6.5. Story 2 天才の遺作

 Story 3 ミラナリウム

1 クアレスマの余興

 

バーチャルファイト

「着いたぞ」
 巨大な立方体の形をした《エテルの都》の中ほどに開いたメイン・エントランスをリンと水牙のシップがそれぞれ通り抜けた。「ビジター」と「レジデント」というサインが左右に灯る中、「ビジター」用のポートにシップを停めた。
「ゲートを通り抜ける時にチェックされたんだろうけど、何も起こらなかったね?」とリンが尋ねた。
「うむ、既に正体は判明したからこの後だな。楽しみだ」
「水牙も浮かれてるね」
「い、いや、そんな事はないぞ。某はただ調査を――」
「いいよ、いいよ、水牙」
 水牙のシップに同乗したジェニーが肩を叩いた。
「あたしだってうきうきしてるもん。無理しなさんなって」
 まだ何か言いたげな水牙を残してリンとジェニーは走り出した。

 
 しばらく進むと「総合案内」のボードが見えた。

 この都は縦十キロメートル、横十キロメートル、各層の高さ一キロメートル、全部で十層の立方体の形をしています。
 今貴方がいるのが第四層アミューズ、一大遊戯エリアです。第三層メルカト、総合商業エリアと合わせてビジターの皆様に開放されています。
 他には第一層ファーム、住民のための食料生産エリア、第二層インダストリア、工業エリア、第五層アドミニストレーション、行政エリア、第六、七層レジデンス、住居エリアがございます。
 この機会に移住をお考えの方がいらっしゃいましたら、エリア内スタッフにお声がけ下さい。

 尚、エリア内の移動は全て『転移装置』により行われます。装置は一人乗りですので、必ずお一人でご使用願います。その際に行き先をお間違えのないように。
 エリア内での決済はGCUです。それ以外の通貨での決済をご希望の際はスタッフにご相談下さい。
 その他ご不明な点がございましたらお気軽にエリア内スタッフにお尋ね下さい。

 市長 メイラ・クアレスマ

 

 エテルの都案内図 (別ウインドウが開きます)

 
「うーん、転移装置かあ」とリンが唸った。
「どうした、リン?」
「ううん、全てのきっかけはこれだったんで、ちょっと複雑な気分」
「――大帝が《青の星》で研究していたのと同時期にエテルが研究していたという話だったな。偶然とは恐ろしいものだ」
「それよりさ、十層って言ってるのに七層分しか説明がないね?」とリンが言った。
「コントロールルームや立入禁止の区域があるのかもしれないな」と水牙が答えた。
「ねえねえ、早く行こうよ」
 ジェニーはすっかりはしゃいでいた。
「ねえ、リン。あれ、アルティメット・コースターだって」

 
 アミューズ・エリアは十キロ四方が全て遊びの空間だった。一キロ上空の天井には太陽があり、雲が流れ、大自然の中にいるのと変わりなかった。エリアの中心部は遊園地のような構造になっていたが、これが端の方に行けば、きっと大人のための施設もあるのだろう。何日いても飽きないような作りになっていた。
 リンとジェニーは動く歩道に乗りながら、目についたアトラクションを手当たり次第に試していった。エリアの中心部に差し掛かったあたりで一際、多くの人が群がる施設が見えた。

「水牙、あれ、何だろうね?」
 リンが上ずった声で尋ねた。
「リン。いい加減にしておけ。調子に乗り過ぎだぞ」
「いいじゃない、水牙。せっかく来たんだから楽しまなくちゃ。さ、降りるわよ」
 ジェニーはさっさと歩道を降りて、人だかりの方に歩いていった。

 
「ああ、これはV・ファイト・マシンだ」
 ジェニーに追いついた水牙が言った。
「何、それ?」とリンが尋ねた。
「仮想空間で戦うんだ。勝ち抜くごとに相手が強くなり、ボスを倒せばクリアだ。このマシンの凄いところは銀河全体でスコアを管理している点だ。『現在、あなたは銀河全体で何番』という成績が表示されるので、これには熱くなったな」
「え、水牙、やった事あるの?」
「うむ、学生の頃に悪い先輩だったコメッティーノたちに連れられてダレンでやった」
「で、どうだったの。銀河で何番だった?」
「いや、それがな。納得いかないコメッティーノが大暴れして、スコアが全て無効になった」
「ははは、コメッティーノらしいや。ねえ、やってみようよ」
「そうだな。あの時のリベンジもあるし、やるか」

 
 しばらく列に並んでいると、ちょうど三台分並んで空きが出た。リンが左、ジェニーが真ん中、水牙が右のマシンに入り、ヘルメットをかぶりゴーグルを付けた。得物はリンと水牙が剣、ジェニーは銃を選んだ。
「レディ、3、2、1、ゴー」

 三人は仮想空間に放り出された。草原を歩いていると目の前に「レベル1:ちんぴら」と表示が出て相手が登場した。
 示し合わせたように得物を使わずに蹴り一発で相手を仕留め、さらに進むと「レベル2:追いはぎ」が登場し、これも蹴りの一撃で仕留めた。その後、「レベル3:盗賊の親玉」、「レベル4:ソルジャー」と片付けていくと、見物人がざわめき出した。

「おい、あいつら、三人ともすごくねえか?」
「ああ、レベル4まで一度も武器を使ってねえ」
「しかも一撃だぜ」

 続いて「レベル5:《武の星》ソルジャー」が表示され、水牙は苦笑したが、これも一撃で仕留めた。この時点で三人のマシンの上にある順位表示が銀河全体で1,000番台となったため、いよいよ見物人が注目し出した。
 「レベル6:ボクシングチャンプ」の時点でジェニーはとうとう銃を使ったが、リンと水牙はまだ一発の蹴りで仕留めていた。
 「レベル7:格闘王」になると順位は銀河で100番台に突入した。見物人は大いにはやしたて、応援をした。

「おい、すごいぞ。銀河中で172番だよ」
「まだまだ余裕ありそうだもんな、こりゃいくぞ」
「こいつら、何者だよ」

 凄まじい熱狂の背後でショートヘアーの金髪に眼鏡をかけた美しい女性が一人黙って立ってその様子を見つめていたが、リンたちは気づくはずもなかった。女性はスタッフなのか、時折、ヴィジョンで何事か話していた。

 「レベル8:剣豪」、さすがにリンと水牙が剣を抜くと「わあっ」と背後で歓声が上がった。ジェニーはだいぶ苦戦したがどうにか相手を撃ち倒して左右を見回すと、リンも水牙も涼しい顔で立っていた。
「もう、くやしい」
 「レベル9:コマンド」、順位はすでにベスト10だった。三人とも慎重に間合いを測った。リンはためらわずに相手に突っ込み、すれ違いざまに胴を打った。手ごたえがあり相手が倒れた。水牙は相手が出てくるのを待った。踏み込んできた瞬間に剣を跳ね上げると相手はもんどりうって倒れた。ジェニーは横っ飛びになって銃を乱射したが避けられた。相手が向かってくるのを確認もせずに銃を乱射し続けると、目の前三十センチくらいの所で相手は倒れた。

「ふふん、どんなもんよ」
 とうとう三人共に順位が1に変わり、その場に居合わせた人々の興奮は最高潮に達した。
「おい、あの右の奴って連邦の公孫水牙じゃないか?」
「まさか。つい最近まで、ヒガントで戦ってたんだぞ。こんな場所にいるはずないだろ。それじゃあ何か、左がリン文月か」
「そうだよな、いるはずないよな。でも他にこんな強い奴いるか」
「世界は広いって事だよ」

 「レベル10:将軍」、さすがに手ごたえがあった。リンは何合か斬り交わした後に衝撃波をもろに食らった。
「ゼクトに比べればどうって事ないよ」
 リンはぴょんと立ち上がって再び剣を斬り交わした。相手が再び衝撃波を撃とうと構えた一瞬を逃さず、剣を振り下ろした。相手は倒れたままぴくりとも動かなくなった。
 水牙も同じように衝撃波を撃たれて苦戦したが、やはり一瞬の隙を狙って渾身の突きを見舞った。
「ふぅ、これが実力だ」

 一方、ジェニーは押されまくり、ついには衝撃波を撃ち込まれ動けなくなった。「ゲームオーバー」の表示が出ると観客から一斉にため息が漏れた。
「ああん、もう、くやしい」

 リンと水牙が大歓声の中で装備をはずそうとしているとアナウンスが入った。
「こちらはブルーバナー本社です。オールクリアと記録更新、おめでとうございます。エキストラステージをやりますか?」
 二人は顔を見合わせ、同時に頷いた。

 
 「エキストラステージ:銀河の英雄」に現れたのはリチャードそっくりの相手だった。
「わっ、あれ、《鉄の星》のリチャード・センテニアじゃねえの?」と観客が騒ぎ出した。
「桁違いの戦闘力と防御力だぞ、きっと」
「今日はいいもん見れたよな」
「おれ、二人が勝つような気がするなあ」

 
「わあ、リチャードだ。あの時のリベンジをしなきゃ」
 リンは前回の戦いの時と同じように意識を集中させながら背後に回ろうとしたが、リチャードはそれを許さなかった。間合いを測っていると、じれたリチャードが先に向かってきた。リンは剣で受け止めたがリチャードの圧が強く、つばぜり合いの中で力負けして剣を取り落としてしまった。
「まずい、剣がなくなった」
 リンは一旦飛び退いて距離を取り、姿勢を低くした。そしてそのままタックルをかました。不意を突かれたリチャードも剣を落とし、そこから先は壮絶な殴り合いとなった。見物人たちはお互いの一発一発に大歓声を送った。
 やがて会心の一撃が顔面に決まると、リチャードはずるずると崩れ落ちた。
「本物はこんなもんじゃないよ」
 リンは肩で息をしながら言った。

 一方、水牙はリチャードと斬り結んでいたが、一瞬の隙を狙ってすれ違いざまの面を打った。リチャードもそのタイミングを狙っていたのか胴を打った。水牙は膝をつきそうになったが先に倒れたのはリチャードだった。
「本物はもっとずっと強いぞ」
 水牙は立ち上がって何事もなかったように言った。
 

市長の招待

 三人が拍手と歓声を浴びながらマシンから降りると、先ほどから後方でじっと見つめていた女性が近付いた。
「さすがです。連邦の英雄となると単なる遊びでもこれだけ人々を熱狂させるのね」
「……それはどうも。で、あなたは?」と水牙が尋ねた。
「失礼しました。私はニナ。市長クアレスマの秘書をしております」
「まずい事でもしでかしたでしょうか?」
「いえ、むしろ逆です。せっかく英雄が来られたというのに何のおもてなしもできなかった、と市長は非常に恥じております」
「いや、お気遣いは無用です」
「そうは参りません。もしよろしければ、これから市長にお会い頂けないでしょうか?」
「……いいですよ」

 
 クアレスマの下に向かう動く歩道上でリンが水牙に囁いた。
「ねえ、リチャードもこうやって招待されたのかな?」
「いや、もしそうであれば彼女が言うはずだ。別の手を使ったのではないかな?」
「潜入?」
「どこかでリチャードと連絡を取っておきたいが、どうすればいいかな」
「こちらです。本当は市庁舎でお会いして頂く予定だったのですが……都合がありまして」

 ニナが案内したのは大きな倉庫のような建物だった。
「どうぞ、中にお入り下さい」
 倉庫の狭いドアをくぐる瞬間、リンとニナの目が合った。ニナは目を大きく見開いて何かを言おうとして、目をそらした。リンは首を傾げて倉庫の中に入っていった。
 

 倉庫はだだっ広くて薄暗く、機械油の臭いが充満していた。
「ようこそ、《エテルの都》へ。連邦の英雄諸君」
 突然スポットライトが当たり、その中に一人の男が立っていた。
「私が市長のクアレスマです」

 クアレスマは背が高く痩せていて、鼻の下にちょび髭を生やしていた。小奇麗な格好をしていたが、卑しい雰囲気がするのは場所のせいだけではないように思われた。
「皆様がV・ファイト・マシンで銀河レコードを出したとお聞きしました。この都のアミューズ・エリアから一時に三つも記録が出るとは非常に誇らしい……しかし過酷な戦場を生き抜いてきた皆様からすればあんなものは所詮ヴァーチャル、少々物足りなかったのではありませんか?」
「それでこの倉庫ですか。これから何があるのでしょうか?」
 水牙は慎重にクアレスマの言葉の裏を探った。
「はっはっは、やはりまだ力が有り余ってらっしゃるようですな。そこで私からのプレゼントです。ヴァーチャルではなくリアルなファイトをして頂こうと思い、この倉庫までお呼び立てした訳ですよ」
 倉庫の奥から機械音とともに数十体の人型や虫の形をした機械が登場した。
「やはりそういう事か。リン、ちゃっちゃっと片付けよう。某はどうもあの市長がインチキくさくて気に入らない」と水牙が小声で言った。「ジェニーは扉の開閉、及び逃走経路を確認しておいてくれ」

 
 リンと水牙は向かってくる機械を迎え撃った。初めの機械をあっけなく倒した水牙が言った。
「おい、リン。こいつはずいぶんと旧型だ。何の手ごたえもないぞ」
「じゃあ、片っ端からやっちゃおう」
 二人が瞬く間に現れた機械を破壊するとクアレスマが拍手をした。
「さすがです。では、これでは如何でしょう」
 続いて一台の機械が登場した。二つの目玉が付いた大して特徴のない人型機械だった。
「これもずいぶん動きがぎくしゃくしているな」と水牙が言った。

 
 その時、入り口のドアを確認したジェニーが戻ってきて、「きゃー」という物凄い悲鳴がその口から発せられた。
「水牙、リン。そいつが殺人機械よ!」
「何だって?」
 水牙がジェニーの方を向いた。リンは機械に向かって蹴りをぶち込んだが、次の瞬間、顔をしかめた。
「いててて。何だ、この硬さ」

「……おや、つまらん事を知る人間がいたとは――ミラナル1号、構わん。やってしまえ」
 クアレスマはそれだけ言って倉庫の奥に引っ込んだ。
「待て、クアレスマ」
 水牙は後を追おうとしたが、ミラナル1号に進路を阻まれた。
「どけ」
 水牙の蹴りも同じように全く効かなかった。
「仕方ない。リン、一旦退くぞ」
「うん、他の追っ手も来そうだしね」

 
 リンと水牙はジェニーが待つ入り口の方に走っていった。
「そっちはだめよ。こっちから逃げて」
 ニナが倉庫の脇から顔だけ出して叫んだ。リンたちはためらった後、ニナの言葉に従う事にした。

 脇の扉から逃げる時にリンは声をかけた。
「ニナ、君は――」
「急いで。追っ手がすぐに来る。大通りに出ればどうにかなるわ」
 ニナは心配そうに見守っていたが、リンが振り返って目が合うとまた顔をそむけた。

 
 大通りに戻ったリンたちは追っ手の姿に気付いた。
「こちらに逃げるしかないな」
「動く歩道は危険すぎるしね」

 急いで走り出そうとすると今度は音もなく一人の男が近付いてリンの耳元で囁いた。
「御館様、『草の者』、薊(あざみ)と申します。この先の右手にダストシュートがあります。そのダストシュートに入ってジャンクエリアまで来い、とリチャード様よりの言伝です」
 男はそれだけ伝えて、音もなく姿を消した。

 リンはその話を水牙とジェニーに伝え、ダストシュートを目指して走った。
「ねえ、ダストシュートってゴミ箱でしょ?」とジェニーが言った。
「うむ、場合が場合だ、私が一番で行こう。ジェニーが次、リンが最後だ」
 水牙がダストシュートの蓋を開けてそこに滑り込んだ。
 ジェニーも覚悟を決めてシュートに飛び込んだ。最後にリンが飛び込もうとすると追っ手の姿が見えた。
「何だか変な事になっちゃったな」
 リンもシュートに飛び込んだ。

 

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