目次
1 プラの大門
《オアシスの星》で一旦リンと別れたリチャードは同郷のソルジャーを数十人引き連れて《鉄の星》に戻った。
「ゲボルグ。何年ぶりになる?」
基地の中でリチャードは幼馴染のゲボルグに話しかけた。
「そうだな。陥落して以来だから六年か」
「そんなになるか。サラは十三歳のまま眠り続けているのだな」
「お前……もう忘れろよ」
「そう言うのも無理はない。しかし今の私にはサラが蘇るという確証がある」
「ネクロマンシーは止めておけ」
「バカを言うな。そんなもので蘇生したとしてもサラは心を持たぬ怪物だ。これまで嫌と言うほどネクロマンシーの悲劇は見てきた。あんな邪法にすがるか」
「じゃあ、どうやって?」
「まずは我が故郷を奪還しないと――なあ、ヒックス。大門は私を認めてくれるだろうか?」
リチャードは黙って話を聞いていた隣の年長の男に尋ねた。
「さあ、私の口からは何とも。偉大なるデルギウス王の話とて、今となっては真実なのか疑ってかかるべきなのかもしれません。あまり深刻に捉えない方がよろしいかと」
「そうだな。いずれにせよ私にはまだその資格はない」
やがて目の前に《鉄の星》と《銀の星》が見えた。
「帰ったぞ。二重惑星に」
リチャードが感慨深げに言った。
リチャードの言葉通り二つの星は二重惑星となっており、両者の距離は最も近い所で数百キロメートルしかなかった。互いの星は自転しないので常に同じ場所が接近していたが、距離があまりに近いため、互いの星の重力が奇妙に干渉し合い、星と星の間に『秘密の回廊』と呼ばれる捻じれた異空間が出来上がっていて、互いに行き来が出来るようになっていた。
リチャードたちはプラの近くの森でシップを降りた。地の底からこぼれ出る光と熱が懐かしく感じられた。
「ここまで帝国の攻撃はありませんでしたな」とヒックスが小声で囁いた。
「うむ、ホルクロフトの言った通り、主力は《巨大な星》に引き揚げたのだ。こちらからすれば幸いだ」
王都プラに入った。そそり立つ巨大な鉄製の門の両脇に小ぶりな門が二つあり、周りは城壁で囲まれていた。上空には《銀の星》が巨大過ぎる月のような姿を見せ、その王都ディーティウスヴィルの方角に向かって不思議な色合いの帯が伸びていた。
「まずはプラの大門に挨拶だ」
リチャードはそう言って大門に向かった。
「大門よ」
リチャードは美しい装飾の施された巨大な鉄の門に両手をかけた。
「私を真の為政者と認めるならば、この扉を開くがよい」
リチャードの言葉が終わると遠くから地鳴りのような音が聞こえた。地鳴りは地中深くで起こっているようで、地面全体が揺れ、立っているのがやっとの状態だった。
(戻ったか。リチャード・センテニア)
門が喋っているのだろうか、低い声がリチャードの頭の中で響いた。
(だが門を開く訳にはいかぬ。お前は本当の自分が何者か、どうやってこの世に生を受けたかを理解していない。それを知り、進むべき道を選んだ後、ここに来る必要があればまた来るがよい。ここに来ない選択肢を選ぶのであればそれもまたよい。全てはお前のこれからの行動次第だ)
地鳴りはぴたりと止んだが、門は堅く閉ざされたままだった。
「リチャード様、驚きました。よもや門が反応するとは。やはりデルギウス王、『全能の王』の再来です」
「いや、ヒックス。門は開かなかった。それが今の私の全てだ――さあ、脇の門から中に入ろう」
リチャードたちが城壁の中に進むと住民たちが先刻の地鳴りに驚いて外に出ていた。一人の住民がリチャードに気付いて、「皇子が戻られた」と大声を上げた。その声に続いて、あちらこちらで歓声とも悲鳴ともつかない叫びが波のように伝播していった。
「皆、待たせたな」
リチャードは大騒ぎになりそうな住民たちを制して言った。
「帝国の手から星を奪い返す。奴らはどこだ?」
「はあ、それが」と一人の老人が前に進み出て言った。「しばらく前に急に姿を見せなくなりました。それは良かったのですが、代わりに秘密警察と名乗る気味の悪い男たちがやってきました」
「秘密警察?」
「はい、全身黒ずくめの格好をしていて帝国ソルジャーには見えません」
「黒ずくめの帝国ソルジャーは聞いた事がないな。で、そいつらはどこにいる?」
「『輝きの宮』の広場に秘密警察の本部が建っていますのでそちらか、あるいはホテル・シャコウスキーにたむろしているはずです」
「秘密警察は何名くらいいる?」
「二百人前後だと思います」
「わかった。ありがとう」
リチャードはヒックスたちを都の要所に配置してから、一人で王宮に向かった。かつて人々が楽しく語り合った王宮前の広場の中心の噴水を潰して、その上に建物が建てられ、人々が広場に集まるのを拒否するかのように辺りを無言で見下ろしていた。広場の左手にはタランメール王の時代に建てられたこの星で最古のホテル・シャコウスキーが美しい佇まいを見せていた。
リチャードはお構いなしに建物の中に入っていき、すぐに広場に戻った。
「ここではないとするとシャコウスキーか」
歩き出したリチャードの前に一人の男が立ちはだかった。全身黒の鎧に身を包んだ兵士だった。
「誰だ?」
相手の殺気を感じながらリチャードが尋ねた。
「秘密警察ベントラ。今はマンスール様の力により『怨念の騎士』となった」
「怨念の騎士だと?ふざけるな。それはこの星に伝わる伝説の勇者トバの事。マンスールが何をしたか知らんが貴様ごときに真似できるものではない」
「ほざけ!」
ベントラは黒塗りの槍を構えるとリチャードに襲い掛かった。リチャードは剣で槍を受けて言った。
「怨念の騎士を装えばこの星の住民が恐怖に陥るとでも思ったか。愚かな」
リチャードは突き出される槍をかいくぐり、間合いに潜り込んだ。そこから一気に走り抜け、ベントラを真っ二つに斬り捨てた。
「外見だけ似せても意味がないぞ。我が先祖ドグロッシに滅ぼされたトバはもっともっと強かったに違いない」
剣を納め、リチャードは静かに言い放った。
ホテル・シャコウスキーに向かって歩くとヒックスたちが駆け寄ってきた。
「リチャード様、ホテルの制圧も終わりました。王都に帝国ソルジャー及び秘密警察の姿は見当たりません」
「よし、しかしまだあそこにも」とリチャードは頭上の《銀の星》を指差した。「秘密警察がいる。そいつらを駆除してから喜ぼう」
リチャードが指さした方角から一隻のシップがこちらにやってくるのが見えた。シップは広場の上空で停止し、リンが降りてきた。
「遅れてごめんね。場所間違えちゃって。《鉄の星》だと思ってたら違ったみたい。秘密警察とかがうるさかったからあっちの人たちと一緒に片づけといたよ」