6.3. Story 4 一つ目のシニスター

 ジウランの日記 (7)

1 クグツ

 1983年12月1日、前日の神火との戦いに参加したほぼ全員が連邦出張所のカフェに集まった。
 コメッティーノがカフェの固定型ヴィジョンに映し出されるテレビのニュース映像を見ながら言った。

「この星は平和だな。一歩間違えば滅ぼされる所だったのに、《ネオ・アース》発見でお祭り騒ぎだよ」
「まあ、そう言うな」とリチャードが笑いながら言った。「神火が大船団を率いて攻めてきたのを知らせていないのだから仕方ないさ。それよりも《ネオ・アース》が歴史学、考古学、生物学にとって非常に貴重な研究材料だという事でノノヤマに問い合わせが絶えないらしい。あの建物の中にある様々な年代の星の複製の件まで公表したら、どんな大騒ぎになると思う?」
「まあ、それについてはおいおいだな――水牙、もう行くのか?」
「うむ、二つの星の船団を立て直さないと。父、公孫転地にも《将の星》の附馬明風殿にも報告に行かないといけないしな。では次に会うのは《巨大な星》かな。さらば」

 
 水牙たちがカフェを出ていき、コメッティーノは大きく伸びをした。
「《巨大な星》か、そっちの作戦を立てなきゃなあ。内政はイマームとノノヤマに完全にお任せになるけど仕方ねえか、おれは戦略の天才だしな」

「なあ、コメッティーノ」とリチャードが尋ねた。「昨日のは全て作戦通りだったのか?」
「あんだけ統率の取れた船団をしかも無傷に近い形で手に入れるなんて無理に決まってんだろ。個人の能力とおれ自身の運に賭けてみたら、たまたまうまくいった」
「連邦議長ともあろう者がそんなバクチに出るとは」
「リチャード、おめえだってそうだろ。リンがいたからぶっつぶれそうな連邦に賭けてみた。おれも一緒だ。リンやリチャード、水牙、ゼクトがいたから賭けてみる気になれたんだ」
「なるほど。お前が議長で良かったよ」
「そういうのは全部終わってから言えよ。まだ王国にも止めを刺してねえし」
「そうだな。出かけよう――リン、行くぞ」
 ジュネに肩をもんでもらっていたリンが立ち上がった。
「どこに?」
「《牧童の星》だ」

 
 《牧童の星》、ザンクシアスのポートには人の気配がなかった。
「皆、逃げ出した。薄情なものだ」
 リチャードは周囲を見回して、人っ子一人いないのに苦笑した。

「元々のパンノを飼って暮らす生活に戻るのかなあ」
「色々な星から人を集めていたようだな。ヴィーナスは《魅惑の星》の王族だし、シャドウは異世界出身だ。ベルナウウに至っては……まあ、それはいいか」
「ふーん、『樹の君』やルナティカは?」
「『樹の君』はおそらく闇に生きる存在。そしてルナティカは……『クグツ』だ」
「クグツ?」
「王宮に行こう。行けばわかる」

 
 王宮も同じように閑散としていた。以前、水牙に案内されたメイン・カンファレンスにも人の気配はなかった。
 リンたちはカンファレンスの正面の席の奥の赤いカーテンを開けた。真っ白な空間にヘッドとテイルと呼ばれた二人の男たちが立っていた。

「キングに会いたい」とリチャードが尋ねた。「と言っても無理か。会いたきゃ倒していけという事だな」
 ヘッドとテイルは無言で構えを取った。リンがヘッドと、リチャードがテイルと対峙する格好になった。

「名を名乗っていなかったな。我が名はドラゴンヘッド、そしてこれが」とリンと向かい合ったドラゴンヘッドと名乗った男が隣を指し示した。「ドラゴンテイルだ」
「文月リン」とテイルがリンに向かって言った。「『樹の君』が倒された後、そこには一本の若木が生えていたと聞く」
「黙れ、テイル。今はそんな話を持ち出すな」
「兄者はうらやましくないのか。奴も『死者の国』の澱み、邪法によって造られた元々は廃棄物のようなものだ。それが生命あるものに転生できるのであれば――」

「止めろ、戦いの前に気持ちを乱してどうする」とヘッドはテイルを叱りつけてからリンたちに言った。「リチャード・センテニア、文月リン。お前たちは気付いているかもしれないが我らは『クグツ』。キングによって造られし人工生命体だ」
「だから、クグツって何?」
 リンの質問が聞こえなかったかのようにヘッドは続けた。
「我らに感情はない。あるのは戦う使命のみ。キングの最高傑作だ。心してかかってくるがよい」

 
 四人は間合いを測りながら、じりじりと距離を詰めた。
 初めにリンが動いた。自然を発動させ、ヘッドの顔面に強烈な飛び蹴りをかまそうとしたが難なく避けられた。そのまま背後に着地したリンはヘッドの後頭部を狙ったが、逆にヘッドに腕を取られて投げ飛ばされた。

「文月リン」とヘッドが呼吸も乱さずに言った。「我らにはお前の気配など関係ない。気配を消すのは人間相手にしか通用しないぞ」
 投げ飛ばされて床に転がったリンは驚いた表情に変わった。
「今度はこちらからいくぞ」

 ヘッドが床を蹴り、リンに向かって殴りかかった。リチャードが装甲レベルマックスの状態でリンの前に立ちはだかり、背中でヘッドのパンチを受け止めた。
「何をぼやっとしている」
 リチャードが衝撃に顔を歪めながら言った。
「世の中には色々な奴がいる」
 リチャードは振り向きざまに顔面にパンチを叩き込もうとしたが、ヘッドは一足早く飛び退いた。
「リン、立て。厳しい戦いになるぞ」

 飛び退いたヘッドも突っ立ったままのテイルを叱りつけた。
「テイル、何をやっている。何故、リチャードを攻撃しなかった。貴様がそうやって戦いに入れないなら、それはこ奴らに対しても失礼な事――全力で戦わぬ貴様の願いなど、はなから叶うはずがない」
 ヘッドの言葉にテイルは我に返った。リンも起き上がり、再び四人はにらみ合った。

 
 ヘッドのパンチを避けると、そこにすかさずテイルのキックが飛んだ。二人のコンビネーションは息がぴたりと合っていた。リンは時にリチャードの装甲に守られながら反撃の機会を伺ったが、チャンスは訪れなかった。
 リンの顔面に飛んできたヘッドの拳をリチャードが左手で包み、やや遅れたテイルの蹴りを右わき腹で受け、そのまま右腕でがっちりと足を押さえ込んだ。
「ぐっ……リン、今だ」

 リンは天然拳をヘッドに向かって放った。ヘッドは右腕で体をかばったまま後方に弾き飛ばされた。ゆっくりと立ち上がったヘッドの右腕はぶらんと垂れ下がったままだった。
「ふん、さすがだな。だが腕一本の落とし前はつけさせてもらう」
 あわてて駆け寄るテイルを制したヘッドは口から炎の玉を吹き出した。リンたちはかろうじて降り注ぐ火の玉を避けた。

 リンとリチャードが体制を立て直していると、ヘッドの首から上だけが宙に舞い上がり火の玉を撒き散らし出し、首から下はテイルと共にリンたちに襲いかかった。
 激しさを増した攻撃を受けながらリンたちはじりじりと壁際に追い込まれた。リチャードは右わき腹を痛めたらしく、攻撃を受ける度に体がびくんと上下していた。

 リンはヘッドの動かない右腕側に回りこもうとしたが動きが速く、逆に左のフックがリンのわき腹に食い込んだ。
「くっ」
「めきっ」と肋骨のあたりで嫌な音がしたが、リンはにやりと笑いヘッドの左腕を摑んだ。
「肉を切らせて何とかだよ」
 リンはヘッドの胴体に頭から飛び込んで天然拳を放ち、二人は反対側の壁に激突して倒れた。

 ゆっくりとリンが立ち上がった。ヘッドは仰向けになったままで胸の辺りからかすかに煙が上がっていた。宙を漂っていたヘッドの首はふらふらと胴体に近づき、ぽとりと落ちた。
「……文月、弟の願い……」
 ヘッドの首は動かなくなった。リンも膝をついたまま動けなくなった。

 
 リチャードを一方的に攻め立てていたテイルが倒れているヘッドにふらふらと近づいた。
「兄者、何故、兄者は生命あるものに転生しない……文月、何故だ、何故なんだ?」
「テイル、よく聞け」とリチャードが痛む腹を押さえながら言った。「リンにそんな力はない。若木が生えたのは偶然だ」
「嘘だ、嘘だ。お前らは嘘をついてる――ならば文月、おれにその拳を放ってみろ」

「テイル」
 リンはようやく立ち上がった。
「リチャードの言う通りだよ。僕は神様じゃないんだ。命を与えるなんてできない」
「ましてや……お前ら、クグツに命を吹き込む事など不可能だ」とリチャードが付け加えた。
「構わん」
「何故、そんなに生命にこだわる?命ある者はやがて滅びるのだぞ」
「……お前らにクグツの気持ちはわからんし、わかってもらおうとも思わん――さあ、文月。撃て」

 テイルは両手を広げてリンの前に立ちはだかった。リンは困ったような表情でリチャードを見た。
「リン。こいつがそこまで望むのなら悔いを残させるな」とリチャードは静かに言った。
 テイルとリンはしばらくそのままの姿勢で向き合った。やがてリンの腕が徐々に上がっていき、テイルの胸に置かれ、そして光が放たれた。

 

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