目次
1 《ネオ・アース》
コメッティーノの発表
リチャードが思いつめた表情で連邦出張所のカフェに現れた。事前に連絡を受けていたコメッティーノやノノヤマも考え込んでいた。
「ベルナウウがとんだ贈り物をしてくれた。《青の星》の軌道上、太陽と呼ばれる恒星を挟んだ対角線上にもう一つの《青の星》を残していった」とリチャードが説明した。
「そいつは良かったと言いたいが、そうもいかねえなあ」とコメッティーノ。「この星の奴らに管理を任せるのは無理だし、連邦管理下に置くしかねえな。まだ《青の星》では気付いてねえだろ?」
「早晩発見されるだろうが特にアクションは取れないはずだ。念のためアナウンスだけしておいてくれないか。で、王国の方は?」
ノノヤマが連邦の臨時放送の準備に退出し、コメッティーノはヴィーナスから聞いた話をリチャードに伝えた。
「ふむ、神火とは何回か顔を会わせた事があるがプライドの高い男だ。水牙の説得には耳を貸さんな」
「お前もそう思うか」とコメッティーノが言った。「だがよ、おれは《将の星》の軍と正面からはぶつかりたくねえんだ。どっちが勝っても利を得るのは帝国だけ。奴らもそれを承知で休戦に合意したんだ。その裏をかくには《将の星》の軍を丸々連邦に組み入れてすぐに帝国との戦線を再開させなきゃなんねえ」
「なるほど。正面衝突を避け、主戦派の神火だけを排除する作戦か」
「まあな」
「どうやって?」
「水牙を前面に立たせる訳にはいかねえ。公孫と附馬は姻戚関係だ。あいつも《将の星》と戦ったとなると後々やりにくいだろ。だからおれとリンで撹乱する。で、隙が生まれた所で神火だけを討ち取るんだ」
「ゼクトは?」
「帝国の隙を見てこっちに来てもらって、すぐに《沼の星》にとんぼ帰り。綱渡りだな」
「わかった。お前が先頭に立つのはどうかと思うが、場合が場合だ。それでいこう」
「一暴れしてやるよ。じゃあおれは《ネオ・アース》発見の放送に行くから」
カフェにはリンとリチャードが残った。
「ねえ、リチャード。聞きたい事があるんだけど」
「ん、実は私もだ」
「あ、そうなの。そっちからでいいよ」
「遠慮するな。お前が先に言え」
「あ、うん。ルナティカは『月の君』だと思った?」
「偶然だな。私もそれを聞こうと思っていた」
「やっぱり……どうも気になるんだ。ダレンで人が殺された時、トポノフさんは大鎌だったけど、残りの悪い二人は刺し傷だったでしょ。ルナティカ以外にもまだ誰かいたんじゃないかって気がしてさ」
「心当たりがあるのか。誰にも見咎められずに殺人をやってのけられる奴だ。放っておけば私たちの中からも犠牲者が出る。今のうちに止めないと」
「多分コメッティーノを狙ってる。コメッティーノなら避けるかもしれないけど――うん、やっぱり止めに行こう。恐ろしい技を使うんだ」
コメッティーノの定期放送が始まった。
――昨日、銀河連邦は《青の星》、地球の軌道上に新しい惑星を発見、これを《ネオ・アース》と命名し、管理下に置いた。
《ネオ・アース》の重力及び大気組成は《青の星》と同じ、AD0年のこの星と同じ文明の痕跡が残されている事が確認されたが、人類は生存していない。人類以外についてはAD0年当時この星に生存していたのと同じ生物が確認されている。
《ネオ・アース》への入星については、病原菌の確認後、地質学、生物学、歴史学等の学術研究者のみの来訪に限定したいと思う。
但し、現在連邦が難民認定している〇〇、△△地域の住民については、率先して入植を可能にする予定――
決着!月の君
リンとリチャードはK公園のテントに向かった。シルフィたちはようやくアメリカから帰って休息を取っていた。
「あら、リチャード。リンも」とシルフィが声をかけた。
「こんにちは」とリンがシルフィに尋ねた。「シャドウは?」
「最近、ガインとよくつるんでるみたいだからガインを探せば見つかるんじゃないの」
公園の一角に建つ体育館の脇でガインが昼寝をしていた。
「シャドウは?」
「たった今までここにいたけどな。体育館の中じゃないか。あいつ、どこにでも入っていけるみたいだから」
「中に人はいるか?」
「何だよ、隊長まで切羽詰った顔して。今日は何もイベントがないから静かなもんさ」
再び昼寝の体勢に入ろうとしたガインにリチャードは言った。
「これから賑やかになるかもしれないぞ」
「本当にあんたたちは揉め事が好きだな」
ガインは上半身を起こした。
「ここで見張っててやるよ」
リンたちはしんと静まり返った体育館に入った。
「おい、シャドウ。どこだ」
リチャードが叫んだが返事はなかった。
「無理だよ、リチャード。シャドウは喋らないみたいだし」
「ここにいる」という声と共に体育館の壁に丸い影が浮かび上がった。
「何だ、喋れるじゃないか。シャドウ、いくつか聞きたい。お前、出身は?」
「お前たちが異世界と呼ぶこの銀河の外だ」
「キャティやディディとは以前からの知り合いか?」
「いや、ダレンで初めて接触した」
「誰かに命令されて銀河に来たのではないようだな」
「……」
「ロリアンとセムを殺したのはお前か?」
「……」
「お前が『月の君』だな?」
シャドウの丸い影が物凄いスピードでぐるぐると体育館の壁や天井を回り始めた。
「リン、本気を出したぞ。注意しろよ」
「うん、わかった――あれ、消えた」
そう言った次の瞬間、体育館の床から手の形をした影が飛び出した。リンはジャンプしてそれを避けた。影は忍刀のような小ぶりの刃物を持っていた。
「くそ」
天然拳を打とうとした時にはもう影は消えていた 。
再び影は目まぐるしく移動し始めた。リンが軌道を見極めようと天井に近づくと、今度は天井から影が飛び出した。シャドウはリンを集中的に狙っているようだった。
「リチャード。体育館のど真ん中に浮かんでれば攻撃は受けないけど、こっちの攻撃も当たらない。どうしようか」
「ちょっと待ってろ」
戦いの傍観者となったリチャードは体育館の外に出ていった。
リンとシャドウのにらみ合いが続く中、突然、「メキメキ」という音とともに体育館の左右の壁に穴が開いた。左の壁の穴の向こうにはリチャード、右の壁の穴の向こうにはガインの姿があった。二人とも憑りつかれたように左右の壁を殴り続け、しばらくすると天井が揺れ出した。
「リン、気をつけろ。屋根が落ちるぞ」
リチャードが空中でシャドウの姿を探すリンに声をかけた次の瞬間、体育館の天井が轟音とともに崩れ落ちた。
もうもうと舞い立つ埃が静まり、瓦礫の山に変わった体育館にはリチャードとガインだけが立っていた。騒ぎを聞きつけて人々が遠くから走ってやってくるのが見えた。
「やりすぎたかな。ガイン、人がくる」
「隊長、リンは?」
リチャードは黙ったまま空中を指差した。瓦礫の山で「かさっ」とわずかな音がした。空中できらっと何かが光り、瓦礫の山に突っ込んだ。しばらくするとリンが剣を右手に瓦礫の山から現れた。
「さすが、リチャード。平らにしちゃえばシャドウの動きも平面上だけだもんね」
「ただ平らというだけでなく瓦礫のせいで無数の段差があるだろう。おそらくシャドウの一番苦手な地形のはずだ――それよりこの残骸をどうする?」
「あ、そうだね。人もたくさん集まってきちゃったし……ノノヤマさんにお願いしなきゃ」
出張所に戻ると水牙がいた。
「水牙……」
リチャードは水牙が首を横に振ったのを見て言葉を続けなかった。
「よお、お前ら」とコメッティーノが陽気な声を上げた。「また大暴れしたんだってなあ。何やったんだ?」
「『月の君』とちょっとな――K公園のアスレティック・ジムを破壊した」
「しょうがねえなあ。リン、ノノヤマに報告に行ってこいよ」
リンはオフィスのドアをノックした。
「ノノヤマさん、あの」
「おお、リン君、お待ちしてましたよ」
「えっ、もう伝わってるの。ごめんなさい、またやっちゃいました」
「何の事ですか?頼んでおいたシップが届いたんですよ」
「本当?」
「本当ですよ。上のポートに置いてありますから」
「ありがとう、ノノヤマさん」
「いえ、日夜連邦のために戦われているリン君の少しでも助けになれば幸いです――ところでさっきの、『ごめんなさい』は?」
「あ、ああ、ちょっと建物を壊しただけです。じゃあ、失礼します」
「また出費ですか。やれやれですな」