。皆、『約束の地』に代わる名前を欲しがっています」
「アダニア、それは君が決めればいい。ここの指導者は君なんだから」
「えっ……すぐには名前が出ません」

 サフィは弟子たちに向かって言った。
「今、言ったように、この場所はアダニアに任せようと思う。残りの者は落ち着いたら、又、シップで新たな星を求めて出発する。どうかな?」
「うーん、兄いが言うなら文句はねえが、何でそんな事するんだ?」とエクシロンが尋ねた。
「エクシロン、この宇宙は広い。ここ以外にも私たちの暮らせる場所がいくつもあるはずだ。遠い未来に私たちの子孫がそういった場所を行き来する。素敵だとは思わないかい?」
「サフィ様、私はマードネツクにいた人々を連れて行ってもよろしいでしょうか?」とニライが尋ねた。
「もちろん問題ないさ。ここに残りたい人もいれば、別の星に行きたい人もいる。意のままに行動すればいい」
「おれは一人でどっかに行きてえなあ。争いの絶えない星に舞い降りて、そこで悪い奴らをばったばったと斬り倒す――」
「おい、エクシロン」と雷獣が盾の中から言った。「わかってるじゃねえか。おれは野良仕事なんてまっぴらごめんだ。そんな星に行こうぜ」
「だったら」とルンビアが言った。「エクシロン、途中まで一緒に行きましょうよ。ぼくはできるだけ遠くへ、できれば宇宙の端を見てみたいんです」
「一人ならば遠くに行ける。それもいいかもしれないね――ごらんよ。この夜空を。惑星がひい、ふう、みい……五つも回っている。《古の世界》では見る事のなかった光景だ」

「そういう事なら」とルンビアが再び口を開いた。「バタバタしていて兄さんに言うチャンスがなかったんですけど、訓練中にすごい発見をしたんです」
「ん、それは何だい?」
「この近くに《化石の星》と呼ばれる星があるんですが、その星は惑星のように恒星の周りをぐるぐると回っているんです」
「その星自体が回転して昼と夜を作り出すだけでなく、星が移動するんだね?」
「そうです。そしてその結果、ものすごい事が起こります」
「何だろう。見当がつかないな」
「恒星を回る軌道が完全な円じゃないんで、同じ場所でも暑くなったり、寒くなったりするんです。《化石の星》で会った住民は『季節』と呼んでました」
「なるほど。恒星から遠く離れれば温度が下がる。サソーのようにいつでも寒いという事がないんだな。是非、そういった星も訪ねてみたいな」
「この宇宙にはもっと不思議な星もあるはずですよ」

 ルンビアが嬉しそうに話す傍らでニライは考え込んでいた。
「ニライ。どうしたんだい?」
「今のルンビアの話を聞いてふと思ったのですが、もしも『季節』というものがあるのであれば、昼夜の数え方が変わりませんか?」
「ニライ。具体的にはどういう事かな?」
「はい。恒星に近い時には温度が上がりますが、そこから離れるにつれ温度が下がります。やがて再び恒星に近づき温度が上がる。つまり恒星の周りを一周するのが節目となるような気がするのです」
「恒星の周りを一周するのに百昼夜かかるのであれば、その百昼夜を一つの区切りとすればいい――ルンビア、《化石の星》の人たちはそれについて何か言ってなかったかい?」
「さあ、そこまで話し込んだ訳でもないんで」
「わかった。これは宿題としよう――何だかわくわくするね。これからこうして好奇心を刺激される出来事が山のように待っていると思うと」

 
「ところでサフィ様、あなたはどうされるおつもりですか?」
 それまで黙っていたウシュケーが尋ねた。
「私かい。私は皆の旅に途中まで付いていくよ。そして君たちを新たな星に送り届けて最後の一人になったら、そこからは好きにやらせてもらう」
「サフィ様、あなたは私たち皆を導いて下さる光。その役目が終わりし後には、あなたの望む事をなさるがいいでしょう。今までご自分のために何一つなさってこなかったのですから」
「ありがとう、ウシュケー」
 サフィは晴れ晴れとした顔で言った。
「実は、君たち一人一人に伝えるべき言葉があるんだけど、それはそれぞれの別れの日にしよう」

 
「サフィ様」とアダニアが言った。「この場所の名前の件ですが」
「いい名が浮かんだかい?」
「はい。サフィ様のお名前を取って『サフィヴィル』ではいかがでしょうか?」
「……それは荷が重いなあ――こういうのはどうかな。サフィとアダニアの名前を組み合わせて、『サディアヴィル』」
「サディアヴィル……いいお名前です。末代まで伝えられるよう努めます」

 

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