目次
1 眠る龍
リーバルンと会った翌日、サフィとルンビアはホーケンスの西にある海岸に向かった。
「ルンビア、あの沖に小さく見えるのが『風穴島』だ」
海からの強い風の吹き付ける中、サフィが大声で話しかけた。
風穴島は木が一本たりとも生えない岩だらけの小さな島だった。至る所に真っ暗な穴が口を開け、そこに海風が吹き込み、陰気な笛のような音を奏でる事からその名がついた。
サフィたちが歩いてみた所、ほぼ円形のその島は数時間で一周できるほどの大きさだった。岩だらけの地面に開く穴は深いのもあれば浅いのもあり、その数は百以上あった。
「兄さん、どうしましょう。どこかの穴に潜ってみますか?」
「でもこれだけ穴があるとね。もう少し調べてからにしよう」
サフィたちは島の外周部から中心に向かって一つ一つ穴を調べていき、やがてサフィが一つの穴の前で立ち止まった。
「ルンビア、この穴に耳を近づけてごらん」
「……違う音が聞こえます」
「うん、風の鳴る音だけじゃなくて唸り声みたいなものが交っている。この穴に入ってみよう。ルンビア、狭い場所は平気かい?」
「大丈夫です。穴の底が水で満たされていたって、ぼくは平気です」
穴の中は鼻をつままれてもわからないほど真っ暗で、緩い下りの道が続いていた。闇の中を手探りで慎重に進み、しばらくして開けた場所に出た。
「ルンビア、そっちはどうだい。こっちは行き止まりみたいだ」
「こっちもです。どこにも道は続いていません」
「あの唸り声のようなものは確かにこの下から聞こえるんだけどな」
「兄さん、嫌な予感が――」
二人の耳ではなく脳に直接声が響いた。
(眠りを覚まそうとするのは誰じゃ?)
「兄さん、これは……」
「私たちに話しかけているみたいだ。返事をしよう――私はサフィ、隣はルンビア。『空を翔る者』、リーバルン王の命を受けてここに参ったのです」
(か弱き者、わしらの力を必要とするか?)
「あなたは誰ですか?」
(それも知らずにここに来たか。良かろう、我が名は黄龍、龍族の者じゃ。わしらを知らずして、何故ここに参った?)
「視察で参りました。まだこの後にマードネツクやサソー、ワジを訪ねる予定です」
(なるほど。見れば『持たざる者』。隣の少年は空と水とのハーフじゃな。眠っている間に面白い時代になったな)
「すみませんでした。まさか龍族の住処とは知らず。早々に立ち去りますのでご容赦願いたい」
(愚か者が。ここに来たのを偶然とでも思っておるか。普通の者であればここまで辿り着いても、わしらの存在には気付かず、ましてやわしの神経に触れるような事はありえんぞ)
「お気に触ったのでしたらお許し下さい」
(わしらの力、欲さぬのか?)
「もしもあなた方のお力を借りれば、それは先の『精霊戦争』と同じ、いや、その比ではないでしょう。あり余る力を手にして、それを制御できないのであれば、この世界は滅びます」
(……面白い奴じゃ。サフィとルンビアと言ったな。その名前、覚えておこう……こうして話をしている事からしても、わしらの目覚めの日は近いのかもしれぬが、その時になってからでは手遅れじゃぞ)
「昨日もリーバルン様とそのような話になりました。この世界の滅亡は避けられないのでしょうか?」
(ますます面白い。この世界が滅びるならそれは創造主の意思。せいぜい悩むがいい、救世主よ。近い内にまた会おう)
声はそれきり聞こえなくなった。
「……兄さん、今のは?」
「とんでもないものに出会ってしまったようだね。ひとまず『山鳴殿』に戻ってリーバルン様に報告しよう――この岩にバンダナを縛りつけて、よしと」
翌朝、サフィとルンビアはスクートに話を伝えた。スクートはすぐにプトラゲーニョを呼び、全員で王に謁見した。
「それは真か。直ちに調査隊を派遣する……ご苦労であったな」
プトラゲーニョが労をねぎらった。
「はい。穴の近くの岩にバンダナを印として巻きつけておきました……ただ黄龍に会えるかどうか」
「ん、それはどういう意味だ?」
「調査に行かれても話ができないのではないかと……黄龍はまだ目覚める時ではないと申しておりました」
「ふむ、それは困ったな。お前らが手柄欲しさに話をねつ造する訳はないが」
「プトラ、そんな事あるはずないじゃないか」
黙っていたリーバルンが口を開いた。
「君たちだったから黄龍とやらが反応した可能性は高い。とりあえず数名常駐させておいて、何かあればこちらに知らせる手筈にしておこう――この目に狂いはなかった。やはり君たちは何かを起こす人間だ」
小屋に戻るとルンビアがサフィに質問をした。
「兄さん、黄龍は再び話しかけてくると思いますか?」
「……多分無理じゃないかって気がする」
「次の任務に移りますか?」
「いや、もう一度、島に行ってみる」
数日後、風穴島を沖合に臨む海岸の岩場に腰かけるサフィとルンビアの姿があった。
「やはり父さんが派遣した調査隊は何も発見できないみたいですね」
「うん、リーバルン様に恥をかかせる結果になってしまい申し訳ないな」
「確かに黄龍と話をしたのに」
「だからこうしてまた来たんじゃないか。リーバルン様からも新しい指令が出ていないし、再調査してもいいんじゃないかな」
「そうですね。このままじゃあただの嘘つきになっちゃうし」
「では早速、と言いたいが、今日はあまり体調が優れない。少し精神集中の時間が必要なんで、どこかで時間をつぶしていてくれないか」
サフィが精神を集中する間にルンビアは海岸線をぶらぶら歩いた。北の方角に歩くと突然、視界に妙なものが飛び込んできた。
「あ、あ、あれは」
ルンビアは腰を抜かしそうになるのをこらえ、急いでサフィの下に戻った。
「兄さん」
「もう少し待ってくれないか」
「そうじゃなくて、変なものが北の沖合に――」
「変なものだって?」
サフィはルンビアと一緒に海岸線を北に向かってしばらく進んだ。すると沖合のものの正体がはっきりとしてきた。
ゆらゆらと揺らめいていて、まるで幻のようだが、それは間違いなく城の形をした建物だった。
「何故、あんな場所に城が……」
「兄さん、どうしましょう?」
「……今は島を優先しよう。島の調査が終わったら――ああ、うっかりした。穴の周囲は常駐の人たちが警護しているんだった。何て説明すればいいんだ。へたに刺激するのも嫌だし、困ったな」
「兄さん、だったらあの城に行きましょうよ」
「うん、そうしよう――今日の不調の原因もあの城にあるのかもしれない」
サフィは急いで精神を集中させ、ルンビアと共に空中に飛び上がり、城に向かって飛んでいった。