6.5. Story 3 ミラナリウム

 Story 4 再び《エテルの都》

1 《銀の星》の亡霊

「ワシュク、元気か?」
 リチャードに声をかけられた男は迷惑そうに顔を上げた。
「まだ約束の日じゃないだろ――おれの腕が信用ならねえならキャンセルしたっていいんだぜ」
「いや、世間話でもしようかと思っただけだ」
「こっちは暇じゃねえよ」とワシュクははき捨てるように言った。「あんたがあんな難物持ち込んでくれたおかげでな」
「やはり難しいか?」
「あたりめえだ。龍の鱗で盾を作った奴なんて今までにいるもんかい。ケミラの『武具総覧』にだって載っちゃいねえし、銀河の歴史で初の作業をうちの工房総出でやってんだ。寝る時間も惜しんでよぉ」
「そりゃあすまなかったな。金は弾むから仕事が終わったら若い衆とたらふく飲み食いしてくれ」

「そうさせてもらうよ――全く次から次へと難しい注文が舞い込んできやがる」
「世間がお前の腕を評価している証拠だ」
「……皮肉なもんだよ。この一帯の店は平和な時代なら閑古鳥が鳴いているのに、今はこの賑わいだ。なあ、あんたがどこの誰かは知らねえがソルジャーなんだろ。王国、《巨大な星》ときて、また戦争があるのか?」
「わからんな。私はもっと先の未来の戦いに備えて盾を頼んだ。皆、今を生き抜くために武具を購入するのか?」
「ああ、護身用の小さなナイフを買う奴もいれば、クアレスマのゲス野郎みてえに戦争の混乱に乗じて成り上がるための武器を買う奴もいる――あんたとこの間来た斧の客だけだよ、『未来のために』なんて言ったのは」

「……斧……?」
「ああ、斧って言っても木を伐るやつじゃねえよ。戦闘用の棒の先に薄い刃がついてる奴だ。かなり由緒ある物で、刃には何だか訳のわからねえ呪文が刻まれてた。職人の一人は巨人が使ってた言葉じゃねえかって言ってたな。ここに持ち込んだ時には柄は焦げ付いてるわ、ぼろぼろに刃こぼれしてるわで酷い状態だったよ。それをうちの工房総出、それこそ徹夜で叩き直したんだ。で、やっと休めると思ったら今度はあんただ。まったく――」
「おい、ワシュク。それは一体どんな奴だ。いつ頃だ?」と言いながら、リチャードはワシュクの肩を思い切り揺さぶった。
「何だよ、急に、痛えな。まあ、変な客だった。包帯で顔中ぐるぐる巻きにして濃い色眼鏡をかけてたんだよ。来たのはあんたが来るちょっと前、そうだ、《巨大な星》が連邦に奪回された次の日くらいだったから、よく覚えてるよ。どこから来たのかも言わねえし、名前もいい加減だった。ピアソルって名乗ってたのにこっちが『ピアソルさん』って呼びかけても気がつかなかったからな」

「どこに向かうとか――何でもいい、他に情報はなかったか?」
「どうしたんだよ。百年来の仇に出会って、ここぞとばかり手合わせでもするつもりか。はは、冗談だよ……そう言えば一つだけ妙な事訊いてたな。『靴は直せるか』って尋ねるから、『直せねえ事もねえが靴屋に行った方がいいんじゃねえか』って答えといたよ」
「……よくわかった。ワシュク、ありがとう。じゃあ約束の日にまた来る」
 リチャードは店の外に出て大きなため息をついた。
(こんな場所に《銀の星》の亡霊が現れたか……)

 
 水牙とジェニーは《巨大な星》に到着した。移民局で手続きを済ませ、すぐさまゲルズタンへと向かった。
 町は戦いで破壊された町の復興が進み、町はずれにあったナッシュの家もほぼ元通りに復元されていた。

「ナッシュは家の裏に葬られたらしい。さあ、墓参りをしよう」と水牙がジェニーに言った。
「おじいちゃん、ただいま。父さんもそっちに行ったからよろしくね」
 真新しい小さな墓石の前でジェニーは手を合わせた。

 墓参りを終えてナッシュの家の遺品を整理している時に水牙が声を上げた。
「おい、ジェニー。これを見てみろ」
「……何、これは。ロゼッタの投影機みたいだけど」
「いや、ロゼッタではない。何かをセットするようだが……某がナッシュから預かった石、これだな」
「えっ?」
 水牙が石を投影機の窪みに滑り込ませると投影機が作動し、生前のナッシュの立体映像が空間に浮かび上がった。

 
 ――ジェニー、元気か。じいちゃんだ。
 お前にあげた『火の鳥』な、とうとうあれの完成版、『不死鳥』ができた。
 だがお前にはなかなか会えんから誰かに託そうと思ってる。
 赤い石を持った人間が訪れたなら、その石で銃を強化してくれ。
 万が一の場合を想定して石には映像を埋め込んでおくが、そんなのではなく直接会って話をしたいものだ。
 お前も十九歳か。この間、ヴィジョンで話した時に思ったがますますアンに似てきたな。わしではなく美人の家系の血を引いて本当に良かった。
 馬鹿息子のテッドにもよろしくな。このホログラムが再生されないのを願っているぞ――

 
 ナッシュの立体映像は静止した。
「おじいちゃん……」
 水牙は黙ってジェニーのそばを離れ、家の外に出た。マザーの代理のドウェインからのヴィジョンが入っていた。ホーリィプレイスに顔を出せという内容だった。

 
「おや、水牙。可愛らしいお嬢ちゃんも一緒に」
 車椅子に腰かけたマザーが挨拶をした。
「マザー、こんにちは」
「ジェニー、水牙をよろしく頼むよ。この男は普段は落ち着いてるけど、時折、我を忘れるからね」
「マ、マザー、何をおっしゃるのですか。それよりも《エテルの都》ですが――」
「コメッティーノから聞いたよ……まあ、好きにやるがいいさ」
「わかりました。こちらの様子はいかがですか?」
「だいぶ落ち着いてきたさね。この調子でそっちも解放しとくれよ。今はまだ小さなコロニーだけど無限の可能性を秘めてるからね。連邦にとって損にはならないはずだよ」

 

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