目次
1 『八回目の世界』
シップは次々に《古の世界》から飛び立ち、残るは一隻、ルンビアとエクシロンが戻った後、サフィと共に脱出するためのシップだった。
サフィは先に飛び立つピエニオスにしばしの別れを告げてから『世界の中心亭』に向かった。
トイサルは二階の個室で地図を見ながら葉巻をくゆらせていた。
「よぉ、サフィ。大体片付いたか?」
「どうにかね。後は一隻、ルンビアとエクシロンと私――大分スペースがあるんだけどトイサルも一緒にどうかなと思ってね」
「そいつはどうも。だがおれは行かない。この星で生まれ、この星と共に滅びる、そんな人生があってもいいだろう」
「そう言うと思ってたよ」
「何だ、妙にあきらめがいいな。おれはまた、泣いてすがられるかと思って期待してたんだがな」
「それでトイサルの気が変わるなら、いくらでもそうするけど」
「ははは、冗談だよ。お前、『死者の国』を見てから人が変わったな」
「えっ、どう変わったかな?」
「挫折を知った、世の中にはどうにもならない事もあると悟ったのかな」
「さすがだね」
「だがお前の凄いのは、ただあきらめるんじゃない。できないなら、できるようになるまでとことん突き詰めてやろうと思う点だ」
「買い被り過ぎさ」
「今日のおれは気分がいいんだ。何たってこの世界に残る数人のうちの一人なんだからな――将来のお前の参考になるかどうかわからんが、例の『八回目の世界』の話をしてやろうと思う。まあ、おれの遺言代わりだ」
トイサルは葉巻を消し、おもむろに話し出した。
【トイサルの話:守る者】
――何度か耳にしているとは思うが、この世界は『九回目の世界』と呼ばれている。それはこれまでに八回、創造主たちが宇宙を創造しては、ぶっ壊して、今がちょうど九回目という意味だ。
何故、おれがそんな事を知ってるか、それはおれが『八回目の世界』の生き残りだからだ。正真正銘の生き残り、『八回目の世界』が滅んだ時の記憶もちゃんと残っている。世界が滅びる時に、おれは次の世界でも生きる事を許されたんだ。
そういう奴は他にもいる。例えば龍族、あいつらは何度目かの世界の傑作だったらしくて、造られる世界にしょっちゅう顔を出す。
雷獣みたいな聖獣もそうだな。他には、おれも会った事はないんだが、『沼地に棲む者』とか『胸に穴の開いた者』とか、創造主は色んな種族を造っている。
ここまで話すと、当然「創造主とは何者か」を知りたいだろうが、もう少し待ってくれ。
『八回目の世界』ではおれは巨人族の一員だった。その名の通り、うすらでかい奴らで気立てはいたって温厚。
おそらく、おれ以外にもどこかで暮らす巨人族はいるだろうが、おれは会った事がない。
別名は『守る者』だ。元々は『七回目の世界』で『強き者』から『弱き者』を守るために造られた存在なんだ。強き者とは何で弱き者とは何かについての説明は省略させてもらうよ。あまりにも複雑なんでな。
守る者も強き者も弱き者も今の世界にはない。創造主が面白いと思わなかったからだ。
今の世界に存在を許されているのは、三界か、お前ら『持たざる者』だけだ。龍や精霊は少数派だが創造主は彼らを認めている。だが同じような存在の巨人は創造主が認めていない。
認められなかった理由――そんなのおれに聞くなよ。気まぐれな創造主の考えなんてわかるはずないだろ。
だがお前を見てわかった事が一つある。守る者も強き者も弱き者も創造主の予想通りにしか行動できなかったが、それじゃあだめだ。創造主は常に予測を裏切る行為が好きなんだ。
「創造主とは何者なんだ?」という疑問が膨れ上がっているだろう。
残念ながらこれに対する答えはない――実際に会った訳でも、話をした訳でもないからな。
でもこういうのを想像してみてくれ。ミサゴの牧場では飛馬を飼ってるが、お前さえ望めば明日からそこで比翼牛を飼う事だってできる。牧場はおれたちの住む宇宙、飛馬や比翼牛はそこに住む種族、そして何を飼うか決める牧場主が創造主だ。
これより詳しい話、例えばマックスウェルや他の宇宙の事はおれにはわかんねえ。その先はこれからお前が調べてくれや――
「何か疑問はあるか?」
トイサルは吸いかけの葉巻に火を付けた。
「大公から頂いた『万物誌』の通りだね」
「そうか。お前はすでにその辺の知識を得てたんだな」
「創造主は何人いらっしゃるのだろう。いつも力をお借りするのがモンリュトル、ニワワ、ヒル、マー、ウルトマ、アウロの六人、それに今頃、ディヴァイン様がアーナトスリという方と上空で戦われているはずなんだけど、他は誰かな?」
「さあ、わからんな――だがそこに巨人の祖はいない」
「なるほど。さっきの選ばれる、選ばれないの意味がわかったような気がする――でも妙だよね。創造主たる者なのに被創造物である私たちの祖がいるだなんて」
「まだ知られてない秘密があんだろうよ――さあ、もう行けよ。早くしないとお前まで滅びる羽目になっちまうぞ」
「わかったよ。また話がしたいねって言いたいけど、もうできないんだね」
「おお、ちょっと淋しいが、まあ、仕方ねえわな。じゃあ達者でな」
トイサルは大きく葉巻の煙を吐き出し、もうサフィの方を見ようともしなかった。