1.4. Story 1 咆哮

 Story 2 泡沫(うたかた)

1 復活の日

 ホーケンスでの試験飛行は最終段階に入った。大型シップの本格的な制作が始まり、住民の耐性訓練も着々と進んだ。
 ルンビアはついに別の星を発見し、航行距離が伸びれば発見される星はもっと増えると期待された。

 
 ホーケンスでの頂上会談から半年ほど経ったある日、それは遂に起こった。
 『風穴島』の警護に当たっていた『空を翔る者』が、普段の風の鳴る音とは違う、地の底から響く唸り声を聞いた。
 『山鳴殿』に報告が届けられ、プトラゲーニョが止めるのを制して、リーバルン自らが島に急行した。スクートはホーケンスで試験飛行中のサフィを呼びに行った。

 リーバルンは不気味に地の底から響く唸り声を聞きながらサフィの到着を待った。やがてサフィ、ルンビア、エクシロン、スクートが空を飛んでやってきた。
「リーバルン様、遅くなりました」
 サフィがぺこりと頭を下げた。
「君の言っていた龍の復活かもしれないね。シップの方はどうだい?」
「大型シップの制作は始まっていますが、まだ全員が乗り込めるまでは……」
「となると龍が暴れ出すのを止めないといけないね」
「中の様子を見てきます」

 
 サフィは一人で穴の中へと進んだ。暗い道を下り、かつて黄龍と話をした場所に出た。以前は行き止まりだった場所から、更に奥へと道が続いていたのでそのまま進んだ。
 歩き続けてようやくたどり着いた二つ目の開けた場所に二つの光る眼が見えた。目を凝らすと時折、黄金色に輝く体が見えた。

 
「黄龍様ですか?」
 光る眼がサフィの方に向いた。
「……あの時の若者か。わざわざ何用じゃ」
「お願いがあります。他の龍の目覚めを遅らせる事はできないでしょうか?」
「何を言い出すかと思えば。変わった奴じゃ。目覚めようという者に目覚めるなと言うのか?」
「おかしな願いなのは承知しております。ですが黄龍様は偉い方なのでしょう?」
「……訳がありそうだな。ここにいても仕方がない。一旦地上に出るから話の続きは地上で聞く」
「この下から他の龍が昇ってくるのではありませんか?」
「お主は何をそんなに恐れているのだ。全ての龍が目覚めるまでにはまだしばらくかかるわ」
 黄龍はそう言ってから地上に向かって歩き出した。黄金色の鱗に包まれた体をゆったりと震わせながら歩くその姿に見とれていたサフィが慌てて黄龍の前に出て先を急いだ。これを見た黄龍は「ははは」と笑い、歩みのペースを落とした。

 
 サフィは地上にいち早く飛び出てリーバルンたちの下に戻った。
「黄龍が間もなくやってきます」
 緊張して待っていると確かに唸り声と共に足音が大きくなった。
 そろそろ龍がその姿を現そうかというその時に、突然に足音が止まり、唸り声もぴたりと止んだ。
 次の瞬間、リーバルンたちは信じられない光景を目の当たりにした。

 
 穴から姿を現したのは龍ではなくしわくちゃの小さな老人だった。老人はひょこひょことリーバルンたちに近付いた。
「……あ」
 その場にいた全員が言葉を失った。
「……もしかして黄龍様ですか?」
 ようやくサフィが尋ねた。
「いかにも」
「何故、そのようなお姿で?」
「お主はそのままの姿を見たろうがあれでは皆が恐がる。わしらのような高位の龍はお主らと変わらぬ姿で表に出るようにしておるのじゃ」
「は、はあ」
「そんなに龍の姿が見たいならもうすぐ目覚めるわしの配下の三匹の龍でも見ておくがいい」

 
 それから二時間ほど黄龍と話をしながら待っていると新たな唸り声が聞こえた。
「ほほぉ、三匹とも目覚めたようじゃ」
 三十分後、三匹の龍が穴から姿を現した。最初の龍は白い鱗の若い龍だった。二匹目は沈んだ青の鱗の龍、最後が赤銅色の鱗の龍だった。
 三匹は地上に出て、一つ唸り声を上げ、不思議そうに黄龍を見つめた。

 
「紹介するかの。白いのは白龍、まだミズチだな。次が青龍、ようやく龍と呼べるようになった所か、最後が赤龍、ぎりぎりで一人前だ」
 慌ててリーバルンたちも自己紹介を返した。

「黄龍様、その姿は一体?」と赤龍が尋ねた。
「他人と接する時にそのままの姿ではまずいじゃろ。お前らもどうにかして姿を変えた方が良いぞ」
「私たちにできるでしょうか?」
「ふふふ、ここにいい見本がおるではないか。この者たちを参考にすれば良かろう――まずは白龍、やってみるがいい」

 黄龍に促され、白龍が一歩前に出た。白龍はリーバルンたちをじろりと見回し、口を開いた。
「おいら、この子にするよ」
 白龍が顎で示したのはルンビアだった。
 白龍の姿が煙に包まれ、煙が消えた後には一人の少年が立っていた。背格好は同じくらいだが背中の翼はなく、顔もあまり似ていなかった。

「まあ、そんなものだな。次は青龍」
「私はこの方にします」
 青龍はサフィの方を見て術を使った。煙の後に立っているのはサフィそっくりの青年だった。
「ふむ、良い出来じゃが似すぎているの。せめて髪型でも変えんか?」
「ではこんな髪型で」
 サフィそっくりの青年は再び煙に包まれ、その後には黒髪を辮髪にした青年が立っていた。
「何じゃ、その髪は。まあよいか。最後は赤龍」
 赤龍はすでにエクシロンに良く似た体格の男に変わっていた。

 
「これでお主らの街に行っても騒がれんじゃろ」
「黄龍様、それに他の皆様も街を破壊されるのではないのですね?」
 サフィが深刻な表情で尋ねた。
「何を言い出すかと思えば。確かにわしらは目覚めた。だが龍が目覚めたからと言って何故、破壊を行う。それは偏見だぞ」
「申し訳ありません。マックスウェル大公の見せてくれた幻では龍がホーケンスを破壊していたので」

「――マックスウェル。あの男が出しゃばってくるとは予想もつかなんだわ」
「大公をご存じですか?」
「うむ、『歴史の傍観者』などと抜かす男だ。わしらがウルトマという祖を失い、ディヴァインの意志により長い眠りに着こうかという時に現れて『次のお目覚めは、この世界が終わる時ですね』などと余計な事を口走った。いけすかない奴だわ」
「そんなに昔から」
「で、お主の見せられた幻についてもう少し詳しく話してはくれんか?」

 
「はい。三匹の龍がホーケンスを襲っていました。一匹は全身に目玉の付いた龍、一匹は風船のように膨らんだ龍、そしてもう一匹が全身を甲羅に覆われた龍でした」
 サフィが見た幻の具体的な内容を初めて聞いたリーバルンたちは愕然としていたが、黄龍はそれをちらりと横目で見て答えた。
「……確かにその三匹はおるがわしらとは別の系統じゃ」
「先ほど、目覚めを遅らせる事ができないかとお願いしたのはその三龍なのです」
「まあ、聞け、サフィ。誰が言ったかは知らぬが、龍の世界は完全なるもの。その理由は『聖龍ディヴァイン』を中心にして、わしら四匹、四属性の龍がおる。『土の黄龍』、『火の赤龍』、『風の青龍』、『水の白龍』じゃな。だがそれとは別にもう四匹の龍がおるんじゃ。『死の黒龍』配下の『呪いの龍グリュンカ』、『疫病の龍ゾゾ・ン・ジア』、『破滅の龍バトンデーグ』。お主が見たのはその黒龍配下の三龍じゃ。残念ながらわしではそちらの三龍を止める事はできん」

「ではこのまま破壊を待てと」
「いや、これは賭けじゃ。もしもディヴァインが先に目覚めればそのような無益な破壊は絶対に行わせない。だが黒龍たちが先に目覚めれば、ディヴァインがいないのを幸いに暴れ回る」
「次の龍の目覚めはいつ頃でしょうか?」
「さあ、こればかりはわからんな」
「……その間にシップを作りきらないと」
「わしらもお主の企みに協力させてもらおう。それで償いになるかな?」
「ありがとうございます」
「さあ、今日はここにいても、もう何も起こらんぞ。街まで案内してくれんか?」

 

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