目次
1 ルナティカ
ジルベスター号は全速力で宇宙空間を航行した。
「リン、疲れてないか?」とリチャードが尋ねた。
「失神したり、天然拳撃ったり、色々あったけど平気だよ」
「途中で操縦を代わってもらうかもしれないが、お前の推力が残っていないと大変な事態に陥るのでよろしく頼むぞ」
「わかった」
「このまま進めば、間もなく王国支配圏を抜ける。そこからしばらくすれば《青の星》の星団に近づく。ジュネに警護を頼んでおいたからそこまで行けば安全だ」
しばらく進むと前方の空間に無数の白い物体が浮かんでいるのが見えた。
「おいでなすったぞ。リン、油断するなよ」
ジルベスター号が接近すると、白い物体も移動を開始した。猛スピードで接近する物体はよく見ると五メートルくらいの直径で人の顔が刻まれた硬貨のような形をしていた。白い物体の口の部分が開き、そこから青白い火の玉が発射された。
「わっ」
直撃は避けたものの船体に衝撃が走った。人の顔の付いた物体は猛スピードで後方に去って、すぐに次の顔が迫ってきた。
「とんだこけおどしだな。リン、応戦するぞ」
シップに備え付けたビームライフルを発射した。命中すると思われたビームは白い物体をすり抜けて、白い物体も消えた。
「何だ、今のは」
リチャードがあっけに取られていると、また次の白い物体が近づいた。再びビームを放ったが、これも白い物体をすり抜けた。
進むにつれ、白い物体の襲撃の回数が増えた。こちらの攻撃はすり抜けるのに、白い物体の発射する火の玉は実体を伴っているようでジルベスター号は避ける度に衝撃を受けた。
「くそ、目の前をちょろちょろ動き回るし、火の玉は避けないといけないし、攻撃は当たらない。どうなっている」
リチャードは必死になってシップを操縦した。
「うーん、リチャード。こういう時はきっとさあ」
おもむろにリンが言って、シップの外に出た。
「そのままシップは進めていてね」
リンがじっと見つめるのは後方の空間だった。
「どうだあ!」
リンは後ろ向きに天然拳をぶっ放した。すると前方の白い物体がすーっと消えた。リチャードは苦笑いをした後で親指を立てた。
「さあ、急ごう」
更にしばらく進むと前方に帆船のようなシップが停泊していた。
「あのシップは――ダレンにいたルナティカだな」
リチャードがジルベスター号のスピードを緩めると、前方のシップからルナティカが降りた。ピエロのような格好にピエロのようなマスクをかぶった長身の男だった。
「お久しぶりです。あなた方を葬るためにここでお待ちしておりました」
リチャードがリンを制してシップの外に出た。
「ルナティカ。一つだけ聞きたい。いつからダレンに潜入していた?」
「ごく最近の事ですよ」
「トリチェリ議長の失脚はお前の仕業ではないのだな」
「元々腐りかけていたのです。私はその最も腐った部分に入り込んで連邦に止めを刺そうとしただけです」
「邪魔をして悪かったな」
リチャードが剣を抜き、ルナティカも刃渡り一メートルはありそうな大鎌を構えた。
闇の中で剣と鎌が交錯した。ルナティカは大鎌をいとも簡単に振り回し、リチャードがそれを受ける展開が続いた。
「いつまでも避けていては決着がつかない」
装甲レベルマックスの状態で全身を鉄の鎧で覆ったままのリチャードが距離を詰め、振り回された鎌を腹で受け止めた。ルナティカはそのままリチャードを真っ二つに切断しようと力を込めた。鎧と鎌が擦れ合って火花が飛び散ったが、リチャードはお構いなしにじりじりと詰め寄った。剣の間合いに入るか、それともルナティカがリチャードを真っ二つにするか、次の瞬間、リチャードがルナティカを肩からまっすぐ袈裟切りに切り下ろした。
リチャードは制御を失って漆黒の空間に放り出されたルナティカに近づき、尋ねた。
「お前、クグツだな。なかなかの高性能だ」
「……」
「『月の君』とはお前か?」
「さあ」
「……エンジン・ストールだな」
リチャードは空間に漂ったままのルナティカを置き去りにしてジルベスター号に戻った。
「……一つ頼まれてくれるか?」
「わかってるって。オンディヌの所まで僕が操縦するから」
リンが《青の星》まで狂ったようなスピードで進む間、リチャードはずっとぐったりしていた。