ジウランの日記 (11)

 Chapter 6 三界の挑戦

20XX.7.18 蒲田の警告

 あの黒眼鏡の男との再会で決意した。ぼくにあるのは『クロニクル』だけだ。一刻も早くエピソード6を読み終えて次に進まなければならない。
 ぼくはOホテルの一室にいた。昨日蒲田さんから連絡があってそろそろ一月経つし、会おうという事になったのだ。
 蒲田さんは仕立てのいいワイシャツの袖をまくった姿で待っていた。ワゴンサービスでコーヒーを注文してから、ソファに腰かけた。

 
「さてと、この一か月で何があったかな。まさか読書だけしていた訳でもないよね」
 ぼくは促されるままに市邨奈津子が亡くなっていた事、美夜に連れられて謎の女性に会った事、謎の組織のアドバイスでシゲさんに会った事、そして一昨日の元麻布の件を話した。
 話している間、蒲田さんは「ほぉ」とか「ふんふん」とか相槌を打っていたが、最後の元麻布の話になったところで少し顔色が変わった。
「ジウラン君、本当にバルジ教と接触したのかい。そして向こうはすでに君を知っていた、そういう事だね?」
 そうだと答えると蒲田は考え込むような顔つきになった。
「危険な臭いがするね。なるほど、バルジ教か……バルジ教っていうのはその男が言った通り、表向きはかなりまっとうな宗教団体さ。でも考えてごらん。あの元麻布の広大な土地を購入してあれだけの建物を建てるだけの資金がどこから出ているか」
 教祖の人がすごい資産家だとか――
「実は別件であの教団を調べた事があったんだよ。教祖の名前は設楽羅馬(したら・らま)、胡散臭い名前だが日本人らしい。彼は全くと言っていいほど人前に姿を出さないので、顔写真も肉声も伝わっていない。教団の公式サイトによれば、普通のサラリーマンをしていたが、ある日ナインライブズの啓示を受けたらしい。この教団の特徴としては、法外なお布施を要求したり、怪しげな物品を売りつけたり、そういう行為が一切ない。純粋にナインライブズを信仰する集団なんだ。つまり元麻布に広大な土地を買うためには、強力なバックの援助が不可欠、意味するところはわかるかね?」
 蒲田さんが追っかけたって事は……藪小路――
「その通り。厳密に言えば藪小路博士が属しているはずの組織だね。推測でしかないが、そこには政治家や経済界の重鎮、文化人、様々な人間が属しているらしい。元麻布の土地購入費用はそういった日本を裏から支配する連中から出ているんじゃないかと思うんだ」
 とても強大な組織を相手にしているんですね――
「そうさ。僕は君を危険な目に遭わせたくないからその組織の名前は伏せておく。然るべき時になれば君のパートナーの神代さんが教えてくれるだろう。だから最初に言ったように今は彼らに深入りしちゃいけない。いいね」
 ぼくには余りにも情報が少なくて、とても太刀打ちできそうにない、と答えると蒲田さんはにこりと笑った。

 
「ジウラン君。君は賢いね。まだその時じゃない、その時が来るまで牙を研いで待つんだ――さあ、次は僕のみやげ話をしようか」
 蒲田さんも何か発見したんですか――
「実はこの一か月、海外を飛び回っていたんだ。シカゴでの犯罪セミナーにスピーカーとして呼ばれたのさ。そこで僕は日本にいる間にあらかじめ手配しておいたアメリカのエージェントから耳よりな話を聞いた。何だと思う?」
 さあ、見当もつきません――
「お隣のオハイオ州コロンバスという町に若林静江さんの姪の未知さんが暮らしていたのさ。僕は早速アポを取って未知さんに会いに行った。そして君が聞きたいであろう事を代わりに聞いてきた」
 そんな、ぼくのために人まで雇って――
「いいんだよ。言っただろう。これは僕も非常に興味ある事案なんだ。さあ、これが僕と未知さんの会話だ」

 蒲田さんが机の上のPCを立ち上げ、アプリをクリックすると音声が聞こえてきた。

(蒲田)まずお名前から
(未知)はい、未知ワトソンです
(蒲田)未知さんはかつて江東区Sの近くに住んでいらして、高校生の頃、叔母様若林静江さんの経営する喫茶店『都鳥』の手伝いをされていた。間違いありませんか?
(未知)(やや沈黙)何故かその頃の記憶が曖昧なんです。そもそも叔母とはそれほど親しくなかったような気がしますし、喫茶店でバイトした経験はありますけど、『都鳥』なんて名前だったかしら?
(蒲田)静江さんは同じ時期、新宿で『ジャンゴ』というジャズ喫茶も経営されていたとあります。こちらについては?
(未知)そんな話聞いた事ありません
(蒲田)未知さん、あなた、文月凛太郎という名前に聞き覚えがありますか?
(未知)いいえ。でも叔母が亡くなる前だったかしら。何度か「文月さんがねえ」と言っていたのを覚えています
(蒲田)おや、妙ですね。先ほど叔母様とはそんなに親しくないと言われたのに、お亡くなりになる前の会話を覚えてらっしゃるとは
(未知)……確かに。それにその話をした場所の記憶もどこか大きな農園のような場所で、色んな国の人が働いていました。夢だったのかしら
(蒲田)なるほど。その叔母様の言った文月というのは文月源蔵でしょう。それ以外に佐倉真由美、糸瀬優、須良大都、こういった名前に聞き覚えはありませんか。さらに言うなら私、蒲田大悟の名前も叔母様が口にした事はなかったでしょうか?
(未知)……ごめんなさい。聞いた事ありません。でも蒲田さんまで……叔母のどういったお知り合いだったのですか?
(蒲田)残念ながら私にも記憶がないのです。でも私は『都鳥』に何度か行っているらしい。きっとそこで未知さんにも会っていたでしょう
(未知)まあ、そんな――

「これが未知さんの記憶だ。あまり参考にはならないかもしれない」
 いえ、そんな事ありません。ここまでしてもらって――
「実はもう一人会った人間がいるんだけどね。これから人と会わなきゃならないんだ。もしジウラン君さえ良ければ明日の正午またここで会わないかい?僕の推理も聞かせてあげたいしね」

 ぼくは意気揚々とOホテルを後にした。

 

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