目次
1 地下の都
サフィ、ルンビア、エクシロンは『淡霞低地』に向かった。
「エクシロン、転んだだけだと言っていたが、トイサルの話では血まみれだったそうじゃないか。本当に大丈夫か?」
「どうってことねえよ。今日は雷獣も一緒だしよ」
エクシロンが左腕に吊るした盾を触って答えた。
「それにしても一面の霧ですね。こんな場所に『モルゴ雲母』があるんでしょうか?」
「ルンビア、場所によってはただの霧ではない、毒を含む霧が出ているそうだ。ピエニオスも正確な場所はわからないと言っていたから十分に気をつけるんだ」
「心配ねえよ、兄い。ここはおれとルンビアに任せて早いとこワジに行ってきな」
「わかった。くれぐれも無理をするなよ。お前たちは大切な新世界の担い手なのだからこんな場所で命を落としてはいけないぞ」
サフィは低地の脇の霧の薄い場所にひっそりと存在するワジ居留地の中に入っていった。
「すみません。私はミサゴから来たサフィと申しますが、こちらのリーダーの方にお会いしたいのです」
ワジ居留地は人影もまばらで閑散としていたが、ようやく見つけた一人の老人にサフィは声をかけた。
「ここにゃいないよ。皆、『松明洞』に連れてかれた」
「皆、ですか?」
「ああ、ウシュケーは鉱脈を探す名人だからな。『地に潜る者』なんかよりよほど優れておるわ」
「ウシュケーと言うのがリーダーのお名前ですか?」
老人はそれには答えずに去っていった。
サフィはしばらく歩いて松明洞に続く入口を発見し、中を覗き込んだ。どこまでも続くような闇がぽっかりと口を開けていた。恐る恐る足を一歩前に踏み出すと、緩やかな下り坂が続いていた。
慎重に進んでどのくらい歩いただろう、やがて急に目の前が開けた。
そこが町の広場だった。石畳の広場にはたくさんの人が行き来し、話をしたり、寛いだりしていた。
広場の中心から見て奥の方に石造りの宮殿風の建物が建っていた。王宮のようだった。
サフィが広場の中心でぼんやりとしていると突然両脇から腕を掴まれた。もぐらのような男と昆虫のような顔をした男だった。
「おい、お前。男たちは皆、鉱山に行っているはずなのに何をしている。しかも何だ、その服は。まるで『空を翔る者』ではないか。見た所翼はないが」
「はい。私はミサゴから参りました」
「ミサゴだと。馬鹿を言うな。奴隷にそんな自由があるはずない――お前、何か良からぬ企みをしているな」
「いえ、そんな」
「早速、ギラゴー様の下に――ああ、ギラゴー様は昨日の謎の侵入者の件で『混沌の谷』に行かれているのだったな。どうしたものか」
「良いではないか。我が王の下に引っ立てれば。おれの睨んだ所ではこいつはかなり怪しいぞ」
「そうだな。よし、お前、こっちに来い。王が直々にお前を尋問される」
サフィは王宮の中に連行された。しばらく待つと「王がお会いになる」と言い渡され、腕を縛られた。
腕を縛られたまま、王宮の最深部の王の間に引っ立てられた。
玉座で待っていたのは青白く憂いを帯びた顔つきの痩せた男だった。
「主は何者だ?」
「ネボリンド様でいらっしゃいますか。私はミサゴのサフィ・ニンゴラントと申します」
「……サフィ。聞いた事のある名だな。リーバルン王の懐刀にして、西の山賊を解散させたという話が伝わっているが、主がそのサフィか?」
「よく御存じでいらっしゃいますね」
「我らの情報網は三界一だ。まだ他にも知っておるぞ。最近はホーケンスで何やらを作ろうとしているらしいな。大方、昨日の混沌の谷の一件も主の仕業だな」
「さすがでございます」
「一体、ここに何をしに参った。用があって参ったのであろう」
「はい。これを」
サフィは腕を縛られたままでネボリンドににじり寄った。腕の縄をほどかせると、サフィは胸元から設計図を取り出し、ネボリンドに手渡した。
「……これは何だ?」
「包み隠さずお話し致します。この世界は間もなく滅びます。その設計図は滅亡の日に外の世界に脱出するためのシップのものです」
「何と。リーバルンの懐刀はとんだペテン師か」
「嘘ではございません。龍の復活が滅亡の始まり。私は『風穴島』で龍と話を致しました」
「……確かに空を翔る者が風穴島を警護しているという情報が入っている。あの島の下に龍が眠るというのか?」
「はい」
「このシップとやらを建造してそれで逃げ出せと申すか?」
「はい」
「主ら、『持たざる者』だけの秘密にしておけば良いではないか?」
「三界も持たざる者も変わりなく幸せに暮らせる世界、それこそが新しい世界でございます」
「なかなか面白い男だな。だが考えてみるがよい。このシップを使えば我らは空を翔る者の宮殿に攻め入る事もできるのだぞ」
「ネボリンド様はそのような行動はなさらないと信じております」
「ふふふ。わかった。情報提供、感謝しよう。礼と言っては何だがこの王宮の奥深くの鉱山に主の探す人物がいるはずだ。その者に会うがよい」
「ウシュケー様ですね?」
「ようやく新しい鉱脈が見つかりそうだったがこの世界が滅びるのであれば意味はない。早々に彼らを引き揚げさせる。その連絡の役目を主がやってはくれんか?」
「私がですか?」
「鉱山までの道程は険しく途中で事故に遭うかもしれん。無事戻った暁には探している雲母をここに用意しておいてやろう」
「ネボリンド様」
「余も早くシップとやらの建造に着手したいのだ。そのためには人手がいる。お互い様だ」
「わかりました。では行って参ります」
サフィが去った後もネボリンドは設計図をまじまじと見つめていた。