目次
1 ピエニオス
サフィとルンビアは『世界の中心亭』の二階の個室にいた。バケツのような自分のカップを手にしたトイサルが二人の前に座っていた。
「――マックスウェル。聞いた事ねえ名前だなあ」
「トイサルも知らないんだね」
「で、ホーケンスが龍に襲われてこの星が爆発しちまうのか。ふーん、そいつぁ困ったな」
「そんな他人事みたいに言わないでくれ」
「だってよ、龍に襲われちゃ、どうあっても勝ち目はねえ。ましてや星が爆発するんじゃあ、どこに逃げりゃいいんだよ」
「……この設計図を見てほしいんだ」
サフィはマックスウェルから手渡された設計図を見せた。
「……何かの乗り物だな。そうか、これに乗って外に逃げろっていう事だな」
トイサルは上を向いて思案した後、「ちょっと待ってろ」と言い残して部屋を出て、しばらくしてから一人の男を連れて戻った。トイサルほどではないが、かなりの大男だった。
「こいつは町で大工仕事を一手に引き受けてるピエニオス、口は悪いが腕は確かさ。おい、サフィ、さっきの設計図をこいつに見せてやってくれねえか」
仕事中にいきなり引っ張ってこられて不満顔のピエニオスはサフィから設計図をふんだくるように取り、まじまじと図面を見つめた。
「おい、どうだ。ピエニオス、難しい代物か?」
トイサルがせっつくと、ピエニオスはうるさそうに顔を上げた。
「今、見てるんだろうが。おい、小僧。この図面はおめえが描いたって訳じゃねえよな……しかしこんなもんが可能だとは思ってもみなかったぜ」
「ピエニオス。どういう意味だ?」
「これはな……『天翔る船』、つまりお空の向こうに飛んでこうっていう乗り物の設計図だ」
「馬鹿言うな。そんな事できるもんか」
「ああ、おれだってそう思う。だけどな、この図面通りに作って、後は乗る奴の……『推力』とでも表現するのかな、その力を引き出してやればどこにだって行けるって書いてあらあ」
「何だかよくわからんな。で、肝心のお船は作れるのか?」
「馬鹿野郎、おれに作れないものなんてあるかよ。材料さえ揃えばいくらでも作ってやるよ。だが、ちぃとばかし調達が厄介な材料がある」
「材料の調達ならぼくがやります」
ルンビアが勢い込んで言うと、ピエニオスは不思議そうな表情になった。
「そりゃあ、おめえみてえに羽根が生えてる奴が手伝ってくれるのはありがてえが。そもそもおめえら、こんな……シップを作ってどうするつもりだ?」
「『この星の最期の日が来る前にそのシップに多くの人を乗せ、脱出せよ』とある方に言われて、設計図を頂きました」
「面白い事言うねえ。そういうの嫌いじゃないぜ。だが物事には順番ってもんがあらあな。まずはこの図面の大きさの何分の一か、一人か二人乗りのシップで実験してからだ。もちろん操縦すんのはおめえらだ。失敗したら死ぬかもしれねえが、それでもいいか?」
「もちろんです」
「ははは、よろしくやろうや。おれたちゃ仲間だ」
ピエニオスがごつい手を差し出して、そこにサフィとルンビアの手が置かれた。
「早速、材料の調達だ。いいか、図面によれば基本は木製だ。船体補強のための『黒トリロス』、これは『比翼山地』の裏手の鉱山で見つかるはずだ。とりあえず手に入るだけ持って来い。竜骨には『ドーズピン石』、それから『推力』使用のための『モルゴ雲母』、こいつらは『混沌の谷』や『淡霞低地』に行かなきゃなんねえ。危険だぞ。そんなとこだな」
「わかりました。できるだけ早く手に入れます」
「慌てなくてもいいよ。この図面をもっとよく見たいしな。あ、工房の場所はトイサルに聞いとけ。じゃあな」
ピエニオスが慌ただしく出ていき、トイサルがサフィに言った。
「こういうのは専門家に任せた方がいい。お前たちは他にやる事があるだろう」
「ありがとう、トイサル」
「正直、この世界の最期の日なんて来てほしくないが、お前が嘘をつく人間じゃないのはよく知ってる。いつかの戦争だってお前が収めたようなもんだって睨んでる」
「馬鹿言わないでくれよ、トイサル。そんな訳ないじゃないか」
「いやいや、お前、精霊と話したんだろ。それで何が欲しいか聞かれて、『消える事のない炎』って答えた。ミサゴだけじゃなく、サソーやワジにもその炎をお願いしたって話じゃないか。どこの居留地でもお前を救世主として崇めてるらしいぜ」
「そんな話をしたかなあ。私はそんな大それた人間ではないよ。願いに応えてくれた精霊が素晴らしかったのさ」
「ふふん、リーバルンの賢さとお前の対応のおかげでこの星はひとまず破滅を免れたんだ。誰にも読めやしねえが、混沌の谷に現れた『ウォッチ』の碑文にはお前らを褒め称える文字が刻まれてんじゃねえか」
「何だい、その『ウォッチ』というのは?」
「知らないのか。戦争の後、いきなり出現した不思議な塔だ。創造主はその塔からいつでもおれたちを『ウォッチ』してるって話だ」
「……私たちはすでに創造主の不興を買っているのだね。しかも龍まで出現しようとしている」
「なあに、龍なんて復活しなけりゃいいだけの話だろ。あんなもん、そうそう世の中に出てくるもんじゃない」
サフィは黄龍の声を聞いた話は伝えないでおこうと思った。まだ状況が整理できない、あの幻で見た禍々しい龍たちが黄龍の仲間だとは到底信じられなかった。