目次
1 漏れる秘密
リーバルンがミサゴを訪れた夜、リーバルン親子はニザラの家に泊まり、他の者はプントの家で寝た。
翌早朝、スクートは「プトラゲーニョ将軍が来る前に戻らないと」と言って、『未開の森』に戻っていった。
スクートと入れ違いでプトラゲーニョがやってきた。リーバルンはちょうどニザラの家の外に出ていた。
「……リーバルンか。誰が伝えた?」
プトラゲーニョはプントたちミサゴの人間を見回した。
「やあ、プトラ。そこにいるサフィが伝えてくれたんだよ」
「嘘をつくなら、もう少しうまい嘘をつけ。大方、スクートあたりがお前に知らせたのだろう――だが待てよ。スクートはどこで知ったのだ」
「だからサフィがスクートに、スクートが私に伝えてくれたんだ」
「スクートめ、またホーケンスでさぼっておったか……いや、サフィはどうやってホーケンスまで行けた。夜になるまでわしと一緒にここにいたぞ」
「いいじゃないか。あと何千日かすればサフィは宮殿に出仕する。その時に確認しなよ」
「……そうだな。どんな手妻を使ったかは知らぬが、それは後で聞こう。で、母子ともに健康か?」
「ああ、プトラに感謝しなくちゃ。本当にプトラがいなかったら、どうなっていたか――『清廉の泉』に倒れていたのかい?」
「うむ、バーズアイがなければ見つけられなかった――だがわしの行いは正しかったか」
「人として正しいに決まってるじゃないか。他の色々なしがらみを考え合わせたとしても――私も同じ事をしたと思うよ」
「まあ、なるようにしかならん。で、子の名前は?」
「ルンビア」
「ルンビアか――良い名だ。宮殿に連れていくのか?」
「もちろん。父上はもうこの事を?」
「いや、まだ伝えていない。くれぐれも慎重に事を運べよ」
プトラゲーニョは改めて関係者を集めて言った。
「良いな。この件は絶対に他言無用。決して外には漏らさぬよう、十分に注意して行動するのだぞ」
その頃、海底の王宮ではポワンスが忙しく動き回っていた。交替でやってきたもう一人の侍女を前にして言った。
「いい。今から言うのはすごく大切な事よ。お嬢様はここにはいらっしゃいません」
「……えっ、でも床の中でお休みになられていらっしゃいますが」
「あれは、もう一人の侍女よ――いい、これからしばらくの間、あなたにはもう一人の侍女と交替でお嬢様の振りをしてもらいます。つまりはここで暮らすという事よ。わかった?」
「はい。いつまででしょうか?」
「そんなに長期間ではないわ。その間にお嬢様を探しますから――あなたに言いたいのは絶対に他人に漏らさないでほしいという事なの。できるかしら?」
「は、はい。もちろんでございます」
トイサルは落ち着かない朝を迎えた。昨夜の出来事を思い返したが、静観するのが一番だ、自分にそう言い聞かせた。
同じホーケンスの一角ではヤッカームが『地に潜る者』のギラゴーと会っていた。ヤッカームは水の外でも生活できる体質だったため、わざわざホーケンスに家を借りていた。
所在なさげに椅子に座るヤッカームを見てギラゴーが話しかけた。
「ヤッカーム様、どうされました。つまらなそうですな」
「実に退屈だ。私の縁談も、ブッソンとレイキールが反対して進まない。ニワワの残した『凍土の怒り』と『大陸移動の秘法』、これさえ手に入れば、ナラシャナなど必要ないのにな。本当に頭が悪い」
「ヤッカーム様、面白いかどうかわかりませんが――」
ギラゴーは少し猫背、モグラのような顔付きで尖った口をしていた。地に潜る者の典型であまり陽に当たらないせいか、肌の色は白かった。
「報告によればリーバルン王子は懸命に未開の森を調査中とか――私の流した偽情報に踊らされて、何もない場所でうろうろしている様が浮かびます」
「時間の問題だ。『混沌の谷』で精霊でも発見されれば、いやでも明らかになる――ただの自慢話ではないか」
「ではこれは如何でしょう。昨夜、リーバルンが慌てて森を引き揚げ、まだ戻っていないそうです」
「ほお、父親でも倒れたか……この近所に住むあの巨人が何か知っているかな?」
「トイサルですか――あまり関わり合いたくないですな」
「周辺を探らせてみたらいい。思わぬこぼれ話が聞けるかもしれん」
数日後、ホーケンスの隠れ家でヤッカームが寛いでいると、ギラゴーが飛び込んできた。
「ヤッカーム様、思いもよらぬ大事ですぞ。お耳を――」
ヤッカームは話を無表情で聞いていたが、やがて笑顔を見せた。
「……面白い。はて、そうなると我が王宮におわす王女は誰だ――よいか、ギラゴー。他言無用だぞ」
ヤッカームは上機嫌で『白花の海』に戻ると、北の氷の海に暮らすブッソンの下を訪ねた。
「ブッソン殿、いらっしゃいますか?」
ヤッカームは広い海の底でブッソンの名を呼んだ。
「……二度と来るなと言ったはずだぞ」
ブッソンの声が聞こえたが、ヤッカームはにやにや笑ったままだった。
「本日は最後のお誘いに参りました」
「何を言い出すやら――ちと気になったのでお主の事を調べてみた。お主、何者じゃ?」
「――あなたに隠し立てはできませんな。私は確かに甲殻類の貴族の出などではございません」
「『水に棲む者』ですらなかろう」
「その通り。ヤッカームというのは仮の姿――」
「待て。わしの話は終っておらん。何故、お主が大陸移動の秘法やわしの力に固執する?」
「何故でございましょうな」
「お主はこの世界ではない『上の世界』の住人。じゃが、Arhatsではない別の存在だ――」
「ブッソン殿、もう充分でしょう。講釈を聞きに参った訳ではありません」
「『最後の誘い』と言ったな。その理由を聞こうか」
「はい。水に棲む者存亡の危機にございます――