6.5. Story 5 エテル

 ジウランの日記 (11)

1 レジデンスの戦い

 

ゼクト:屋上

 艦隊を率いたゼクトが都の近くまでやってきた。
「中のお歴々から連絡はあったか?」と同行のシェイが尋ねた。
「ああ、『草の者』から定期的に連絡がある。今は六階あたりで戦闘中らしい」
「突入するか?」
「いや、宣戦布告もないしな。こちらに大義はない」
「では様子見か?」
「自分一人で行ってみようと思う。君はここで艦隊と共に待機してくれ」
「やれやれ、ゼクトも個人戦が好きだな。困ったもんだ――まあいい。行ってこいよ」

 一人で艦隊を離れ、エテルの都の屋上に降りた。ゼクトは知らなかったがガーディアンと呼ばれるエリアだった。警報音が一斉に鳴り、床下で機械の唸る音が響いた。
「……飛んで火に入る何とかというやつだな」
 ゼクトはぐるっと腕を回し、戦闘の構えに入った。
 

レジデンス

 リンたちはレジデンスの北端の転移装置に近づいた。
「ニナ、この上のエリアはどうなっている?」
 リチャードが飛んでくる弾を防ぎながら尋ねた。
「この上はアッパーレジデンス、その名の通り高級住宅街よ。その上がラボ、普通の人間は入れないし、私も行った事ないわ」
「ふーん、機械はどうやらラボ産だな……待てよ。ジャンク、ファーム、インダストリア、メルカト、アミューズ、アドミ、レジデンス、アッパーレジデンス、ラボ――まだ他にエリアがあるな。ラボの上にもう一エリアあって、エテルがいるとすればそこか」
「コントロールの事かしら?」とニナがぼそりと言った。
「リチャード、装置が見えたぞ」と水牙が言った。

 
 リンたちは転移装置の小部屋に入った。破壊を免れた装置が二基あった。
「ニナ、どっちが当たりだ?」
「あら、二基あったのね。ごめんなさい。どちらを使ったかよく覚えてないわ」
「……では両方試そう。まずは右側だな」
 リチャードが言い、水牙が前に出た。
「某が行こう。着いたら連絡を入れる。正解だったらすぐに続いてくれ」
 水牙はためらう事なく右側の装置に乗り込んだ。

 しばらくすると水牙からヴィジョンが入った。
「はずれだ。外の空間に出た」
「すぐに戻ってこられるか?」
「わかった――という訳にはいかないな。近くで戦闘が起こっていて、ここでも警報音が鳴り出した」
「じゃあそっちを片づけてから合流してくれ」

 リチャードは肩をすくめ、左側の装置に近づいた。
「今度は私が行く」
 装置に飛び込んだリチャードからヴィジョンが入った。
「こちらはアッパーレジデンス。今まで以上に攻撃がきついぞ。注意して来てくれ」
「ニナ、大丈夫だから。僕とジェニーの後に来てよ」
 リンはニナに声をかけ、装置に入った。
 

水牙:屋上

 水牙は注意深く周りを見回した。どうやら都の屋上の端らしかった。はるか彼方でも煙が上がっているのが見えた。
 警報音とともに足元の床が唸りを上げたかと思うと、突然周囲の床が回転し、そこから何基ものレーザー砲が姿を現して、狙いを付けた。
 水壁を唱え、四方から発射されるレーザー砲を防ぐと、冷気で一気に周囲の空間を凍りつかせた。
「ふう」
 改めて自分の周囲を見回した。屋上の床は碁盤の目のようになっており、今は周囲十メートルがすっかり凍りついているが、何枚かの床板が反転して攻撃してきたのだった。
 水牙は呼吸を整え、煙の上がる対角線の向こうの端に向かって歩き出した。
 

アッパーレジデンス

 ニナは装置から出た途端に腕をつかまれ、物陰に引きずり込まれた。鉄の鎧でニナをかばいながらリチャードが言った。
「今、リンとジェニーが蹴散らしに行っている。すぐに攻撃が止んで進めるようになる」
 隠れているように言いながらリチャードも外に出た。誰かと話しているようだが、その人物の姿はニナには見えなかった。

 
 ジェニーは物陰を伝いながら慎重に進んだ。発砲した相手はこの先の路地の奥に潜んでいるらしかった。「フェニックス!」と言うかけ声と共に銃を発射すると、弾丸は鳥のように炎の翼を広げ、路地を曲がった。ひとしきり路地の奥で叫び声が聞こえ、すぐに静かになった。

 リンは人通りの絶えた白亜の住宅街を自然を発動させながら進んだ。転移装置から出た時に雨あられのような銃撃を浴びせた一団を発見し、彼らに近づき手刀であっという間に打ち倒した。

「やっぱ、すげえや」
 突然声をかけられ、気配を消したままのリンは声の主を探した。
「ミーダだね。ここまで来られたんだ」
 ミーダのいそうな地面に向かって声をかけた。
「あんたたちの後をついてどうにかね。ねえ、リンさん、後はあっしに任せて皆さんの所に戻って下さいよ」
「え、でも」
「いいんですよ。ここまで連れてきてくれた恩返しでさあ。リンさんも女の事が心配でしょう」
「わかったよ。じゃあ装置の所で」
 リンはリチャードたちの所に戻った。

 ジェニーもすでに戻っていた。
「リン、水牙とゼクトは屋上で戦っているらしい。楽じゃなさそうだぞ」とリチャードが言った。
「ふーん、また会うには時間がかかりそうだねえ――あ、こっちはミーダが道を切り開いてくれるからそのまま進もうよ」
「よし、わかった」とリチャードは言った。「上に向かう装置を目指そう。ニナの話では西の方向らしい」

 
 ゼクトが周囲の砲台を排除し終わって肩で息をしていると、はるか彼方にかすかな人影が見えた。
「あれは水牙か。あちらに向かうとするか」
 ゼクトは屋上の中心部に向かって歩を進めた。

 
 リンたちはニナを取り囲むようにして西に向かって進んだ。ミーダが敵を排除したためか、大した攻撃も受けずに住宅街の奥にあるエリアで一番高い建物の前にたどり着いた。カジノ、映画館、ショッピングモール、ジム完備の贅を凝らした会員制施設のようだった。

「すいやせんねえ」とミーダの声がした。「高い所にゃ登れねえもんで。後は兄貴たちにお任せしやす」
 リンたちが建物に近付こうとすると、上から一斉に銃撃が始まった。
「ジェニー、ニナを連れて安全な場所まで退いてくれ。リンは気配を消して突入、私が注意を引く」
 リチャードは降り注ぐ銃弾を物ともせずに建物のドアに近づいた。
「おーっと、動くんじゃねえ」と建物の最上階から声がした。「それ以上動くとこっちにいる人質がどうなっても知らねえぞ」
「その声はクアレスマか」とリチャードは上を見上げて言った。「本性を現したな」
「うるせえ。てめえらみてえな化け物相手に正々堂々とやってられっか」
「もっともだ」と言って、リチャードは両手を上げて笑った。「わかった。手は出さないから人質の安全を保証してくれ」
「……いや、それだけじゃあ不十分だ」
 クアレスマの唾を呑む音が聞こえた。
「てめえら、ここで死ぬんだよぉ!」
 突然、建物から地面に向かって何かが投げつけられたかと思うと次の瞬間、猛烈な爆発が起こった。

 
 リンは気配を消して爆風で破壊された窓から建物の内部に侵入した。外の様子を窺う男たちを発見し、手当たり次第に倒した。建物の三階まで進んだ所で一旦窓から外を見たが、相変わらず爆弾投下が続いているようだった。リチャードは絶え間ない爆風の中で身を固くしてじっと耐えていた。ニナとジェニーは後方に退避したようだ。
「リチャード、もうちょっと我慢しててよ」

 リンはぼそりと言ってから再び狙撃者たちを倒していった。階段を上がり、上階の敵を倒し、最上階の手前まできた。
「そろそろクアレスマと人質がいるはずだけどなあ」
 慎重に一つ一つの部屋に忍び入り、敵を排除した。廊下の端の部屋まで到達してから自然を解き、窓から外を覗いた。

 はるか下方の地上ではリチャードが爆弾投下の止んだ建物上部を見上げており、リンと目が合った。
 リチャードが「どうだ?」という口の形をしているのが見えた。リンは首を横に振り、「上がって来い」と合図をした。すぐにリチャード、続いてニナを連れたジェニーがリンのいる階の外から室内に入った。
「クアレスマと人質は?」とリチャードが尋ねた。
「いない。時間稼ぎだったみたいだよ」とリンは答えた。
「さらに上のエリア……ラボか」
「僕が通ってきた場所には転移装置はなかったからこの建物の上の階だね、きっと」
「急いで上に向かおう――いや、ちょっと待っててくれ。ミーダをどうやってここまで登らせるかな」
「いいじゃない。放っとけば。勝手について来るんじゃないの?」とジェニーがあきれたように言った。
「まあ、そう言うな。連れてくるから先に上の階に向かってくれ。ああ、罠があるかもしれないから注意するんだぞ」
 リチャードは窓から再び地上に降りた。

 

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