1.2. Story 5 精霊戦争

 ジウランと美夜の日記 (2)

 『地に潜る者』の実態はよく世間に知られていない。日の光よりも仄暗い地底を好むせいだと言われているが、そもそもこの星に何人の地に潜る者が存在するかも定かではなかった。
 大陸の南東部にある『淡霞低地』を抜けた先の『松明洞』という名の一大定住地があったが、常に煙っていて視界もあまり効かない湿地の向こうに見えるのは、とても安全に暮らしていけそうもないワジという名の『持たざる者』の居留地の粗末な柵と黒々とした洞穴だけだった。
 穴の奥に何があるのか、ホーケンスへの移住者や訪問者から断片的な情報がもたらされた。
 中には地底都市が広がっているらしい事、そこの主はネボリンドと呼ばれる男だという事、ワジの居留地では湿気と毒気で健康を害する持たざる者の発生が後を絶たない事――
 王であるネボリンドは非常に頭脳明晰な男で、他の種族と同様、地に潜る者による大陸統一の野望を抱いていると噂されていた。

 彼は統一のためには『ミラナリウム』が必要だと感じていた。
 ミラナリウムとは伝説の金属、はるか昔の祖、Arhatヒルが残した世界で最も硬い金属だった。
 この金属で武装した軍があれば、三界の統一など容易いように思えた。

 唯一にして最大の問題はミラナリウムが発見されていない事だった。
 ネボリンドは必死になって支配地の地下を探させた。
 強引ともいえる鉱脈探しによって犠牲者の数は増えたが、そのほとんどは持たざる者だった。
 奴隷が何人死のうと関係なかった。ミラナリウム発見という大望のために必要な犠牲にしか過ぎなかったのだ。

 

 古の世界 (別ウインドウが開きます)

 

1 地底の主

 その日、ネボリンドはいつになく上機嫌だった。『混沌の谷』に派遣していた部隊から吉報が届いたのだ。
 谷の奥深くで精霊の隠れ住む場所が発見され、その長がネボリンドとの対話に応じるという知らせだった。

 
 早速、王宮にギラゴーを呼びつけた。油断のならない男だったが、ネボリンドはギラゴーだけでなく誰も信用していなかった。目先が利き、立ち回りが機敏な事、それだけがこの男を登用している理由だった。

 
「ギラゴー、此度の件、主はどう見る?」
 ネボリンドは色素の薄そうな皮膚の色をした物静かな男だった。
「はっ、まさに千載一遇の機会と存じます。他に先駆けて精霊の協力を得れば、必ずや他勢力に大きな打撃を与えるでしょう」
 ギラゴーは尖った口からちろりと舌を出しながら、ずるがしこそうにネボリンドの顔を盗み見た。
「しかし主は『水に棲む者』と協調関係を築いていると聞く。となると、狙いは『空を翔る者』か?」
「左様にございますな。まずは精霊の助力を得て空を翔る者を討ちます。そして奴らが滅びた後……水に棲む者にも消えてもらいましょう」
「そちらも討つのか」
「お家騒動に明け暮れる種族など邪魔でしかありません。勝者はやはり一枚岩の地に潜る者、ネボリンド様こそふさわしいかと」
「そうやっておいて、最後には余の寝首をもかくつもりか」
「め、滅相もございません」
「まあよい。早速、精霊の長との会談の準備をしてくれ。余自ら出向くとしよう」

 
 混沌の谷には緑がなかった。樹木は一切存在せず、険しい岩山が連なっていた。険しい峰の織り成す地形の一番奥に外から見ただけではわからない更に深い谷が隠れていた。その一帯だけは空気の様子が異なっていて、ぴんと張りつめた気が渦巻いていた。

 ネボリンドとギラゴーは秘かにこの谷を訪れた。谷の奥を進み、開けたドームのような場所に出た。
「精霊はおられるか。余は地に潜る者の王、ネボリンドと申す」
 しばらくすると二つの影が現れた。
「これはようこそお越し下さいました。私は精霊の長、アウロス。隣はテラにございます」

 アウロスと名乗った精霊は枯れ木のように痩せ細った老人だった。隣のテラという精霊は反対に筋骨隆々とした逞しい男だった。
「早速だが我らのために貴殿らの力をお貸し頂きたい」
「ネボリンド様、お隣はギラゴー様でしたかな、私たちの力をお貸しするのは一向に構いませぬ。どうぞ、このテラをお使い下さい」
「おお、協力して下さるか。ここまで来た甲斐があったというものだ」
「協力するにやぶさかではございませぬが、一つだけご注意を申し上げます。私たちは元より何者にも属さない種族、頼まれればどなたであろうと拒む理由はございませんので」
「アウロス殿。それでは困り――」
「よい、ギラゴー」
 ネボリンドは言いかけたギラゴーを止めた。
「承知しました。ではテラ殿のお力を借りると致しましょう。早速、我が領地にて作戦を練りたいのだが」
 テラが黙ったまま頷く横で、アウロスがあごひげをいじっていた。
「最後にもう一つだけ、我らはこれより起こる事に何の責任も持ちません。全てはあなた方が望んだ事、それをお忘れなく」

 

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